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♪ 「・・・・・」 その瞬間。 確かに僕は、ひどく苦しい夢を見ていた。 夢だと判っていても、あまりにも苦しいから目を開けた。 と、同時に僕は、またか、と思わず呟いた―。 握り締めたままのリモコン。 額を乗せてたからか、全く感覚のない腕。 どうしようもない。 ここ最近、僕はベッドで眠ることが出来ない。 そして、また今夜も。 僕はテレビをつけっぱなしにしたまま ソファで眠ってしまったらしい。 「・・・・・・まだいいよなぁ」 僕は、肩を少し回しながら、ふわふわと漂うようにバスルームへ向かい、シャツを脱ぎ捨てる。 「・・・まだ、浸っててもいいよねぇ?」 鏡に映る自分に、言い聞かせるように、僕は言った。 溜まりに溜まったライヴビデオ。 本当は僕は、この活動休止の間に、それを観るつもりでいた。 でも。 僕はまだそれを見ることはできないのだった。 仕方ないから、どうでもいいような映画を観る。 無作為に選ばれる、意味のない映画たち。 なのに、ときどきそこに彼が話題にした映画が混ざっていて、 そのことに気づくたびに酷く戸惑う。 今も僕は、偶然手にしたビデオが「ライフイズビューティフル」で、動けなくなっている。 「・・・・・・誰だよ、こんなの持ってきたやつは」 僕は、そのビデオをボックスの奥深くにしまいこみ、ようやく息をつく。 「・・・・・・まだ早いって」 僕は上着を手に取り、出かけることにした。 ♪♪ 特に用はないけど、近くのコンビニに入る。 入り口近くの雑誌をパラパラとめくってみる。 「・・・・・あ。ヒーセだ!」 懐かしい顔を見て、ほんの少しだけ微笑う。 コレは買おう。 そして、ふと女性週刊誌の見出しに目がとまる。 「へ・・・ぇ・・・・まだ話題になったりするんだ?」 あれから2年が経ったなんて信じられない。 信じられないから。 信じたくないから。 僕は、1度見てしまった表紙を必死に忘れようとする。 忘れろ、忘れろっと。 じゃないと、僕は。 「・・・・・・・そんなにせかすなよ」 僕は、ヒーセが載ってる音楽雑誌だけを買い コンビニを出る。 後ろで、「・・・あ?ねぇ、あの人って」 そんな声が聞こえた気もするけど、気にしない。 それは、僕じゃないから。 少なくとも、今の僕はステージに立つ僕じゃないから。 「・・・あれ?」 気にしないと思ってたのに、僕はどうやら気にしていたらしい。 僕は、ドアの前で苦笑する。 僕の足は、自然と。 初めて入ったときから、僕のことを普通の客としてしか扱ってくれないカフェに向かっていたから。 カウンターに座ると、何も言わないのに マスターがコーヒーを淹れてくれる。 僕の好きなコーヒーを、僕の好きなコーヒーカップで。 でも、それはココに来る客、すべてが受ける洗礼のようなもの。 だから、僕は安心して息をすることが出来る。 ここに彼を連れてきたことはない。 ただの1度も。 正確には、彼はたどり着くことができなかった、だけど。 「どうぞ」 マスターが僕の前にコーヒーと、コーヒーシュガーを置く。 「え?あの、僕、砂糖は」 いらないんですけどっていうか、ずっとブラックなの知ってるはずじゃ? 思わず顔を上げたら、久しぶりにマスターと目が合った。 「そういう気分のときは、甘いほうが良いそうですよ」 「僕・・・・そんなふうに見えます?」 僕は、マスターとこれ以上目を合わせていられなくなって 慌てて砂糖をひとつコーヒーに投げ込むと、ぐるぐるとスプーンをかき混ぜる。 「そうですね」 「・・・・・・・・そっか」 ここで、マスターに今日何かありましたか?なんて聞かれたら ついつい全部話してしまうところだった。 「・・・・・・・・そろそろ限界なのかなぁ」 僕の独り言が聞こえなかったはずはないのに マスターは、黙ってコーヒーカップを磨いてた。 カフェを出て。 近くの公園を、しばらく歩く。 それから、ベンチに腰掛けて 行き交う人々を1人眺める。 毎日、毎日、こんなことばかりしてる。 もう見飽きてる景色。 まだ見飽たと言えない景色。 ふと膝の上の手のひらに 冷たいものを感じて 空を見上げる。 雨があっという間に強く降り出して 次の瞬間には公園から誰もいなくなっていた。 僕は、ここでも1人で。 雨に打たれてる。 「・・・・まだ早いって、言えなくなってきちゃったな」 僕は、頬を伝わる雫も 雨のせいにした。 ♪♪♪ 不意に僕の頭上に鮮やかな赤が現れる。 「・・・・・・・あれ。」 「降水確率80%だって言ってたのに。どうして傘、持たないわけ?」 その赤は、大きな傘で。 黒い傘の下にいる男の手から僕に手渡される。 「天気予報なんか嫌いだ」 「まぁ・・・ね。 俺も嫌いだけどね」 男はくすくす笑いながら、僕の隣に腰を下ろした。 僕の隣で、傘をさしたまま。 そして30分が経とうとしている。 雨は、どうやら僕の頬の辺りだけは、通りすぎたらしい。 横の男は、それに気づいてるくせに何も言わないので 僕は、横の投げ出された足を蹴った。 「痛ぇな!」 男は、大げさな声をあげる。 「・・・・離れろ」 「ひっでーな」 男は笑いながら、僕を見る。 「大の男が、何で2人してくっついて座らなきゃならないんだよ!」 「別にいいんじゃないの?たまにはさ」 「たまには、じゃないだろ!お前は、いつもいつもそうやってくっついてきたじゃないか」 「・・・・・・・くっついてないと、ダメなんだよ」 「な・・・何、気持ち悪いこと言ってんだ」 「そう、だね。いやぁ、俺としたことが、変なこと言っちゃったなぁ」 ははは、男は軽く笑ってみせる。 たぶん、僕より厳しい立場にいるはずなのに。 僕より年下のこの男は、それを全て受け止めるだけじゃなく 「ついでだから」と言って、僕のことも受け止めてくれる。 こんなことがなければ、僕はこいつが こんなに強いヤツだなんて、知らずにいたと思う。 「そんなことは、知られないままで良かったけどね、俺はね」 僕が、ほんの少し前に、そんなことをうっかり言ってしまったとき こいつは、怒ったように・・・僕を見ずに、そう呟いた。 それは、確かな本音。 僕は、そこに触れてしまったことを、こいつに悟られないように その「独り言」を、聞こえなかったことにしたのだった。 家族の前で、僕たちの前で、こいつは相変わらず純粋で 豪快に笑う。 理解力に優れているのに、どこかボケたところも変わらない。 そして、その人なつこさで、家族を、僕たちを安心させている。 「あのさ」 「・・・・なに?」 「俺、笑ってるでしょ」 「・・・・あ、うん」 「凄いよね。笑えるって」 「・・・・・・あーそうね」 「俺ね、絶対もう二度と笑えなくなっちゃうと思ったの。でもね、周りがああいう感じになっちゃって。 そしたら、急に昔とった杵柄って言うの?すっかりいい子ちゃん路線に戻っちゃったんだよね〜。」 こいつは、そう言ってまた豪快に笑った。 「でも・・・・お前に救われてる人は多いと思うけど?」 「あ!ありがと〜。そう言ってもらえると、ホント嬉しいよね。頑張ってる甲斐があるよ」 「頑張ってるの?」 「そりゃあね、頑張ってるよ。これからも頑張るしね。」 「・・・・いつまで?」 僕は、無意識のうちにそう尋ねていた。 それは―僕自身に向けられた疑問だったのに。 こいつの笑いが、止まる。 「さぁ?・・・・だって、つらいしねー!コレばっかりは。まさか、こんな早くにって思ったし」 「そういう台詞は辛そうに言えよな」 「・・・・・・・・・・・言ってどうなるの?」 あまりにも悲痛な声に、僕はびくりとした。 怖くて、こいつの顔が見られなかった。 「・・・どうって」 「言ったって、どうしようもないこともあるでしょ。 世の中にそういうことがあるなら、まさに、コレがそうなんだって思う。 でも俺だって、もうめちゃくちゃに喚きたいことあるし、抑えられないときもあって。そりゃそうだよね。 だから、かーなーり無理してるね、今の俺ね。判ってんだけど、やめらんない。 それこそ・・・・・笑っちゃうでしょ。俺ね、アレからずっと黒い服しか着られないの。・・・ははは。 あんなに柄シャツ大魔王だったのにね〜。でも、元から黒系多かったから気づく人少ないけどね」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・そうなの?」 「そう、なの」 にこり。 こいつは、そう言いのけてまた笑う。 「それにさ、人にはそれぞれ役割ってのがあるんだと思うんだよね。ヒーセみたく、ガンガン動いてくれたり。 あとはほら。こうやって俺の分も浸ってる人がいるから?」 僕を冗談ぽく指さして。 「俺は安心して、頑張れる」 そう言ってまた、にこりとする。 そこに彼の面影を見つけて、困ってる僕に気づいたのか じゃあ、行くね? 傘をクルクル回しながら、男は通りの向こうに消えた。 その後ろ姿を見て、僕は一瞬あいつの後を追いたい気持ちになった。 追いかけていって、例えば例えば「一緒に飲もうよ」とか そんなことを言いたい気持ちになった。 きっとそれを期待して、あいつは僕のところに来たんだって。 そう思って。 だから僕はあいつの腕を取り、一緒に一緒に浸ろうって、そう言いたかった。 僕は、ベンチから立ち上がり、駆け出そうとした。 でも。 そこで僕の足は止まってしまう。 ・・・違う。 あいつは僕と一緒に浸りたいなんて思うわけないんだ。 それに気づいたから。 そうだ。 あいつがそんなこと思うわけない。 だいたい、あの日。 あの日、僕が呼び出さなければ、彼は。 あの日、僕がくだらないことで彼を困らせなければ、彼は、彼は――。 あの日も、雨が降っていた。 ♪♪♪♪ 僕の足は、傘の意味がないほど、びしょ濡れのまま カフェに向かっている。 天気予報なんか嫌いだ。 もう八つ当たりだって言われたって構わない。 あの日の天気予報はハズれたから。 彼は天気予報を見るのが好きで、その日も見てて 快晴だって、なんて笑っていた。 それが。どこが快晴だよ。 急な雨に、街が一瞬ぼやけて見えた。 それでも彼には運転テクニックがあったから、何なく車を走らせていただろう。 でも、車を運転する人間の誰もが、そんな技術を持っているわけもなかった。 まさか100年も甘い時間が続くだなんて、そんなこと いくら僕だって思っちゃいない。 でも。 「そんなにせかすなよな・・・」 マスターは、僕の姿を見ると黙ってタオルを渡してくれた。 何もかもお見通しなんだろう。 僕はゆっくりスツールに腰掛ける。 目の前に温かなコーヒーが置かれる。 僕の好きなコーヒーを、僕の好きなコーヒーカップで。 今度は砂糖がついてないや。 僕の気分はそういう感じらしい。 「・・・・・おいしい」 僕の独り言にマスターは少しだけ笑うと、「しのぶくん、ウエハース買ってきます」 奥にいるバイト君に声をかけて、僕の目の前から姿を消した。 僕は目を閉じた。 バイト君も、僕の様子を見たらしく、僕から見えないところにいてくれる。 コーヒーの香りだけが、漂う空間。 僕の感覚は、視覚以外の部分に集中し そこだけ、時間が止まった気がした。 そのとき、不意に携帯が鳴り出した。 着信は――――「彼」。 「・・・・・・・・・・・・どうし・・・て!」 慌てて携帯に出た僕の向こうに 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 何時間にも思えるほどの沈黙があった。 僕は彼の名を呼んだ。 何度も何度も、沈黙の向こうに届くように 何度も、呼んだ。 何も応えのないまま、電話は切れて 僕は、携帯を握り締めた。 「コーヒー新しいの、淹れます?」 目を開けると、そこには見慣れたバイト君の姿があった。 「あ・・・お願い、します」 バイト君は、そっと僕の目の前にハンカチを差し出したあと コーヒーカップを下げた。 僕はそのあとすぐに、彼の番号に掛け直してみた。 『・・・・この電話は現在使われておりません』 当たり前のように、電話の向こうで声がした。 何度掛けなおしてみても、結果は同じ。 そうだよな。 そんなことは、ずっと前から繰り返しやってたことだ。 あの日から何度も、誰かに嘘だって言ってもらいたくて 違う。 誰かにじゃなくて、「彼」に、そう言ってもらいたくて 全部笑い話にしてもらいたくて 何度も掛けてたじゃないか。 何で今頃。 しかも、僕だけに、何で。 僕は携帯の着信履歴を何度も確かめてみる。 けど、それは何度確かめたって、彼の名前だ。 「・・・・・・・・お前までせかしてるの?」 なんだよー! 僕は、ソファに寝転び、ごろごろしてみた。 クッションを、バンバン叩いてみたりもする。 ちくしょー! よりにもよってお前がせかすのかよ! 僕がこんなふうになった原因作ったの、お前のくせにー。 僕が他の誰でもないお前にだけは 逆らえないと思ってるな? お前がせかしたら、俺が動き出すとでも思ってるな? 動き出す、もんかー! まだまだ浸っててやるんだー! でもま、結局動き出しちゃうんだろうな・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・彼には逆らえない。 泣き疲れて眠ったその晩、僕は久しぶりに彼の夢を見た。 夢の中の彼は、僕のほうを見て。 そうして、僕の好きな細くて綺麗な手に 携帯を弄びながら ただニヤニヤといつまでも微笑っていた。 ♪♪♪♪♪ マスターは相変わらず僕にコーヒーを差し出し、 その後は、黙ってコーヒーカップを磨いている。 ただ違うのは。 僕がそこから公園のベンチではなく、スタジオに向かうということ。 間もなくレコーディングのために、渡米だってする。 僕は鳴り出した携帯に話かける。 「あ、ちょうど良かった。電話しようと思ってたんだ。何でって、ほら。 アメリカ行く前に飲みたいなって思ってさ。 あ、今夜は?どう?え?何でそんな急にって?そんなことないよ。」 僕は、そこで一呼吸入れる。 僕だけせかされるのは、不公平ってもんだ。そうだろう? だから。 こいつだって、せかしてしまおう。 道連れだ。・・・ふふん。恨むんなら、彼を恨め。 「・・・・・ほら。世間は、そろそろ柄シャツの似合う季節になったわけだし?」 「・・・・・な・・・・・・・・・・」 電話の向こうで少しの沈黙が流れる。 僕は焦らず、返事を待つ。 悩め悩め。 でも、僕はどうしたって、こいつをせかすことに決めたのだ。 だから、こいつが動き出すまで僕はせかし続けてやる。 5分は経っただろうか? 小さく「うん」という返事が返ってきた。 僕はその声に微笑む。 「1番いいヤツ着てこいよ」 じゃないと縁切るからな。 電話の向こうの、えええ、と焦った声に大笑いしながら、時間と場所を告げる。 僕は空を見上げた。 今日は雨じゃない。 いい天気だ。 コーヒーも旨かったし。 音楽は、僕の傍にある。 スティルアライヴ。 僕は、ここにいる。 ――僕は、まだここにいる。 end |
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正月早々、暗い話で済みません! 先に謝っときます。 ま、言うまでもなくフィクションですけれども、テーマは「せかすなよ」(笑) いやいや、もうせかしていいだろう!?っちうことで。 あとタイトルはこんなんですけど、コレ書きながら聞いてたのは、某人たちの「ブルージーな朝」と「スティル〜」。 何回聴いても良い曲や〜。 それじゃ、今年も皆様にとって、よい1年となりますように。 1974 |
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