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by ゆったりママ&チー画伯
[ VOL,6〜 びんぼうカネなし ]

東京で働いていた頃、私は貧乏だった。

大学を出て東京に来たが、会社に部屋は見つけてもらったものの、家具も何も無い。下2件、上2件のアパートの、上2件を、左側が同期入社の男子2人、右側が女子2人で住むことになった。

空っぽの部屋へ先に着いた私は、近くに大商店街を見つけ、真っ先に砥石を買った。それから、包丁。初めての二人暮らしに、当時の私なりに真面目に考えたお買い物だった。そして、濃い群青色のサイネリアのデカイ鉢植えと目が合い(?)、「私を買って!」と呼ばれたような気がして、ついフラフラと買ってしまった。初日の買い物はそれだけ。

間もなくやってきた、初めて会う相方は、流しにドカンと置いてある青〜いサイネリアの鉢に、とても不安になったと思う。今考えると、本当にアブナイやつだった。世の中をまるで知らなかった。何よりも食卓テーブルがないことが、一番の大問題だと思っていたのだから…。

どうやって工面したのか定かではないが、男子2人が持っていたテレビを一台ぶんどったり、安いカラーボックスなどをかき集めて、どうにか暮らす体裁は整った。

料理をしようということになり、食料品の調達へ。モヤシが最初の八百屋で一袋30円だった。すると、足の速い相方が、まだずっと先の別な八百屋で28円だったと、息を切らせて駆け込んできた。何と言う素晴らしい情報!二人は、きゃ〜きゃ〜言いながら、得意になって28円を買った。

そうして始まった、そのままの暮らしも、1年ほどで終わることになった。男子の一人が辞め、もう一人の男子と相方が、別のところで同棲を始めてしまった。私には二人分の家賃は払えない。毎晩、枕に顔をうずめると、「負けないぞー!がんばれー!」と自分自身に大声で叫んだ。全く先が見えない状態の中で、ただ一人、どうにかするしかなくなった。

コンピュータソフトの会社だったが、私は両腕が腱鞘炎。相方は胃炎で、男子は血尿が出た。夜中に、玄関の半分土間に倒れこみ、朝方コートのまま目が覚め、急いでシャワーを浴びて着替えて出勤という毎日では、皆、体がもたなかったのも仕方がない。どうにもすさんだ日々だった。

念願だったデザインの会社に何とか潜り込むと、そこを辞め、親友の彼の部屋の、上の空き部屋へ移った。

しかし……精神的にたくましくなったとはいえ、一からのデッチ奉公。給料はドド〜ンと下がり、家賃、公共料金、ウンヌンカンヌン差っ引くと、7000円しか残らなかった。これで1ヵ月どうやって食べていたのか。

ところがなぜか詳細に思い出せない。
人はあまりにひどい目に合うと、その記憶を無くすことがあるらしい。それか?情景として目に浮かぶのは、ただ一つ。Vol.1で書いた合鴨のヘッチにキャベツの葉をあげるために、自分はキャベツの芯をスライスして炒めていたような……。

そうそう、給料日には親友とその彼と私の三人で、手巻き寿司パーティーをするのが、唯一の贅沢だった。待ちに待ったその日が来ると、三人は大騒ぎでスーパーを走り回り、大もめにもめて1円でも安くおいしいネタを探した。そして♪手〜巻き〜ずし〜!手〜巻き〜ずし〜!♪と、体を揺らして歌いながら食べたものだった。どれから食べようか迷う私の物真似が、親友は得意だ。

じきに、弟も東京に住むようになった。ヤツも相当貧乏していたらしい。ある日、電話が掛かってきた。ビンボー
「アネキ〜、お米ってスゴイね〜……」
「なんじゃい、ヤブから棒に」
「だってさ〜、お米さえあればさ〜、塩でも正油でもお腹がいっぱいになるんだよぉ。スゴイって思わない〜…?」
語尾の力無さに、ちょいと心配になって訪ねてみると、NHKの集金人がコンコンしていた。薄っぺらい、下に隙間があいたドアの内側で、弟は高校野球をガンガンかけていた。エーヌ・エッチ・ケー、まんまやないか。バレバレだ。
「今、お金ないんですぅ…」
「え〜!だって、600円ですよ!」
「だから、その600円がないんですってば!」
……数度の押し問答の末、本当にないと察した集金人は、思い切りあきれた様子で去っていった。

そんな暮らしもピークに達したある日、父が上京してきた。目がくらむようなお寿司屋さんに、弟と私を連れて行くと、好きなものを頼めと言ってくれた。弟は、ひたすら上機嫌で、ムシャムシャと音をさせながらニギリに食らいついていた。私は、ドキドキしながら、「うに」と一言、ようやく言った。差し出されたオウニサマが、神々しく光り輝いている。うっとりと目に焼き付けてから、そっと口に入れた。おお!まったりとそれでいてしくこくなく、こっくりとしたうまみがねっとりとしたにからみつく。うう……涙が……おいしいからと泣いたのは……こんなことは初めてだった。人はあまりにおいしいことに感動すると、涙が出てくるものなのね。後にも先にも、これ一回きりだが。

弟から、後日電話が掛かってきた。
「俺さ〜、『あの寿司の味を思い出せー!思い出すんだー!』って、頭を抱えて何度もやってみるんだけど、『で、できない!』ってなっちゃうんだよ!」
なんと悲痛な叫びだ。実は私も、全く同じことをやっていたのだが。でもまあそれは言わずに、明日お昼をごちそうするから出て来いとだけ言って電話を切った。

次の日、意気揚揚とやってきた弟は、パクパク食べ終わると、バイトに行く交通費がないからと、私から250円借りて帰っていった。
「しょうがないなぁ…」
と笑いつつ、私の財布は空っぽになった。

今も決してラクではないが、あの頃を思うと、文句なんて言えない。何事にも感謝なのでした。