百花 齊(ひと)しく放(ひら)きて 碧天 暄(あたたか)く,
六月 雪 深くして 誰(たれ)か 冤(ゑん)を 理せん。
東海 爭鳴して 汚吏を 撼はし,
報ゆるに 馘首(くゎくしゅ)を 將(もっ)て 黑錢(うらがね)を鎭(しづ)めん。
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裏金問題の歌。1956年、毛沢東は「百花斉放」、「百家争鳴」という政治運動を提倡し、文学、芸術、また、学術についての自由な発言を許し、自由な批判を奨励した。しかし、始めはおずおずとしていた意見も党と国家への苛烈な批判が相次ぎ、あまりにも厳しい批判の集中に驚いた毛沢東は、方針を百八十度転換させ、翌1957年6月に「反右派闘争」を発動した。前年に批判的な発言をした知識人を取り締まる政治運動である。この57年6月以降に知識人らは「右派」とされ、弾圧された。現代版「六月雪」 である。この冤罪のレッテルは、二十年後やっと、鄧小平によって解除された。「六月雪」の本来の意はこちら 。
我が国でも、規模は違うが、「正直に裏金の所在を明らかにしなさい。」と言われて、言われたとおりに報告すると、即懲戒免職。これでは、もう誰も言わないのではないか?!
幕引きを謀ったのか?
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蛇足になるが、「裏金(うらがね)」という言葉は現代語(中国語)ではどういうのか調べてみた。“活動経費(huo2dong4jing1fei4)”だった。これでは詩にならないし、第一、「裏金」の意は“活動”の“経費”!?
辞書を疑ってしまった。(カルチャーショックを受けた。)でもよく考えれば『芙蓉鎮』の最終場面・文革終焉後の村で、王秋赦が“運動 !運動 !”と言い続けていたが、これは「革命がくるぞ! 革命がくるぞ」と訳されている。現代の中国政治的・文化的状況と日本語の言語生活とは、同一ではなかろう。
そういえば、「…の勉強グループ」をわたしが“…学習班”と(中国語に)訳したら、中国人に目を三角にされた。文革期の“学習班”(思想改造のための学習をするところ)を聯想したようだった。まあ、“五七幹校”も「幹部の学校」とは言われても、実態は違うし、“無産階級専政”といい、“工作”といい、現代中国語と日本語とは乖離しているものもある。それはそれで、面白いとも謂えるか…。
(後日記:このような意味での「裏金」は“小金庫”と言うと、牛承彪先生より教えていただきましたた。 平成20年2008.3.30)
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・六月雪: |
冤罪を謂う 。1957年6月の「反右派闘争」 の犠牲をも謂う。 |
・黑錢: |
ここでは、裏金の意で使った。 |