Overseas Sir Arthur Conan Doyle | ||
シャーロック・ホームズの事件簿 |
The Case-Book of Sherlock Holmes |
And so, reader, farewell to Sherlock Holmes! ―― Arthur Conan Doyle
シャーロック・ホームズ最後の事件「最後のあいさつ」を発表後も、ドイルは断続的に新作短編を書き続けた。最後の短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』としてまとまったのは、第四短編集『最後のあいさつ』刊行から10年後の1927年であった。1887年に『緋色の研究』が刊行されて以来、40年にわたり書き続けられたことになる。
これが本当に最後であるためか、ドイル自身によるまえがきが収録されている。少年期に初めてホームズ譚を読んだ読者が、初老に達していてもおかしくないわけで、「わが英国の読書大衆の辛抱強さと忠実さ、それらを示すすばらしい実例であろう」とのドイルの言葉は、紛うことなき本心だろう。第一次大戦で長男を亡くしたドイルは、晩年は心霊学研究に没頭する。講演旅行で体を壊したドイルは、1930年7月7日に永眠した。
そんな本作は、シャーロッキアンたちの議論の的になっている。ある研究家曰く、本作収録の全12編中、「聖典」たる本物は5編のみだとか。ホームズの一人称で書かれている作品があったり、やや変則的なのは確かだが、その言い分はいかがなものだろう。些細な瑕疵が目に付き純粋に楽しめなくなっては、熱心さが高じるのも考えものだ。
これら12編が、シャーロック・ホームズの冒険譚の一部であることに変わりはない。とはいえ、これほどまでに全世界で研究対象となるシリーズは、他に類を見ない。それは愛情の裏返しと思いたい。彼らとて、最初に読んだときは心を躍らせたはずなのだ。
以下、各編に簡単に触れておく。
シャーロック・ホームズといえども、推理ではどうにもならない相手がいる、という異色のエピソード。って、どこかで書いたような気が…。
現代ではもちろんこの認識は誤りだが、時代的にやむを得ないか。ホームズ自らの一人称で語ることに対し、やたらと言い訳じみているのが笑える。
推理というより駆け引きが読みどころ。シャーロック・ホームズが宝石を取り戻すために打った手段に苦笑。本編の他に三人称で書かれているのは「最後のあいさつ」のみ。
屋敷だけでなく、家財道具に至るまですべて買い取るという真意は? 推理の要素もあるにはあるけど、これも駆け引きがメインである。
シャーロック・ホームズが夫婦の間の誤解を解く。旦那にもう少し理解があればそれで済んだ話のような…。やや飛躍気味だが、意外性のある一編。
ガリでデブとはこれいかに。しかし、原題からわかる通り日本語ではないのだった。「赤髪連盟」を彷彿とさせる、ひねりとユーモアが効いた作品。
シャーロック・ホームズは些細な痕跡を見逃さない。ここまで物理トリックを前面に出しているのは、シリーズ中でも珍しい。でもうまくいくのか?
時代を考えてもリアリティに難ありだが、B級ホラーっぽさが味わい深いと思えなくもない。大学教授ともあろう者が…。いつの世も、願いは切実なのね。
シャーロック・ホームズが引退後に手がけた事件の一つ(もう一つは「最後のあいさつ」)。ホームズが一人称で語るのは、シリーズ中最も恐ろしい犯人だった…。
シャーロック・ホームズが依頼人の話を聴くだけという稀有なエピソード。依頼人の話は凄まじいが、ホームズにカウンセラーをやらせるとは。
最後に書かれた作品。冒頭のシーンは、科学捜査時代の到来を思わせて興味深い。こういう人生の賭けは感心しない。最初に見つけたのが警察じゃなくてよかったねえ。
なるほど、絵の具屋らしい発想ではあるが、シャーロック・ホームズに挑戦しようとは身のほど知らずもいいところ。しかし、付き合わされたワトスンがお気の毒。
★印の作品を除き、原題には"The Adventure of..."が付く。
邦題は創元推理文庫版による。