飯嶋和一 06


出星前夜


2008/09/13

 傑作『黄金旅風』から4年。飯嶋和一さんの待望の新刊は、前作に続き長崎が舞台で、物語も連続している。今回のテーマは島原の乱。僕は思い知らされた。日本史の教科書では数行程度で済まされていたこの事件の、根深さを。

 数々の不正を働いた長崎奉行竹中重義の失脚から4年。その立役者である末次平左衛門は長崎代官に就いていた。医師の外崎恵舟は、松倉家による苛政に喘ぐ島原半島南目一帯の現状を、平左衛門に訴える。しかし、松倉領に手は出せないという。

 かつてキリシタン大名有馬晴信の軍役衆として名を馳せた、有家村の甚右衛門こと鬼塚監物。何よりも平穏な日々を願う彼は、率先して棄教し、松倉家入封後の苛政にも耐え続けた。嘆くばかりで抵抗しない大人たちに不満を募らせる有家の若衆。

 甚右衛門が戦乱を回避すべく奔走する様は、『神無き月十番目の夜』における藤九郎を彷彿とさせる。しかし、ある知らせが、甚右衛門ら庄屋にも蜂起を決意させる。南目各村の民はキリシタンに立ち帰る。という第一部までで十分に濃密だ。

 歴戦の勇士に率いられた蜂起勢に、敗走するしかない松倉勢。ところが、抑えの効かない一部の若衆が暴走し、島原城下へと迫る。略奪。焼き討ち。島原藩政を正すという本来の目的からの逸脱に、絶望する一人の若者。戦は人の弱さを映し出す。

 とうとう松倉家は援軍の要請に至る。天草勢や非キリシタンの牢人も巻き込んだ蜂起勢は、原城跡に結集する。幕府からの上使まで派遣されるが、討伐軍の足並みは揃わない。各藩とも自分たちが武勲を挙げることしか考えていない。そんな討伐軍の有様に、現代社会が重なって見える。自分さえよければいい、そんな輩の何と多いことよ。

 いわば前作のヒーローである平左衛門は、幕府側の人間である。松倉家の非道は承知している。だが、長崎市中への波及を阻止するためにも、断固として蜂起勢を討たなければならない。討伐軍の求めに応じ、物資を送る平左衛門。その心中はいかばかりか。

 終盤は延々と続く籠城戦が描かれる。討伐軍の死者は増える一方だが、兵糧も尽きかけた蜂起勢は心身ともに消耗し、固い結束も徐々に崩壊していく。死屍累々たる光景をその目に焼きつけよ。島原の乱の鎮圧後、島原藩主松倉勝家は改易、斬首に処せられた。南目一帯の壊滅と引き換えに。彼らは殉教して本望だったのだろうか。

 唯一の救いは、一人蜂起勢を離れた若者が進むべき道を見つけたこと。蜂起を主導した者として、南目唯一の生き残りとして、人々を照らす星となれ。



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