【現実のSi結晶中のポテンシャルとバンド構造】

 Si結晶中の電子が感じるポテンシャルの説明を聞く場合、まず最初に原子核イオンの作る
古典論的クーロンポテンシャルを用いて周期的ポテンシャルのイメージを伝えられるでしょう。
しかし、これまで教えられてきた原子核の構造を思い浮かべれば、
 「それは実際のポテンシャルとは異なるのではないか?」
という疑問が浮かんでくるはずです。
この疑問に答えるために、以下に割と最近の研究報告例を簡単に紹介します。

【引用文献】
1. Ming-Fu Li, "Modern Semiconductor Quantum Physics", International Series on
  Advances in Solid State Electronics and Technology(ASSET), World Scientific
  Publishing Co. Pte. Ltd., 1994.
2. J. R. Chelikowsky and M. L. Cohen, Phys. Rev. B14, 556 (1976).

 

図1.(a)原子核(イオン)が作る古典論的ポテンシャル(点線)と現実に近いと考えられる
      擬ポテンシャル(実線)。
    (b)
(a)に対応した波動関数。(a)図中のRCは原子核半径であり、(b)図中の横軸の
      一目盛はRC

 点線のポテンシャルを考えると、あからさまに原子核内部に電子が入り込むことを許してしまう
ことになる。これではこれまで理解されてきた原子核構造と矛盾が生じてしまう。この矛盾を
排除するために考えられたのが
擬ポテンシャル(Pseudopotential;スードポテンシャル)である。
原子核と電子の間に極近距離領域で反発力が働くと仮定して実線のようなポテンシャルとし、
原子核内への電子波動の侵入を少なくしている。

 

図2.(上)X線光電子分光法により測定されたSi結晶中の価電子帯の状態密度。
    (下)擬ポテンシャルを仮定した経験的手法(Empirical Pseudopotential Method)
       によるバンド構造計算結果。

 ピークエネルギーの位置がほぼ一致していることから、仮定した擬ポテンシャルが妥当で
あることが推察される。0〜1.1eVの領域がバンドギャップに相当する。測定結果において、
1.1eV以上の伝導帯が観測されないのは、
通常そこには電子がほとんどいないためである。
なお、0eV付近でテールを引いていたり、谷間が浅く見えることについては、電子がSi結晶
内部で受ける束縛や散乱、測定器における分解能等による影響が考えられる。

 

図3.(a)X線回折法の測定結果により決定された価電子の電荷分布。
    (b)擬ポテンシャルを用いて計算された価電子の電荷分布。
      図中の数値は電荷密度の相対値。点線の折れ曲がり点が
      Si原子の位置。

 擬ポテンシャルを用いることにより初めて、共有結合のイメージ通りに、隣り合った
Si原子の中間に価電子が局在する計算結果が得られる。