【Si-Ge系共鳴トンネルダイオード】
室田研究室ではこれまで、高清浄減圧気相成長法による高品質Si-Ge系薄膜の
低温成長技術を駆使して、量子効果デバイスとしてよく知られている
共鳴トンネルダイオード(Resonant Tunneling Diode; RTD)を試作し、
その電流−電圧特性において明瞭な電流ピークを観測してきました。SiとGeではその表面での原料ガスの反応速度が大きく異なります。そのため、
数ナノメータ厚さの異なる組成の超薄膜を平坦性を保ちながら積層していくには、
適切な成長条件を選ばなければなりません。
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以下に示すのは、Si二重障壁とSiGe量子井戸を有する共鳴トンネルダイオードの試作例です。
界面の平坦性を維持するために、RTD構造は500℃という従来より低温で成長させました。
SiGeはGe比率が大きくなるほど格子定数が大きくなります。したがって、
Si単結晶基板に格子整合しているSiGe層は圧縮応力により歪んでいます。
その結果、価電子帯端のエネルギーは、軽いホール(Light Hole; LH)と
重いホール(Heavy Hole; HH)とで異なっています。
ホールのエネルギーレベルは、ダイオードの両端に電圧を印加することで変えることができます。
上図左下部においては、ある特定の電圧をかけた場合に明瞭な電流ピークが見られます。Si障壁をトンネルしてSiGe量子井戸内へ侵入したホールは、二つの障壁に挟まれて
束縛を受けるために、自分自身の波動性が顕在化して自己共鳴を引き起こす条件でのみ
存在が許されます。すなわち、ホールのエネルギーが共鳴エネルギーに一致する場合にのみ、
ホールは量子井戸内に入ることができるのです。これが共鳴トンネル現象であり、
電流ピークの原因です。Ref. 1
"Observation of Sharp Current Peaks in Resonant Tunneling Diode with Strained Si0.6Ge0.4/Si(100) Grown by Low-Temperature Low-Pressure CVD"
P. Han, M. Sakuraba, Y. C. Jeong, K. Bock, T. Matsuura and J. Murota
J. Crystal Growth, 209 (2000), 315-320.
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次に紹介するのは、Si1Ge1二重障壁とGe量子井戸を有する共鳴トンネルダイオードです。
Si1Ge1とは、SiとGeを一原子層ずつ交互に積層した原子層超格子です。このRTDでは、上述のRTDと比較してGe比率も高く、界面での相互拡散(Intermixing)も
おこりやすいことが予想されることから、より低温でRTDを製作する必要があります。
この場合、RTD構造の形成は300℃以下の低温で行いました。また、下地の低抵抗高濃度B添加(p+)単結晶Ge層に関しても、350℃でのGeH4ガスを
用いた高清浄減圧CVDにより、良好な結晶性のものを形成することが出来ました。この場合、障壁となるSi1Ge1が歪んでいるために、価電子帯端はLHとHHに分裂しています。
単一のダイオードに10mAもの電流を流したにも関わらず、はっきりとした電流ピークが
見られます。さらに、ピークの前後での傾きが明らかに変化していることから、
ホールの伝導機構が異なっていることが推察されます。Ref. 2
"Atomic Layer-by-Layer Epitaxy of Silicon and Germanium Using Flash Heating in CVD"
J. Murota, M. Sakuraba, T. Watanabe, T. Matsuura and Y. Sawada
J. Phys. IV France, 5 (1995), C5-1101-C5-1108.
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以上のように、数ナノメータ厚の異種物質層の積層を制御することにより、半導体中の
キャリアの波動性を顕在化させることが可能であることを示しました。半導体のバンド構造が原子と原子の結合状態に起因するものであるならば、
原子一個一個の配列を制御することにより、そのバンド構造をも変えることができると
期待されます。半導体デバイスの高性能化指向を突き詰めていけば、それが
当たり前のように行われる時代も間近であるかもしれません。