坊ちゃん列車に乗ってみた.(2003年7月13日)
今日は当初から,午前中は伊予鉄市内線をめぐり,昼食後に郊外電車線をすこし撮影して,夕方のJR特急で高松へ移動しようと考えていたので,天候の具合を踏まえつつその通りの行動を取った.
まず,ホテルで朝食(おにぎりとみそ汁とコーヒーだけ)を取ってチェックアウトし,いったん荷物の一部をJR松山駅のコインロッカーに入れてから,市内線の撮影に突入.
まずは在来型電車の走行シーンの撮影分の中から一部を.やはり休日の朝は車が少なくて良い.
はじめの3カットは県庁前,最後のは南堀端.
続いて,昨年度から投入されている超低床形の2100形の写真.
他の都市(広島・鹿児島・高知etc...)の路面電車(ライトレール)では,主に連接車体を採用することで超低床を実現してきたが,松山の場合は松山市における折り返しの際の編成長の制約から連接車とすることが出来ないので,単車のボギー車で超低床を実現している.具体的には台車をぎりぎりまで車体の端部に寄せ,側扉を中央に寄せている.
で,こんなに扉を中央に寄せて,ワンマン運転できるのか,と思ったら,次に挙げる車内の写真の通り,降車客がある時は運転士がドア位置まで出てくるのね.そういうわけで,利用者の乗車スペースがかなりスポイルされているのが現状でした・・・・・
で,いま伊予鉄で一生懸命売り出し中なのが,1号機関車(SL)に模したDL牽引の坊ちゃん列車で,2編成が走っている.
左:南堀端にて
中:松山市にて
右:松山市にて発車をまつ坊ちゃん列車
でまぁ,せっかくなので一度松山市から道後温泉まで乗ってみたです.車内は・・・・せまい!それと板張りのシートで分岐機通過時なんかの衝撃がダイレクトに伝わってきます.また,車内放送設備はなく,それぞれの車輌で社員が声を張り上げてアナウンスします.ま,1編成に3〜4人は社員が乗ってますからね・・・・・
それと,走行中はデッキに出ることは出来ません.安全柵とか何もないので.
坊ちゃん列車は道後温泉に着くと,方転をしてから側線に入りまして,記念写真用に据え付けとなります.で,観光協会の人なんかが昔の服装をして案内なんかに立っています.記念写真にも入っているようであります.
でも山嵐とか野だいことか赤シャツなんかはいないようであります.
記念写真仕業の後,ふたたび本線に入り,発車を待ちます.(左)
そして,袴姿に見送られて,道後温泉を発車です.(右)
ここでは,坊ちゃん列車の方向転換について,松山市駅でのシーンをまとめてみました.
(1)乗客を全て降ろし
(2)所定の位置まで機関車を移動させ
(3)ジャッキアップの後
(4)(5)社員の手により回転させ
(6)客車を人力で(というのは嘘で自走,社員がレバーで操作)動かして
(7)機関車後位に連結
ジャッキ部分の写真と,回転場所の写真がこれ.渡り線の中央でやるのがすごい.まあいちばん回転半径を大きく取れるからなんでしょうけど.
機関車の運転席.とてもSLのものではありません.当たり前ですが.
市内線巡りの後,銀天街のお店で昼食(カツ丼とうどんのセット)をして,午後からは郊外電車の撮影に.しかし雨がだんだん強まりつつあり,すぐに撤退してしまいました.
たぶん,元京王車の走る線でなかったら,雨が降ってきた時点で行くのやめていたと思う・・・・・(苦笑)
赤名リカのハンカチはどれだ・・・・・?(笑)
だけど,あのドラマってもう12年前のものなのね.どうりで歳食うはずだ.>自分を含めて誰もが.
結局,雨がやまないので,当初予定していたのより1本前の,15:14発いしづち20号で高松へ.しかし松山駅での,特急列車を8分で折り返させるというのも,なんだかムチャクチャっつー気がしないでもない.
車内はそこそこの乗車率で快適に過ごしていた・・・・のだが,途中で超ムカツク軍団が.どっかのこども会のようであったが・・・・・結論:腐ったガキは腐った親が作り上げる.要はそう言うことだ.
高松について,とりあえず乗ってきた列車と,怪しい113系を撮影.
そして,高松駅ビル内のうどん屋で「ジャンボうどん」というたらいに入った5玉のうどんを夕食に食べて,うどんは旨かったですが,腹が痛くなった.
新しくなった高松駅を出て,高松築港駅へ行こうとしたが,方角がわからなくなった.
すぐ近くだったけど,とまどったなぁ.ついでに,ことでんの駅もずいぶん変わっちゃってたし.
以上.やはり天気がね・・・・・という1日でござんした.