『茱萸』 |
「茱萸」の解釈について、NPO法人武蔵野自然塾 梅田 彰先生より次のような論考のメールをいただきました。正鵠を得た御指摘なので、以下に紹介させていただきます。 (以上:碇豊長) ******************************************************************************* 「茱萸」の解釈について、いにしえの日本の本草学者は「グミ」と訳し、牧野富太郎博士は「ゴシュユ」であるとし(「植物一日一題」)、植物学者の北村四郎博士は「和名シュユ=別名イヌゴシュユ、チョウセンゴシュユ」と記載(保育社「原色日本植物図鑑」)、漢字の大御所の藤堂明保先生は「カワハジカミのこと、日本ではグミを指す」と解説(学研「漢和大辞典」)、同様に「広辞林」三省堂では「茱萸は呉茱萸の異称、あやまってグミの意とする」と記載するなど、本によってそれぞれ異なる植物名が挙げられています。そのため、漢詩の解説サイトなどではこれらの書物からの受け売りで、「グミ」「ハジカミ」「カワハジカミ」「ゴシュユ」「チョウセンゴシュユ」など、色々な植物が挙げられる事態になっております。今のところ、小生が探したどの漢和辞典、植物図鑑にも、茱萸=カラスザンショウとは記載されておりません。 こうした混乱の例をあげれば、NHK高校講座・国語総合・第47回「漢文」・唐詩九月九日憶山東兄弟の解釈の20分番組では、その前半では「茱萸」を「グミとも言う」と解説しておきながら、番組の後半では「日本ではカワハジカミとも言う」と解説しています。まさに混乱の極みと言えるでしょう。 小生は、王維「九月九日憶山東兄弟」あるいは杜甫「九日藍田崔氏荘」など、漢詩で謳われている「茱萸」とは、学名「Zanthoxylum ailanthoides」、和名カラスザンショウ、中国名「食茱萸」であると思いますので、ここにコメントを寄せさせていただきました。以下、「茱萸」とは和名「カラスザンショウ」であることをご説明し、混乱に終止符を打ちたいと思っております。 まず、「グミ」と訳されたのは、中国渡来の本草書を見た昔の日本人が、「サンシュユ(山茱萸)」に似た楕円形の葉で、赤い小ぶりの液果が実るところから、同じ仲間と解釈したと思われます。医術が発達して平均寿命が延びた現代と異なり、短命であった昔の人は病や死について大きな関心をもっていたと思われます。そこで中国渡来の本草書を和訳することが重要なこととなり、多くの和訳本草書が編纂されました。しかし中国渡来の本草書を読んだ当時の学者は、まだ植物分類学的な知識のないまま、文献研究だけであれこれと考え、「茱萸」は「グミ」であると判断してしまったものと考えます。サンシュユは、「太行山脈地域(=略して山という接頭語となります)の赤い実」の意味です。そのことが分かっていて、太行山脈地域ではない日本の植物なので、「山」を外して「茱萸」としたのかもしれません。中国では、産地の名前を略して頭につけてモノの名前をとする慣習があり、キュウリ(胡瓜)は胡の国の瓜の意味です。日本でも、和辛子に対して唐辛子というのと同じです。 次に、牧野富太郎博士は「グミ(茱萸)は間違いであり、ゴシュユ(呉茱萸)が正しい」(「植物一日一題」)と書いております。しかし、この呉茱萸という植物は「呉の国の赤い実」の意味で、華南地方に自生する植物です。中国は、シベリア寒気団が陸続きで直接やってきますので、同じ緯度でも、対馬海流が防壁になっている日本よりもずっと寒いので、ゴシュユ(呉茱萸)が果たして山東省(あるいは、太行山脈以東の地域)にあるのかどうか(九月九日憶山東兄弟の詩)おおいに疑問です(新潟県と同じぐらいの緯度にある韓国は、厳冬期に-15℃~-20℃になります)。 また、ゴシュユは漢方薬に使われ、薬効が強いので、1年間ほど乾燥させ、成分を少し揮発させてから服用した方がよいようですから、漢詩にみるように頭の髪の毛に茱萸を挿して高きに登り、その実を酒に浸して飲む(上流階級は菊酒、一般大衆は茱萸酒を飲む)という句の内容とは齟齬があります。即ち、髪に挿してと言う意味は、小さな乾燥した実を髪の毛にバラ撒いてということではなく、髪に挿して止めることが容易な、生の極めて長い果柄つきの実を髪に挿したということが推定出来ますので、乾燥したバラバラのゴシュユの実ではおかしなことになります。 さらに、ゴシュユの果柄の形状は、果柄の基部近くから枝分かれをしますので、果実をつけた全体の形は円錐形状(ナンテンの果柄のように)になります。このような形は、髪に「挿す」ことは困難で、無理やり髪に「挟みこむ」ことになります。髪に「挿す」という表現となると、カンザシのように長い果柄(ニラの果柄のように長い柄)があることが必要です。 次に、藤堂明保先生は、茱萸をサンショウ(山椒)の仲間と睨み、日本のサンショウに似た華北山椒(ザァサイやマーボドウフに使われている)の別名である、花椒(赤くて花のように見える小さい実の意味)、蜀椒(蜀の国の小さい実の意味)、川椒(四川省の小さい実の意味)のうち、川椒をそのまま訓読みしてカワハジカミとしたのではないかと思います(「椒」は転じて、刺激的な味のする小さい実の意味になり、胡の国の刺激的な味のする小さい実は胡椒と呼ばれます)。 あるいは、源順著「倭名類聚抄」934年に、呉茱萸は和名を「加波々之加美・カハハジカミ」と記しており、小野蘭山著「本草綱目啓蒙」1806年に、呉茱萸は和名カハハジカミと記してあるので、これをご覧になった先生は、茱萸は呉茱萸のことであると判断し、ゴシュユではなく、カワハジカミの名前を漢和辞典に乗せたものと思われます(しかし、深江輔仁著「本草和名」918年には、呉茱萸はカラハジカミ(加良波之加美)、秦樹はカハハジカミ(加波々之加美)と記されています。この秦樹は、トネリコ属の植物と思われますが、それでは赤い実・茱萸とはまったく関係のない植物となります)。 いずれにせよ、カワハジカミとという植物は現代の和名にはない植物名ですので、読者は理解できず、辞書としては不親切であり、上記NHK番組でもみられたような混乱のもととなっていると思います。 最後に、植物学者の北村四郎博士は、イヌゴシュユが、朝鮮半島から華北地域の寒い地域に分布することから、暖かい華南地域に分布するゴシュユ(呉茱萸)とは違う植物と判断し、同属のイヌゴシュユ(=チョウセンゴシュユ)が「茱萸」にあたるとご理解されたものと推定されます。 即ち、暖かい華南地域に分布するホンゴシュユ(Euodia ruticarpa var.officinale、ゴシュユの変種)やゴシュユ(=別名ニセゴシュユ)(Euodia ruticarpa)の薬効面に引きづられて、健康を願う「登高」の時に髪に挿し「菊酒」あるいは「茱萸酒」を飲むのに使われるのは、寒い朝鮮~華北地域に分布するイヌゴシュユ(=チョウセンゴシュユ)に違いない、「茱萸」はイヌゴシュユ(別名チョウセンゴシュユ)にあたるのだろうと理解されたとものと思います。 つまり、薬効が先入観としてあり、「呉茱萸」と同属の「ゴシュユ属」の植物であるイヌゴシュユ(=チョウセンゴシュユ)(Euodia daniellii)が「茱萸」に違いないと判断し、別属である「サンショウ属」の「食茱萸=カラスザンショウ、Za、nthoxylum ailanthoides」であるとは考えつかなかった、そして「茱萸 」が通称・略称であることに気がつかなかったものと考えます。このことから、「茱萸」を「呉茱萸」とは「別種の樹木」と考え、その樹木名である「茱萸」の標準和名をシュユとし、別名をイヌゴシュユ、チョウセンゴシュユとしたことになります。標準和名をイヌゴシュユ(チョウセンゴシュユ)の標準和名を「シュユ」とした場合、その漢字名は当然「茱萸」となりますので、それでは、現在使われているグミ(茱、茱萸)の漢名とおなじになってしまいます。混乱に一層混乱を招く標準和名の決め方だったと思います。 さて、それではなぜ、小生が「茱萸」はカラスザンショウであるとしたかをご説明しますと、カラスザンショウの中国での名前が「ショクシュユ(食茱萸)」であり、通称・略称に、「茱萸」とあるからです。「食茱萸」とは食べる・食べられる赤い実の意味です。「茱萸」とは赤い実の意味しかありません。「ゴシュユ(呉茱萸)」も「イヌゴシュユ・チョウセンゴシュユ(犬呉茱萸・朝鮮呉茱萸)」も「ショクシュユ(食茱萸)」も、全て秋に果皮が赤く熟します。それゆえ、「食茱萸」が健康食品として日常的に食べられていたかからこそ、あるいは、重陽の節句には必ず習慣的に「食茱萸」が用いられていたので、「茱萸」という略称・通称ができたと考えます。 従って、上記「本草和名」や「和名類聚抄」などには、「サンシュユ(山茱萸)」、「ゴシュユ(呉茱萸)」、「ショクシュユ(食茱萸)」といった植物名は記載されていますが、「茱萸」という植物名は記載されておりません。本草書は薬物を記載した書物ですので、「赤い実」の意味しかない「茱萸」では、どの薬用植物を指すのか不明です。それゆえ、略称・通称名は記載していないのではないかと思います。 また、大場秀章東大名誉教授の「日本の本草学の歩みと小石川薬園の歴史」によれば、小石川薬園(現小石川植物園)は江戸時代の1638年頃に開設したものですが、吉宗の時代に拡大増強され、享保7(1772)年には、サンシュユ(山茱萸)、ゴシュユ(呉茱萸)が植えられ、享保10(1725)年にはショクシュユ(食茱萸)が植えられています。そして、幕府の管轄であった御薬園(=小石川薬園)が明治政府に移管されて間もない明治4年に調査した資料から、御薬園に植えられていた植物が判明していますが、山茱萸、呉茱萸、食茱萸奈の名前は見えます。しかし、「茱萸」という植物名は見当たらず、「犬呉茱萸(朝鮮呉茱萸)」あるいはそれに見合う植物名はみあたりません。 このことは、薬用植物園であるゆえに、「茱萸(=赤い実)」は独立した薬草植物名ではなく略称・通称であるために記載されていないと考えられるし、「犬呉茱萸(朝鮮呉茱萸)」にあたる植物名は、深江輔仁著「本草和名」918、源順著「倭名類聚抄」934、小野蘭山豬「本草綱目啓蒙」1806のいずれにも見当たらず、実際の御薬園にも見当たらないことから、薬草とは考えられていなかったが故に植栽されていなかったと考えられます。 「茱萸」が通称・略称であろうとの傍証として、漢詩の作賦方法の面から考えますと、山茱萸、呉茱萸、食茱萸という3文字の単語は極めて使いにくいのです。五言絶句は2文字+3文字、七言絶句は2+2+3文字のリズムでなりたっており、例えば、食茱萸は3文字ですから、下の句に使うことになります。この時、食茱萸の最後の「萸」の字は4種類の発音(4声)のうち、平らに発音する「平声」の字であり、下の句の最後の「平声」は韻を踏むことが規則になっておりますが、この字と同じ韻の字は、虞、愚、無、株、須、楡、趨、扶、蛛、殊、俱、胡、糊、途などなどの字です。七言絶句では4句のうち3箇所(1句、2句、4句)の一番下の文字を、この「萸」同じ韻を使って作賦する必要がありますので、詩を作るには色々と制約が出てきて、作りにくくなります。こんなことも、正式名の食茱萸という3文字ではなく、略称・通称である「茱萸」という通称を使ったのではないかと考えます。「茱萸」という言葉が「食茱萸」を意味することが、当時は明確であったから、なんのためらいもなく「茱萸」という言葉を使ったとも言えると思います。 王維のこの詩が作られたのは716年~718年頃と思いますが、「茱萸」が略称・通称であるがゆえに、その後に和訳された各種本草書では見つからず、御薬園にも「茱萸」という植物は植栽されていないということだと思います。逆に言えば、漢詩に出てきた言葉であって、正式植物名ではなかったゆえに、その解釈に混乱を招いていると言えます。 さて、いままで「食茱萸=茱萸=カラスザンショウ」と記述した漢和辞典や図鑑は見つからないと申し上げましたが、つい最近、台湾で最近入手した「台彎蝴蝶食草植物全圖鑑」には、Zanthoxylum ailanthoides の台湾名として 「食茱萸」のほかに「茱萸」という名前も併記されているのを見つけました。九月九日の登高の行事が廃れ、茱萸の言葉の意味も曖昧となった現在の中国ですが、台湾には中国の古い漢字や言葉が残っております。上記「圖鑑」に、食茱萸、茱萸と併記されていることは、まさに、茱萸が食茱萸の略称・通称であったことの証左ではないでしょうか。 そして、「食茱萸=カラスザンショウ」であることを示すものとして、上記深江輔仁著「本草和名」918年には、食茱萸は和名オオダラノミ(於保多良乃実)と記されており、このオオダラとは、カラスザンショウのことであることは、八坂書房「日本植物方言集成」を見れば明らかです。カラスザンショウは、タラノキに似て、大型の羽状複葉をもち、それゆえ枝も太くて枝分かれ少なく、刺もある植物ですので、昔の人は大きいタラの木と呼んでいたと思われます。本草書ですので、薬効のあるその木の実のことを書いてありますので、オオダラノミと訳したのでしょう。 即ち、当時の日本には、山茱萸、呉茱萸も文献のみ、あるいは果実のみ渡来してきており、生きた植物体としては渡来しておらず、食茱萸=カラスザンショウだけは日本にも自生していたため、正しい判断が出来て、オオダラノミと訳したものと思われます。 以上から総合判断して、「茱萸」とは、健康食品的な用い方をされていたカラスザンショウであると判断しました。カラスザンショウは現在でも生薬として使われておりますし、果柄が10~18cmと極めて長く髪に挿すことができますし、果皮も赤く熟して茱萸(赤い実)となります。呉茱萸のように薬効が強すぎることもなさそうであり、生の果柄つきカラスザンショウの実を髪に挿して高きに登り、その実をもいで酒に浮かべ、健康を祈る行事に使われていたと思います。あるいは、杜甫が会席の場で、脇におかれた茱萸の果実付き果柄を手に取り、来年のこの会席には誰が健やかに出席できるだろうかと、つくづく茱萸をながめているという詩(九日藍田崔氏荘)の情景に、ぴったり当てはまると思います。 さて、こうした混乱を直すためには、まず、漢和辞典での解釈の変更や、植物図鑑に記載ある標準和名シュユ(=別名イヌゴシュユ、チョウセンゴシュユ)の記載(標準和名)を変更してもらう必要があります。これが正しくなれば、漢詩のサイトの解説も変わってくるでしょう。問題は、グミの漢字が茱萸となっていることです。アジサイが紫陽花(本当はライラック?)で定着しているように、古い時代にグミ=茱萸と定着してしまっておりますので、この変更は難しいのかもしれませんね。「漢詩などで出てくる茱萸はカラスザンショウのこと、日本では誤ってグミとしている」と記載するのが妥当かと思います。 梅田 彰(2013.11.12 第四信) |