今野 敏 H-01


リオ


2012/11/15

 文庫版解説にある通り、今野敏さんの警察小説は、安積班シリーズのようなリアリティ重視と、STシリーズのようなエンタメ重視にタイプが分かれる。本作から始まる樋口顕シリーズは、前者に属する。ところが、樋口という人物を安積と比較してみると…。

 樋口は警視庁強行犯第三係の係長という重責を担うが、自分に自信が持てない。よく言えば慎重、悪く言えば押しが弱く、個を前面に出すタイプではない。上司からは堅実な仕事ぶりを高く評価されているが、樋口自身は常々買いかぶりだと感じている。

 警察官としては実に興味深い人物像だが、樋口は自身を全共闘世代の後始末をさせられた世代だと考えている。全共闘世代を反面教師にして、円満な家庭を築いた。一方、先輩刑事や上司の中には、学生運動の鎮圧に当たった過去を懐かしむ者も多い。

 樋口という人物に厚みを持たせるための世代論なのだろうが、一面的に過ぎるきらいはある。一口に全共闘世代といっても、学生運動に身を投じた者ばかりではないだろう。僕だって、全共闘世代の有識者はあまり信用できないとは思っているが。

 荻窪署の捜査本部に派遣された樋口たち第三係。いかにもねちっこそうな植村と席を並べ、気が重い。しかし、彼はあっさりと植村に手腕を認めさせるのだった。さらに、世代が近いが一筋縄ではいかなそうな氏家と、すっかり意気投合してしまう。

 やがて連続殺人として本庁に合同捜査本部が設置される。最後の局面で、樋口が捜査本部の方針に逆らって動くことが、読みどころといえば読みどころだが、なぜかさほど波風は立たず…。結末は予想を裏切るものではなく、何だか拍子抜けのような…。

 周りを動かす力があることに、どうやら樋口自身が気づいていないらしい。本人はまったくの無意識であり、身につけようと思って身につく資質ではない。安積よりは『隠蔽捜査』シリーズの竜崎に似ているかもしれない。しかし、竜崎ほど変人ではないし、ずっと地味なんだよなあ…。何とも摩訶不思議な刑事がいたものである。



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