綾辻行人 20


最後の記憶


2002/09/09

 新刊としては3年ぶり、長編としては7年ぶり、そして初の本格ホラーとなる綾辻行人さんの新刊が遂に刊行された。何はともあれ、ファンとしては喜ばしい。

 若年性の痴呆症を患い、ほとんどすべての記憶を失いつつある母・千鶴。唯一、幼い頃に経験したという「恐怖の記憶」を除いて…。

 これだけインターバルが長いと、綾辻行人を知らない若い読者も多いと思う。かく言う僕も、リアルタイムに読んだ作品は前作『どんどん橋、落ちた』のみだが。館シリーズなど過去の綾辻作品を知っているかどうかで、本作の受け止め方は違ってくるだろう。

 一ファンを自認している僕の目から見て、本作は斬新な作品ではない。だが、それでいいのだ。ああこれが綾辻作品なんだという安心感。綾辻作品ならではの端正な筆致、雰囲気。旧来からのファンが待ち焦がれていたのはこれなんだ。

 ホラーの条件とは何だろうと考えてみる。一つは怖さだろう。だが、怖さこそすべてという方には本作はお薦めできない。例えば、血飛沫の描写を例に挙げてみる。そこにあるのは、グロさではなく絵画的な美しさ。『殺人鬼』シリーズのような作品でもやはりそれは同じ(異論もあるだろうが僕はそう感じた)。

 作風を簡単に述べると、「囁き」シリーズの雰囲気と『フリークス』の精神的危うさを融合させたという印象である。もちろん、そこは綾辻作品、謎解きの要素もしっかりと加えているが、それはメインでもあり同時に一面でしかない。

 過去の作品を知っているに越したことはないが、もしも本作が初めて読む綾辻作品だったなら、そして感じるものがあったなら、是非過去の作品も読んでみてほしいと思う。きっとわかるだろう。時代に迎合せず、何も変わっていないことが。

 愚直で誠実な作家、綾辻行人は健在だ。それが何よりも重要だ。



綾辻行人著作リストに戻る