診療小話(がまん)
『第一話』
ある日外来診療中のことです。
高血圧症で治療しているAさん72才が私に話しかけてきました。
「せんせ〜い。おはようございます。私は今日はいもあらいにきました。」
「えっ、何ですか?」
「いもあらいです。私は9時から予約しているんですよ。」
予約と聞いて、「あの〜Aさん。予約表持ってきてますか。」と尋ねました。
Aさんの予約表には、午前9時 頭部MRI と書いてありました。
すぐに、MRIのことをいもあらいと発音していることがわかりました。
しかし、医療スタッフはけっして患者様のことを笑ったりしてはなりません。
どんなにおかしくても。がまんがまん。
「はい、Aさん。しばらくお待ち下さい。
すぐ担当の看護婦か、技師がご案内にまいります。
9時から、頭のエムア-ルアイのご予約ですね。
こちらで、おかけになってお待ち下さい。
検査が終りましたら、私が検査結果についてご説明いたします。」
と普通に対応するのです。
けっして患者様を笑ったりしてはなりません。
『第二話』
インフルエンザの季節、ドクタ-たるものけっして風邪などひいてはならぬ。
ひいていても患者様にドクタ-も風邪だとさとられてはなりません。
冬のある日、外来で診療している私はいつもと様子が違いました。
お尻がつ〜んとした感じで気持ち悪いのを我慢して診療していました。
そう、私の肛門には解熱剤の座薬が入れてあったのです。
朝から39.5℃の熱がありふらふら状態でした。
とうとうインフルエンザをもらってしまった様でした。
しかし、ドクタ-たるもの熱があることをさとられてはいけません。
外来にでる直前、自らトイレで「モン」して
座薬を挿入(看護婦さんに入れてくれとはたのめない)、
外来診察を開始したのです。
顔はほてるしふらつくし、辛い診察でした。
最初の患者さんもインフルエンザのようでした。
「せんせ〜い。わたし、死にそうです。
頭が痛いし、顔がほてるし、ふしぶしが痛いし、お熱なんて37.4℃もあるんですよ。
どうにかして下さい。死にそうです。」
こんなとき、ドクタ-たるもの、
「おれは39.5℃あるのに診療しているんだ!おれだって死にそうだよ。」
などと言ってはいけません。
ニコッと一度微笑み、それから同情する顔になり、
「そうですか、37.4℃もあるんですか。それは辛いですね〜。
今日は家事などはなさらずに、帰ったらすぐに寝て下さい。
今日は注射をしておきます。帰られてから内服薬を飲んで下さい。
お熱が高いときはこの座薬を入れて下さいね。くれぐれも無理をなさらずにね。」
と言います。
そうです、患者様は、自分の病気の相談にいらっしゃってるわけで、
自分より診察するドクタ-のほうが熱が高いかどうかなど関係ないことです。
むかっときてはいけません。すべては患者様のことが一番。
自分のことなど、がまんがまん。
『第三話』
ある日、外来診療の開始直前、鼻血がでた。
一応、ティッシュを詰めて応急処置をした。
患者様が鼻血がでたときは、ちゃんと清潔な綿球を詰めて差し上げます。
止血しやすい薬液を付けて詰める場合もあります。
滅菌した医療器具を使い丁寧に綿球を詰めます。
ところが、この日ドクタ-自らが鼻血を出した時は、
街頭で配られたテレクラのティッシュを指で詰めていた。
一応止まったようであったが下を向くとたら〜っとまた血がにじんでくる感じがして、
これではいけないと思い、何か奥に詰める道具はないものかと辺りを見回したら、
あったあった、カップ麺の箸!
医局で鏡を見ながら出来るだけ奥へ奥へしっかり詰めました。
割箸だったのであまり鼻粘膜にやさしくなかったが、
なんとか外から見えないように詰めれました。
ドクタ-たるもの、けっして鼻血くらいで人の手をわずらわしてはなりません。
割箸一本、テレクラのティッシュで十分です。
けっしてティッシュが外から見えてはなりません。
鼻からテレクラのティッシュ出したドクタ−に診療してもらっている患者様の
気持ちを考えると絶対に見せてはなりません。
奥に詰めすぎて痛くてもがまんがまん。
『第四話』
聴診器は両耳に入れて聞くものですが、この聴診器、
あわてて両耳にはさもうとするととんでもない失敗をします。
結構バネがきいていて、耳にはさもうと思い切って広げ顔の近くに持ってきたときに、
ビシッ!とほっぺたにビンタをくらいます。
バネを広げて耳にはさむわけですが、
ちょっとあわてると手が滑り耳に行く前に思いっきりほっぺたをはじきます。
これが結構痛いし、この状況が起こるのは患者さんの診療中です。
ほとんどは患者さんと話をしながら、
「どれどれ今から聴診しましょうか。」というタイミングで事故は起きます。
患者さんと目が合っているときに起きます。
ほとんどの場合は患者さんに目撃されています。
ごまかしようがありません。
「イタッ!」と声を上げそうになりますが、
「別に痛くないよ〜」という顔で診療を続けなければなりません。
ドクタ-たるもの患者様に同情されてはいけません。
痛くてもがまんがまん。
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