オゾンを用いた難分解性有機物の分解

−快適環境の創造(エコオゾン)−

水圏環境保全部 水質制御研究室 高橋信行

1.はじめに
 生産活動の増加に伴い,各種の難分解性有機物が環境中に排出されています。このため,有機塩素化合物による地下水汚染を始めとして様々な問題が引き起こされており,長期的には地球環境規模の汚染につながる可能性があります。
 難分解性有機物は環境中に長期間残留するだけでなく,食物連鎖による濃縮,生物への毒性,殺菌や消毒等による二次的な汚染の危険性等も懸念されており,これらに対する効率的な分解除去技術の確立が望まれています。

 オゾンは酸素原子3個から成り,常温では無色で独特の刺激臭を持つ気体で,その特徴は非常に強い酸化力を持っていることです。これと同時に,処理後の無機塩濃度の増加や汚泥の発生が無く,分解後は酸素ガスになることから有害物質を生成しない等,難分解性有機物の分解除去に対して優れた特性を持っています。
 オゾンを用いた難分解性有機物の分解方法については,従来の生物処理の前段でオゾンによる部分的酸化を行い後段で生物処理を行う方法,オゾンと紫外線照射等の他の物理化学的方法との併用による方法(促進酸化法)等に大別することができます。
 ここでは,オゾン利用の現状と今後の展望と合わせて,オゾンによる難分解性有機物の分解について紹介します。
2.水処理におけるオゾン利用の現状
 ヨーロッパでは古くからオゾンの殺菌力が注目され,特にフランスを中心として,上水処理工程で盛んに利用されています。オゾンが上水処理工程で初めて適用されたのは1893年のオランダ Oudshoorn 浄水場と言われており,今世紀初頭の1906年にはフランス Nice 市の Von Boyage 浄水場で1.9万トン/日の実機が稼働を始めています。

 近年,我国でもカビ臭の発生にみられるような水道水源の水質悪化がしばしば認められるようになってきました。
 また,上水処理工程で使用される塩素消毒により有害なトリハロメタン類が生成されることが明らかになり,浄水場で使用される塩素の量が制限される方向にあること,水需要およびより良質な水への要望が増大していること等も背景となり,オゾン処理および活性炭処理からなる高度処理が各地の浄水場で検討・実施されるなど,オゾン利用に対する関心が高まりを見せています。

 オゾン処理の工場排水への適用が始まったのは1950年代頃からと言われていますが,今日見られるように上水,下水,工場排水等様々な分野でのオゾン利用の研究が始まったのは1960年代頃からです。用排水処理も含めて現在多方面でオゾンが使用されていますが,主な適用目的を整理すると表1のようになります1)
難分解性有機物の分解では,表中の(10),(11),(12),(13)等の機能を活用するものです。
3.部分的酸化による分解
 難分解性有機物は従来の生物処理では十分に処理されないことが指摘されており,生物処理をより効率的に行うには何らかの前処理が必要となります。生物処理を補完する方法として化学酸化法が期待されており,このための手法としてオゾン酸化が注目されています。
 この場合,オゾン酸化により対象となる難分解性有機物を完全に無機化するのではなく,ある程度の段階まで酸化を行うこと(部分的酸化)により有機物の性質を改善し,その後生物処理を行うものです。

 分子構造からみると,難分解性有機物にはクロロフェノール類,ニトロフェノール類等各種の物質が該当すると思われ,ニトロ基やクロル基の有無が大きな影響を及ぼすものと推察されています。
 生物易分解性のフェノールおよび難分解性のニトロフェノール類5種(2-,4-,2,4-,2,6-,2,4,6-)のオゾン酸化を行い,生物分解性(BOD5/TOC)の変化からニトロ基の影響が検討されています2)
 図1に示されているように,オゾン酸化前にはBOD5/TOCの値が0.03〜0.06と低く難分解性であったニトロフェノール類が,1.5〜2時間のオゾン酸化によってBOD5/TOCが0.55〜0.90程度に増大し,生物分解性が向上することがわかりました。また,BOD5/TOC値が最大値を示すことから最適なオゾン酸化条件が存在することが確認されました。
 また,フェノールとニトロフェノール類の比較からニトロ基の挙動が生物分解性に大きな影響を及ぼすこともわかりました。

 染料含有の着色排水は代表的な難分解性排水と言われており,処理後にも難生物分解性成分である着色成分が残留することが多く,排出源での対策が強く望まれています。
 和歌山市には多くの染顔料やその中間体を製造する化学工場,染色整理葉等が存在することから,染料を含有した着色排水による市内の河川汚染が大きな問題となっており,平成6年度から色度規制が実施されています。
 図2は酸性染料であるC.I.Acid Orange 7(Orange II)をオゾン酸化したものです3)
脱色は染料分子の完全分解を必要とせず,発色団であるアゾ基(N=N)等に代表される分子構造中の共役二重結合を切断するのみで効果が得られるため,脱色(?MAXの減少)効果は短時間で良好な結果が得られています。同時に,生物分解性(BOD5/TOC)の向上と最適条件の存在が確認されました。

 水道水の安全性を確保する上から,水道水源となる公共水域への産業排水由来のトリハロメタン前駆物質の排出抑制が重要となってきています。一方,染料含有の着色排水は着色度が高いことに加えて,トリハロメタン生成能が高いことも指摘されています。
 しかしながら現状では,オゾン酸化に伴う有害性の変化に関する研究例は少なく,今後はトリハロメタン生成能の低減等安全性の面からの検討も必要となってくると思われます。


表1 オゾンの適用目的
( 1)病原性生物(ウイルス,細菌,原生動物等)の消毒
( 2)細菌,ウイルス,藻類等の殺菌,殺藻,および抑制
( 3)着色成分対策(脱色)
( 4)着色成分対策(脱臭)
( 5)味の改善
( 6)凝集特性改善
( 7)透視度の改善
( 8)濁度除去
( 9)無機物の酸化
(10)有機物の酸化・安定化
(11)難分解性有機物の生分解性向上
(12)有毒・有害物質の無害化
(13)有機塩素化合物等ハロゲン化有機物の生成抑制
(14)微生物群の活性化
(15)余剰汚泥の易分解化
(16)大気臭気対策
 ある種の有機物のオゾン処理ではアルデヒド類のような生物分解の困難な初期中間物質が生成される場合もありますが,大部分の有機物は図1や2に示されるように概ね生物分解性が向上することが推測されます。
 このことから,オゾンによる部分的酸化は難分解性有機物の効率的な生物処理に村して有効な前処理方法であり,生物処理の前段プロセスとしての応用が期待できます。しかしながら,表1に示されているように従来からオゾンの殺菌効果についても良く知られています。
 このことは一見すると生物分解性の向上とは矛盾するように思われ,高濃度のオゾン残留による微生物群への悪影響も危惧されています。このため,今後は生物分解性向上効果の体系的な把握とともに,効果を最大限に活かすための最適操作条件の確立が必要です。
4.促進酸化法による分解
 オゾンは非常に強い酸化力を持っていますが,オゾンの酸化力をさらに増大させるため,オゾンと他の物理化学的処理法との併用(促進酸化法)が検討されいます。これまでに紫外線,放射線,超音波等の照射下でのオゾン酸化,過酸化水素や金属イオン等の共存下でのオゾン酸化,電解下でのオゾン酸化,高pH下でのオゾン酸化等が報告されています。
 これらは,オゾン(酸化還元電位 2.07V)や過酸化水素(1.77V)等を酸化剤として直接利用するのではなく,それらの分解過程で生成されるヒドロキシラジカル・OH(2.85V)を始めとする活性ラジカル種を利用するものです。

 図3は,促進酸化法の分解効果を調べるために炭素数 1〜6 までの低分子有機物の分解程度を調べたものです4)
オゾン単独ではギ酸およびホルムアルデヒドと言った特定の物質しか分解できなかったものが,紫外線照射や電解下でのオゾン酸化では対象としたすべての化合物の分解が可能であること,また分解の程度は分子量の増加につれて低下すること等がわかりました。

 促進酸化法によって難分解性有機物の分解は促進されますが,分解性の向上と同時に,紫外線照射下のオゾン酸化においては,オゾンの効率的利用はある紫外線照射強度のもとで最大になること,気相のオゾン濃度が高い場合にはランプ配置の最適化が重要であること等,また過酸化水素共存下のオゾン酸化では最適の pH 値は 6〜8に限定されること,PH制御だけでなく過酸化水素の添加量や注入点を適切にすること等も指摘されています。
 このため今後は,揮発性有機塩素化合物類や農薬類等を始めとした各種の難分解性有機化合物に村する併用効果を検証し体系化するとともに,併用のための最適操作条件を見い出すことが必要です。


5.オゾン利用に関する今後の課題と展望
 難分解性有機物の分解やそれらを含む産業排水処理の分野に関してオゾンの利用が盛んに検討されており,それに伴う今後の検討課題についてはこれまでに述べてきました。それらは主に分解効果のより一層の向上に関する事項ですが,それと同時に,オゾン処理の持つ基本的な特性についても改善しなければならない事項があります。その主なものは,オゾンの発生コストを下げることおよびその利用効率を高めることです。
 そのため,高濃度オゾン発生器の開発を始めとする効率的なオゾン発生技術の開発,夜間電力の利用,高効率(省エネ化)・省スペース化が可能な高濃度オゾンに対応した処理装置および最適利用システムの開発,発生させた高濃度で安価なオゾンを長期間安定状態で保存する技術の開発等について検討していく必要があります。

 これまでに述べてきた生物処理機能や分解効果の促進,最適発生・利用システムの開発等により,難分解性有機物の分解やそれらを含む排水処理の問題を解決できるのみならず,上水処理での塩素代替使用,下排水処理への応用,環境浄化対策等への応用が可能になると思われます。これらにより,有機塩素化合物類のような二次的な有害生成物の低減,都市内での再利用促進と新たな水資源の確保等にもつながり,快適環境の創造が可能になると期待できます(下図参照)。

参考文献
1) 宗宮 功,化学工学,55,680(1991)
2) N.Takahashi,T.Nakai,Y.Satoh,Y.Katoh,Water Res.,28,1563(1994)
3) 高橋信行,加工技術,13,97(1996)
4) 高橋信行,香月収,公害と対策,25,1500(1989)

水圏環境保全部 水質制御研究室 高橋信行書