今野 敏 K-01 | ||
曙光の街 |
主人公の倉島達夫は警視庁公安部外事一課所属で、元KGBやヤクザが暗躍する。という設定だけなら、重厚な作風を想像するだろう。ところが…。
本作に登場する3人の主要人物、警視庁公安部の倉島達夫、津久茂組の組員・兵藤猛、元KGBでソ連崩壊により職を失ったヴィクトル。文庫版解説にある通り、この3人には共通点がある。いずれも現状に燻っているのだ。
ヴィクトルは、KGBの後継組織であるFSBに残れなかった。傭兵となるも戦場に嫌気が差し、今ではその日暮らしの身。ある日、かつての上司がモスクワ郊外の安アパートを訪ねてきた。仕事を依頼したいという。今の彼に報酬は魅力的だ。
兵藤は、組内で居心地の悪さを感じていた。現在の組を仕切るのは、大卒の経済ヤクザである。彼の肩書きは営業部長で、組長の津久茂は社長と呼べと言う。拾ってくれた津久茂に恩義はあるが、昔気質なヤクザスタイルをやめる気はない。
そして倉島。公安に引き抜かれたからにはエリートのはずだが、彼は公安の仕事に馴染めずにいた。そんな彼に、課長直々の指示が下る。ロシアの暗殺者があるヤクザを狙っているという。係長の上田と2人で極秘に動くことなったが…。
日本人の父を持つヴィクトルは、平和ボケの日本を嘲笑していた。元KGBの腕は健在で、武闘派を標榜する兵藤も、一応公安捜査員の倉島も、圧倒的な力の差を思い知らされるのだ。ところが…兵藤は武闘派の血がたぎり、倉島も俄然意欲を燃やすのだからあら不思議。そして、ヴィクトル自身も久々の「戦場」で充足感を得ていた。
やがて裏に隠された意図が明らかになるが、当人たちはそれを知ってもお構いなし。今この瞬間に、生きがいを感じているのだから。裏社会の人間にしては情があるヴィクトルと兵藤、そして公安らしくない倉島がどこか微笑ましい。
スピード感、サスペンス性とも申し分なく、読み終えてみればほっこり。