荻原 浩 13 | ||
あの日にドライブ |
誰もが考えたことがあるだろう。あの時こうしていれば、違う今があったんじゃないか。
会社生活が長くなればなるほど、そんな思いは募る。あの大学に入っていれば。あの学科に進んでいれば。あの会社に入っていれば。あの部署に配属されていれば。そして何より…あのとき告白していれば。人はそうしてあるべき人生を夢想するのだ。
元銀行マンの牧村伸郎。世間の非常識である銀行の常識を頑なに守ってきた彼が、ある日支店長に吐いた言葉。出向を命じられ、結局は銀行を辞めた。現在はタクシー運転手。どうしてあんなことを言ったのだろう。しかし、現実は乗車拒否できない。
元都市銀行の管理職というプライドが、再就職の障害となる。自分の価値を落としたくないのが人情だ。繋ぎのつもりで始めたタクシー稼業。職業に貴賤なしとは言うけれど、過酷な勤務につい恨み節が口をつく。伸郎のような心理は僕にもある。将来、伸郎のような立場にならないという保証は何もない。そうなれば、僕はただ己の不運を嘆く。
しかし、ある意味では解放された伸郎。学生時代に思いを馳せ、ヴァーチャル人生のシミュレーションをしてしまう。空しいとはわかっていても、ついやってしまうんだよなあ。詳しくは書けないが、伸郎のヴャーチャル人生が粉々に打ち砕かれる現実には、哀しいながらも苦笑してしまう。思い出は思い出のままにしておきなさいってか。とほほ…。
伸郎が人生の車線変更を模索する一方で、タクシー運転手がすっかり板についてくる。そう、今の人生にも、同僚たちの人生からも学ぶことがあるはずだ。さらに、家族の気遣いがほろりとさせてくれるじゃないですか。銀行を辞めたから何だって言うんだ。
これは誰にでも起こり得る物語だ。すべての人のための物語だ。常に正しい道を進んできたなんて人がいたら、僕は信用しない。そもそもソフト関係に進みたかった僕がまったく違う仕事をしているのは、何かの巡り合わせ。正しい道かなんてわからないが、これが僕の道。
人間だもの、時にはこんなはずじゃなかったと嘆く。やり直せるならそれもいいだろう。でも、今だって決して捨てたものじゃない。そう思いたい。