荻原 浩 03


ハードボイルド・エッグ


2003/03/02

 ハードボイルドというジャンルに疎い僕だが、その言葉の由来が「固ゆで卵」であることは聞いたことがある。『ハードボイルド・エッグ』という文字通りのタイトルを冠した本作、バリバリのハードボイルドかといえば…。

 フィリップ・マーロウにかぶれて探偵こそ天職と思い込み、現在に至る主人公。確かに探偵には違いないが、彼の主な仕事は…失踪人ならぬ失踪獣調査であった。そんな彼が、ダイナマイトボディ(?)の秘書と巻き込まれた殺人事件。

 人間は身勝手だ。本作に登場する動物たちは無言で訴える。例えば、シベリアンハスキーやゴールデンレトリバーなど大型犬が人気だったかと思えば、今はウェルシュコーギーやチワワなど小型犬らしい。飼えなくなったから捨てる。流行遅れだから捨てる。珍獣も飽きたから捨てる。彼らを待ち受ける運命など知ったことではないのだろう。

 主人公の日々の調査を通じて、動物たちを通じて突きつけられる、空前のペットブームの闇の側面。主人公は別に動物愛護家ではないが、動物たちの現状を前にして怒る。メインの殺人事件の前に彼が手がけたある調査のエピソードにぐっときた。僕はマーロウを知らないが、この三枚目の主人公の魅力はよくわかる。

 主人公と秘書の台詞回しにも注目したい。憎まれ口を叩きつつ、邪険には扱えない主人公の優しさ。押し付けがましくない、素直に伝わる優しさ。そんな彼を悠然と受け流す秘書の正体は…伏せておこう。ホームレスのゲンさんの存在も忘れられない。

 肝心(?)の殺人事件については触れないでおきたい。予想を裏切られた、そして人間はやはり身勝手だとだけ言っておこう。愛情故に過ちを犯した、哀れな真犯人。

 ユーモラスな文体に込められた深さ。僕の知らない優れた作家がまだまだ存在することを教えてくれた、書き切れないほどの魅力に溢れた一作だ。



荻原浩著作リストに戻る