おっさんのつぶやき10 

10.プロ意識

思えば私は若い研修医時代は、患者さんにたいへんひどいことをしてきたと思う。
私の研修医時代は大学病院1年、その後赤十字病院に2年間勤務した。
医師というのは医師免許をもらってもまったく現場の経験がなく
注射1本満足に出来ないのである。
医局に入った初日、医局長から「どれどれ血圧計の使い方教えようか」とか、
「注射器の使い方教えよう」等といわれるくらい
医師免許は持っているのに何も出来ないのである。
何度も患者さんへの注射は失敗するし、自信のない態度で患者さんと接するし、
胃カメラ一つとっても私がすると必ず患者さんは痛い思いをしていた。
てきぱき出来なければ診療の流れが止まってしまうし、先輩医師だけでなく、
看護婦さん、技師さん、事務員みんなに迷惑をかけていた。
特に赤十字病院では救急外来の当直があり毎晩10台以上の救急車と
70〜80人の外来患者さんを一人で診なければならなかった。
とにかく、事務員、看護婦、技師、他の科の医師などに
迷惑をかけないようにと一生懸命だった。
大きなトラブルなく何とか当直を乗り切ることに必死だった。
幸いな事に私は周りのスタッフに恵まれ私のミスをカバ−していただきながら
何とかこなしてきたように思う。
しかし、わたしの頭のなかには、いかに診療や検査をスム−ズにやって、
他の科の医師や看護婦さんにしかられないで済むか、
ということだけで「患者さん」は全く存在していなかった。
いわゆるプロ意識は全くなかった。
その後、現在の病院に勤務してから院長にいろいろな事を指導され、
私自身も多くの患者さんと接するようになり、次々といろいろな部門の
診療スタッフの後輩にアドバイスする機会が増えてくるにしたがって、
やっと、プロ意識を持つことがいかに重要かが分かってきた。
私のいう「プロ意識」というのは、何かの専門家という意味ではない。
私情をはさまず、常に、一定レベル以上、自分への報酬に値するだけの価値ある仕事を、
きちんとこなすということである。

睡眠不足、過労で体調が悪い、病院内の人間関係がぎくしゃくしている、
こんな状態でも、それはすべて自分の「都合」であって、
患者さんを満足させるだけの医療、看護、サ−ビスを提供できない言い訳にはならない。
質の高い医療を提供することが自分の仕事である以上、
すべての行動はこの目的のために行われるべきなのである。
胃カメラの技術を磨くのは、先輩医師に怒られないためではなく、
患者さんに痛みのない安全で質の高い検査を受けてもらうためであり、
薬の副作用情報をしっかり勉強して覚えるのはテストのためではなく、
患者さんに少しでも効果があり安全な薬の処方をするためであり、
新しい画像診断の知識を覚えるのは他の科の医師たちとの
カンファレンス(会議)で恥をかかないためではなく、
患者さんの病気を見落とさず、確実な診断をつけるためである。
これがわかると私はずいぶんと肩の力が抜けて、楽しく仕事が出来るようになった。
相変わらず、医局の同僚や色々な部門のスタッフの顔色をうかがうことはあるが、
いろいろな指導、指示、文句があっても、目的ははっきりわかっているので、
自分で判断がつき、迷わなくなった。

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