![]() NUDE 登子 |
■■■■■ 「え・・・? いま、何ていったの?」 小首をかしげる。 「・・・ヌード・・・」 「・・・・・・え?」 「だから、ヌードだったらもう! 写真集だってば!」 英二の顔から、みるみる笑みが剥がれ落ちた。 「ヌ・・・・・・ヌ・・・ヌ、ヌードって、それ、いったい、誰の?・・・・・・」 エマが、焦れったそうに唇をとんがらせる。 「だからぁ、おれと吉井って、さっきから言ってるじゃない! 何度もいわせないでよ。もう、ばっか」 英二が、頭のてっぺんから石のように固まった。 「一緒に行ってね、出版社〜」 「はあ?」 今まで聞かされたエマの話を、頭のなかで、もう一度反芻してみた。 どうも、どっかの出版社からオファーがあったと言ったらしい。写真集の企画・・・・・・それも、ヌード。しかも、吉井とエマの、ヌードだと抜かした。 これから、その打ち合わせのために出版社に向かう。そこについて来い、といっているらしいのだ。 なにそれ??? しかも、何でおれが???・・・・・・・かたまった頭を抱えて、思わずうずくまったら、やおら蹴飛ばされた。 「ほら、英二。時間に遅れちゃうじゃない。早く〜」 って、何でおれが??? 「だってね、おれ一人だと、騙されちゃったら困るでしょ〜 英二さ、ちゃんと見張っててね〜」 って、いったい何でおれなわけ??? エマに追い立てられ、わけもわからないまま、とにかくクルマに乗っていた。威勢よく、エンジンがうなる。 「あの・・・さ・・・・・・吉井は・・・・・・このこと知ってるの?」 「ん〜ん、まだ内緒。おれも細かいことまだよく知らないの。これから、話聞くの。だからね、一緒に聞いてね」 「はあ・・・・・・」 どんどんスピードを上げながら、気がつけば横でエマが鼻歌を歌っている。 チラッと様子をうかがった。やっぱり。案の定、まったく何も考えてない顔だ。 いやな予感に、めまいがした。 しかし、よりによってヌードとは・・・・・・しかも吉井と・・・・・・って、ちょっと待て! そんなこと・・・・・・許せるわけないじゃんか!!! ・・・・・・ヌードなんて、だめだめだめ!! 絶対だめ!! 考えるうちに、英二の中で、今ごろ怒りが膨れ上がってきた。 そんな話、許すわけにはいかないじゃん! なにがなんでも、ぶち壊す! 鼻息荒く、助手席でひとり気色ばんだ。横では、のん気な鼻歌が、まだ続いていた。 出版社は、思ったとおり、かなり胡散臭い聞いたこともない名前の会社だった。何で儲けたのか、ビルだけは立派だ。でも、悪趣味。ロビーにいきなり、ゴージャスな活け花・・・・・・当然、枝もの。クラブじゃあるまいし・・・・・・。 横には、ギリシャ彫刻をもじった男性裸体像の石膏・・・・・・わかり易すぎて、あまりにヤバイ。しかも・・・・・・噴水つきだ。 ロマネスク調の応接室に通された。 小太りのチビの中年が、もう秋というのに汗のにおいをまとってやってきた。 エマが、あからさまに、鼻をしかめる。 おお、これなら交渉決裂は見えた! 兄貴はこういうタイプ、ぜーんぜんダメなんだ〜 勝算ありと踏んだ英二に、ちょっとだけ余裕がもどってきた。 エマが、匂いから逃れるように、英二の後ろにからだをずらす。 チビの中年が、愛想良くもみ手しながら話し始めた。 「あ、わたし、電話差しあげた、編集担当の田中と申します。よくいらしてくださいました。お電話でもお話したような次第なんですが、それでこちらも考えてみたんですが、どうでしょうかね、舞台は温泉って言うのは?」 げっ。こいつ、いきなり本題に突っ込むか。と、みればエマが眉をひそめている。 「えー? やだー温泉なんて・・・・・・」 やった〜! 兄貴、嫌がってる。編集者が、ちと困ったような表情を、横の英二に移してきた。 エマが英二を後ろからこずく。はいはい、わかりました。出番ね。ぶっ壊しましょ。 「えーと、田中さんて言いましたっけ。いきなりで何なんですが、残念ながら、この話はなかったってことでー」 と、まずはキッパリ、クールに先制パンチ。 「だいたいヌードなんてね、そういう話は・・・・・・いつも、お断りしてるんですよ。兄貴、口下手なもんですから、わかりにくい返事しちゃったのかもしれませんけど。結論としては、もちろんNOです。なんか、勘違いされちゃったんじゃないかなあ。まあ、そういうことなんで――」 って、あれ、なんかオレ、後ろから引っ張られてない? 「違うよ〜英二。おれは温泉がいやなの〜 そういう田舎臭いのダメ〜 海辺とか、高原とか、そういうのがいいんだ〜」 「はあ?」 田中が一瞬にして復活し、ニヤニヤ顔を英二に向ける。そして子どもにでも諭すように話しかけた。 「弟さん? お兄さんから詳しく聞いてないみたいですね〜 もうね、契約金も決まってるんですよ。お兄さんはOKなさってると思いますよ〜 今日は詳しい内容詰めにいらしてもらえたと思ってたんですがねぇ」 「け・・・契約金?」 「ええ。そうですよ。300万円。お兄様のご希望で・・・・・・ご用意しました」 「さ、さん、300万!!! 兄貴、なにそれ? んなの聞いてねえよ!」 エマが、こくりとうなずく。 事実・・・・・・なのね? 「ホントかよ? なんで? どうして? どうなってんの?」 頭がぐるぐる回ってる。 「だってさ、300万円ほしかったんだもん」 「ほしかったって、なんに使うのさ? そんな大金!」 「カレラ買うの〜」 「・・・・・・え?」 「ほしいのがね、ちょうど300万円足りなかったんだもん〜」 あああ。ポルシェのために、からだを売るのか・・・・・・この男は。 「ヌードなんだよ! ハダカだよ。本になって、きっと新宿2丁目の裏路地あたりで、いやらしそーな男たちに買われるんだよ。いいの!? それでいいの??? ほんとにいいの!?」 「だって、脱ぐだけでしょ?」 のけぞった。 「あのね、弟さんね、ちゃんとした大手の本屋で売るやつですよ。私ども、きれいなヌード写真集を企画してるんですがねぇ。アートですよ、アート」 このオヤジが、この顔で、「アート」だと??? 信じがたい・・・ だが、エマは満足そうに微笑んでいる。匂いにも、すでに慣れてしまったみたいだ・・・・・・ 300万円に目がくらんだとは・・・・・・まさか・・・そこまで愚かとは知らなかった・・・・・・。 「で、シチュエーションですよ。今日、吉井さんも一緒にいらしてもらえれば、話が早かったんですがね」 ここで一転、エマの表情が曇った。 「あれれ、ひょっとして、まだ話してらっしゃらない? あれぇ困るな〜 早く説得お願いしますよ。お正月に出したいですからねぇ。カレンダー付き、なんてのもおしゃれでしょう! とすれば、来月には撮影開始しないと間に合わないですよー」 来月って、もう二週間しかないじゃないか! エマが、ボーっと天井を見ながら、面倒くさそうにつぶやく。 「来月かぁ。そんなにすぐだと、吉井はね、ちょっと難しいかもね〜 英二、どうしようか?」 って、おれに振るなよ。 吉井・・・・・・あいつの反応は、まったく計算がたたない。悪乗りするかもしれない。でも、怒り出して拒否するかも・・・・・・。 ああ、でも基本的に、兄貴の頼みなら、最後はいつも折れるんだった。そうすると、ヌード写真集が、この世にお目見えすることになってしまう。二人の、決定的な・・・・・・見たくない・・・・・・ この劣勢を、どう切り返せばいいの?・・・・・・そうだ! 「おれ、来月空いてます!!」 「は?」 エマと田中が、同時に英二を見た。 二人の視線を一身に受けて、無謀な勇気が湧いてきた。 「だから――相手。おれで、どうですか! おれと兄貴って、けっこう絵になるんですよ! ね!ね! ライブの時だって、いっつもそうだよね〜」 エマが、情けなさそうな面持ちを英二に向けた。自分のアイデアで高揚しきった英二は、その表情を読めないまま暴走していく。 「ああ、いいと思うな〜 高原のテラス、白樺の小道、降り注ぐ木漏れ日・・・・・・」 自分の思いつきにうっとり酔って、目が、どんどん夢見心地なっていく。 「・・・・・・ばっか」 一言で片付けられてしまった。 「ば、ばか???」 「何だ! 弟さんも、そんなに話がわからないかたじゃないですか! ねえ。お兄さんとはずいぶん違う感じで、私、最初は潔癖症の方なのかと思っちゃいました〜 あーよかった、よかった!」 ち、違う・・・・・・喜ばれても、意味が。 一気に戦意を喪失してソファに倒れこんだ英二を無視して、エマと田中が楽しそうに談笑を始めた。正月の出版を目指し、舞台は海辺という方向に固まりだしている。英二の手の届かないところに向かって、どんどん走り出している。 300万円なんて・・・・・・知らなかった。もう、ぜんぜん頭が回ってくれない。焦るばかりで時間が過ぎる。 気がついたら、エマはすでに立ち上がって、田中に別れの会釈をしていた。 「ほら、英二。帰ろ」 ■■■■■ 兄貴が、ご飯をおごってくれた。っていうか、自分だけ食べてる。 精神的に疲労した英二の気配など、まったく意に反さず、無邪気にパスタを頬張っている。髪の毛みたいに細ーい、カッペリーニが最近のお気に入り、だそうだ。 「英二、どうしたの、あんまり食べないじゃない? ダイエット?」 このままだとダイエットできそうだ。 ああ、違う! 今のテーマはヌードを止めること。そっちに話を切り返そうとしたら、エマが身を乗り出してきた。秘密でも打ち明けたいかのように、思わせぶりの表情で英二を手招きした。これだ。いつもこの手にやられてるんだった。 「ねえ、英二・・・・・・。お願いがあるの・・・」 殊勝な顔。上目遣いの目線。お願いとは、大抵とんでもないことだとわかっているのに、おれのからだが勝手に引き寄せられていく。 「あのね、・・・・・・英二から、吉井に話してね」 あああ、やっぱり。何でそういうのが、いつもおれに回ってくるの? 「冗談じゃないよ! そんなの自分で話せよ」 「だって、ヌードだよ。そんなこと・・・・・・おれから言えない」 おれだって、言えるわけないだろが! 途端に悲しそうな表情を湛えて、背もたれに倒れこんだ。 「もう、食欲ない」 当たり前だ。じゅうぶん食べてた。食欲ないのは、こっちのほうだ。 むくれた兄貴に代わってハンドルを握り、とにかく帰途に着いた。 あれから一時間、ずっとすねてる。口、きかない。 兄貴のこういう態度って、針のむしろ・・・。そのうち、ひとりでぶつぶつ言い始めた。 「・・・ったく、何のために、英二、連れて行ったんだか・・・」 えー、そういう風に持ってくるの? 「役立たずなんだから」 えー!なんで??? 何で、怒られなきゃならないの、おれ??? 再び、沈黙。英二のほうが音を上げた。 「あー、もういい! わかったよ。わかった。おれが話せばいいんだろ? そうすれば、ご機嫌直るわけ? でも、話すだけだからね。知らないよ、吉井が引き受けなくても、おれのせいじゃないからね!」 結局、兄貴のシナリオどおり。また負けた。どうにもおれが負けるように、おれたちの人生は最初からプログラミングされてる・・・・・・。 エマが、ふわっと微笑む。イメージどおりの展開に、ご満悦って感じ。 ダメだ、やっぱりこいつも連れて行こう。少しは修羅場を味わえ! 「ただし、兄貴も一緒に来るんだよ。一緒だったら、いってあげてもいいから・・・・・・」 「うん。わかった〜。じゃあ、あした、どっかに吉井呼び出すね〜」 「・・・どうぞ・・・・・・」 折れてみたところで、気はさらに重くなった。 外苑をのぞむ、フルーツパーラーの2階席。 忍び寄る秋の気配に、銀杏並木も寂しそうな面持ちだ・・・・・・って、今日はそういうセンチな気分に浸ってちゃいけないんだった! やってきた。吉井が。 階段をかけ上げってきて、エマの姿を認めると、こっちが恥ずかしくなるほど、ふにゃふにゃの笑みを浮かべた。と、横に座っている英二に気づいて、一瞬にしてその笑顔を打ち消した。 仏頂面とふにゃふにゃ笑いを複雑に交錯させながら、窓辺の席に向かってくる。 「なんでー? なんでアニー、一緒なの?」 こっちだって、来たくて来たわけじゃない。 「うん、今日ね、ちょっと、アニーから話があるんだ〜」 アニーからじゃないだろ、おまえの話だろが!!! 「で、なに?」と切りこむ吉井。 「ほら、英二」とエマ。 一瞬の沈黙。二人が英二の言葉を待っている・・・・・・。もう! さらっと片付けてやる。 「写真集の話が来てるんだよ、兄貴と吉井の。で、兄貴、受けちゃったんだ。よく聞いてみたら、どうも、その・・・・・・内容が・・・・・・ヌードらしいんだけど。吉井、どうする?」 「はあ?」 「ヌード写真」 「ヌード? おれとエマの???」 しばらくそのまま固まって、やがて額に手を当てた。考える人のポーズ。 そりゃあ、そうだろう。やがて、ゆっくり顔を上げる。眉間にしわ。ああ、やっぱり、おれのこと睨んだ。おれが悪いわけじゃないのに・・・・・・そしてその視線が、横のエマにゆっくり移っていく。 ヤバイ! もう一言、おれがなんとかフォローして、直接対決だけは阻止せねば・・・兄貴を守るんだ――! だが・・・・・・それってやっぱり気弱なおれの一人相撲に過ぎなかった。あほらし〜 吉井の表情の意味など、まったく意に介さず、エマはその視線を受け止めるや否や、特上の微笑を返した。上目遣いの視線には・・・・・・そう、誰も勝てないってこと。 吉井が視線攻撃にやられて、口を開くのが一拍遅れる。その絶妙のタイミングに飛び込むように、エマが舌っ足らずに言葉を発する。 「・・・恥ずかしくて・・・英二に一緒に来てもらっちゃったの。おれもね、最初はいやだったんだよ〜 でもね、相手のおじさんが熱心でね、話聞いてるうちにね、なんかね、吉井とのこと、写真に残しておきたいかな〜なんて気持ちになってきて・・・・・・思わずOKしちゃったんだぁ。おれ、ばかだよね〜」 案の定、吉井の険しい表情が、ぐずぐず崩れていく。 吉井のあほ。ホントは300万円のためなんだぜ。 エマは、上目遣いの視線を吉井から寸分ともはずさない。これは、イエスの返事を引き出す、お得意の戦術だ。 吉井、やられるな! 正気に返れ! 「・・・そんなこといったって、ヌードなんでしょ〜」 「だめ?〜」 「だめって、・・・・・・だって恥ずかしいだろ」 「恥ずかしいから、いやなの?〜 おれとでも、恥ずかしいの? きっと、今しか撮れないよ、きれいなヌード」 「エマの?」 「うん。見たくない?」 「そりゃあ、見たいさ〜 あ!じゃあさ、エマ一人のヌード写真集にしたらいいじゃない! おれ、全部買い占めちゃう〜」 鼻の下が、完全に伸びきった。 「ヤダ〜ひとりじゃ。吉井と一緒じゃなきゃ、恥ずかしい〜」 「ええ?そうなの〜 一緒じゃなきゃ、ダメ〜? どうしても?」 もう、この男に勝ち目はない。・・・・・・勝手にやってろ。永遠にやってろ。 「おれ、帰る」 「あれ? 英二。まだいたんだ〜」 はあ? 「牛乳とお醤油、切れてるの。買って帰ってね」 ああ、この期におよんで事務連絡。 言ったが早いが、そそくさと吉井に向きなおり、写真集の舞台を説明し始めてる。 海辺だそうだ。吉井がトローンとした目で、エマの話を聞いている。いっそ、波にでも流されろ。吉井だけ。 痛み出した胃を抱えて、一人で銀杏並木の下を歩く羽目になった。 おれは決意した。ポルシェには、絶対、吉井は乗せない!!! ザマアミロ、おまえは兄貴に騙されて、300万円貢ぐんだ〜 ■■■■■ 二週間は、矢のようなスピードで過ぎ去った。撮影初日。 舞台は九十九里。夏の喧騒が過ぎさり、ひと気の消えたこの海岸は、ウソのように美しい。なめらかな海岸線がどこまでも伸びていく。 空っぽになっていた「海の家」を急ごしらえの楽屋に仕立てた。 天候は上々だ。海も凪いでいる。 にたにた笑いの田中が、首にタオルをひっかけてやってきた。 「お天気に恵まれましたね〜 幸先いいですね〜 今日は、柔らかい感じのものから始めましょうかね。全体の構成は、やさしい雰囲気のと、荒々しく激しいものと、淡々とした日常っぽいものの三部構成ですから、今日はその優しい感じが撮れそうですね〜」 自分のセリフに、うんうんとうなづきながら、英二に目を向けた。 「あれぇ、弟さんも一緒なんですか? あらま?」 「運転手なの〜」エマが、のんびり答えている。 意味ありげにうなづく田中。粘着質のイヤな視線。余計なお世話だ。 「じゃあ、30分後ってことで。人が繰り出す前の時間帯に、撮影しちゃいましょう。時間はタイトなので、テイクワンで決めてくださいよ〜 よろしくお願いしま〜す」 田中が出て行くと、入れ替わるようにメイクが入ってきた。 これから撮影本番というのに、エマにはまったく緊張感がない。上機嫌で、メイクを開始した。 一方、吉井は・・・・・・と見ると、硬い表情で意味もなく天井をみつめている。天井から壁へとふらふらさまよった視線が、やがてエマのうえで結ばれる。情けない表情が顔いっぱいに広がっている。 「エマ〜 おれたちホントにやるの?」 この期に及んで、逃げ腰。 「吉井? そう決めたじゃん。ね。直前になって、そんなこといっちゃダメ〜」 口調はやさしいが、逃げられない威圧感。立ち上がって吉井にゆっくり近づくと、うながすように、その手をとった。 「ね。ライブみたいに、楽しもうよ〜」 諭された吉井がのろのろと鏡のほうに向き直る。土壇場はいつもこんな感じ。吉井もおれも、兄貴の言うことには逆らえないんだから、さ。 少しばかり吉井に同情したくなった。クルマのために、そうとは知らずに、ホントに一肌脱がされちゃうわけだもんね。 まもなく二人がメイクに集中しだしたので、手持ち無沙汰になったおれは、海岸の撮影部隊でもからかおうと、部屋を後にした。 でもまあ結局、すべては杞憂だった。 というか、ギリギリのところで吉井の遁走とか、兄貴の直前の気まぐれなんかで、撮影中止ってなるのを、ちょっぴりでも頭に描いたおれが、甘かった。 そして、わずかにでも吉井に同情の思いを寄せた自分が、あほだった。 浜辺に現れた二人は、楽屋とは一転、決め決めのプロの顔。 とくに吉井。兄貴をリードする姿に、楽屋で見せた子犬みたいな不安そうな面持ちは、微塵もない。どこまでもクールで、憎たらしいほどオトナじゃんか! 不敵な表情で、男の色気を漂わす。この男が端正な顔立ちだったことを、あらためて思い知らされた。ふたりの姿は、すでに一枚の絵画・・・・・・ 兄貴と吉井が並んで立つと、そうでなくてもかっこいいのに・・・・・・ふたりして半裸。くらくらしてくる。 圧倒されているスタッフに向かって、余裕の視線をゆっくりと投げかけた。 そうだった。この人たち、人に見られることでテンション上がるタイプ。ファインダー向けられると、そうでなくても異常にアドレナリンを噴出できる特殊技能の持ち主だったんだっけ・・・・・・。 浜辺に寝そべった二人は、これまた口惜しいほどにきれいだった。 日差しと濡れた砂の鮮やかなコントラストの上のからだは、硬い稜線を描き出し、女性の丸みを帯びた質感とは違うエロスを醸し出す。尖った鎖骨や肩甲骨が、肌にシャープな陰影を落とす。 一見、無防備に見えるエマの肢体は、実はつま先まで神経がかよっているし、吉井の体の動きには寸分の狂いもなく、どの角度から切り取っても絵になるように計算され尽くしている。 こういうのって、天賦の才能なのね・・・・・・。 吉井の指が、エマの髪の間を滑る・・・・・・エマが吉井の白い背中に頬を寄せる・・・・・・唇が触れ合うか触れ合わないかの微妙な距離で見つめあう・・・・・・ 吉井の首に回されたエマの両腕が、優しさに脈打っている。エマを見つめる吉井の瞳は包み込むように温かい・・・・・・それは、やっかみなんて下衆な思いを吹き飛ばすほどに、感動的だった――。 まったく、ここまで堂々とやられると、戦意喪失だ。 いつの間にか悔しい気持ちを置き忘れて、絡み合うふたりに見とれていた。カットを重ねるうちに積み重なっていくオーラの山が、あたり一面を飲み込んでいく。 横から、ごくりとつばを飲む込む音がした。 田中が、呆けたように口をぽっかりあけて、立ち尽くしている。 「お、お兄さん・・・・・・きれいじゃないですか! 吉井さんステキ、かっこいい・・・・・・」 あああ、こいつも完璧にやられてる。厚ぼったい唇をピンク色に染めて、ちいさな瞳を潤ませていた。 「・・・・・・す、素晴らしいっていうか、か、感動的って言うか・・・・・・正直ここまでとは、期待してなかったんです、わたしは・・・・・・はぁ」 目を奪われたまま、驚きのため息をついた。 まあ、当然。悔しいけど誰だってあのふたりには見とれるだろう。 撮影は、順調に進んだ。 兄貴も吉井も、完璧に楽しんでる。撮影に飽きてくると、カメラマンの注文以上にベタベタして、スタッフを困らせて遊びだす始末。もう、無敵。 予定の日数を残して、余裕で撮影をアップさせた。 ■■■■■ 「おもしろかったね〜」 うれしそうに、エマが吉井の顔を覗き込んだ。 「うん! 楽しかった〜 エマのいうとおり。やってよかったね! エマちゃん、きれいだったし〜」 「吉井って、カッコよかったぁ。なんか、ステキだったぁ」 あの後、ずーっとこんな会話ばっかり。 今日、その写真が上がる。これから、出版社で出来上がりのチェックだ。 編集部のミーティングテーブルに案内されて待っていると、田中とカメラマンが写真を携えてやってきた。 「ようこそ。お待たせしました〜 これ、写真です。文句ない出来上がり、素晴らしいですよ〜 さあさあ、ご覧ください」 ざっと200枚くらいのスチール写真が、机の上に積みあげられた。 「カメラマンとわたしで、だいぶ絞り込みました。最終的に、使えるのは60枚程度ですね。ここからのセレクトはご一緒にお願いします。もし、他のものもチェックなさりたいなら、ベタが用意してありますので、こちらのルーペでどうぞ」 エマと吉井は、最初はちょっと照れくさそうに、ワー、キャー言いながら写真をめくりだした。 続いて、おれもおずおずと手を伸ばした。 どのショットも、すごいいい出来だ。素人にだってわかる。 とくに、撮影現場では気づかなかったが、アップがいい。エマの顔の上を這う吉井の指とか、吉井の肩越しのエマの瞳とか、めちゃくちゃ痺れるようなカットが満載だ。 荒れた海に向かって立つ吉井の後姿ってのも、癪なほど絵になっている。 エマの髪を伝ったしずくが、吉井の胸に流れ落ちるシーンなんかは、ぞくぞくくる。 打ちつける雨の下で、背中を丸めて膝に頬を乗せたエマの物憂い表情も絶品。 そして、アクセントに加えられた、ホテルの一室。 抱き合う二人の影がベッドに落ちていて、その影だけっていう憎いショット。カメラマンが、これをラストを飾る写真にしたいと説明している。 なんか、ため息が出た。 ため息と入れ替わるように英二の頭に沸きあがったのは、最初に写真集の話を聞いたときから、ずっと抱いてきた思いだった。 ――この写真・・・・・・誰にも見せたくない・・・・・・! 見れば見るほど、すごすぎる。・・・こんな色っぽい兄貴の姿が、商品として本屋で売買されるなんて・・・耐えられない! 人に見せたくない。見せるもんか。この写真は、そう、おれだけのもの――。 決意は固まった。なんとしても、これを盗み出す! 「――って、ねえ、英二?」 はぁ? なんか兄貴がおれに話しかけていた。やば、全然聞いてなかった。 「だからあ、頼んだからね」 え? って、なにを? 「ご、ごめん。・・・・・・聞いてなかった・・・」 「あのね、おれと吉井、そろそろ行くから。後、英二にお任せ」 「え? そんなぁ。ちゃんと選べよ。兄貴たちの写真だろ・・・」 「だって、もう飽きちゃったの。こういうのって、第三者が選んだほうがいいんだよ。英二なら適任じゃん。じゃあ田中さん、そういうことで・・・」 「えー、でもエマ、もっとちゃんと見なくていいの? それに英二に任せたら、おれの写真、どんなの選ばれるか、心配だなぁ」 吉井がちらりと不審の目を向ける。 いわれなくても、おまえのカッコイイやつは全部没にしてやる! 「だってさ、もう退屈なんだもん」 エマのふくれっつらに押し切られるように、吉井が渋々立ち上がった。 あああ・・・・・・誰か止める奴はいないのか! 田中を見れば、帰って行くふたりに気がつかないほど、写真の世界にのめりこんでいる。 あっけなく、扉の閉じる音がした。 田中は写真に没頭していた。 「傑作・・・・・・。わたしが手がけた写真集の中でも、一、二を争う傑作になりますよ、これ。ああ、もう全部独り占めしたい感じ・・・・・・」 なめるような視線を写真の中のエマに這わしている。今にも写真を抱きしめそうな気配じゃないか。おお、気色悪い。早くこいつから取り上げないと、写真が穢れる。 問題は、写真をどうやって持ち出すかだ。 田中とカメラマンが、章立てを決め、掲載の順序を詰め始めた。意見を求められ、英二も参加する。なんせ、エマの写真。みているだけでも退屈しない。いつのまにか三人で夢中になっていた。 気がつけば、二時間ほどが経っていた。 「あれれ、もうこんな時間だ。きょうはこんなもんにしませんか。予定より、はかどっちゃったし――」 カメラマンが、終了を提案した。なるほど、夜8時。けっこういい時間だ。 英二がふと、隣室の編集部を伺うと、もう誰もいない。これって・・・・・・チャンスかも! カメラマンが帰り支度を始めた。散らばっていた写真やネガを、田中が丁寧に集めだす。 「じゃ、田中さん、スミマセンがお先に!」 「ああ、お疲れ様でした。続きは、ええと、明後日でしたね。二時にここでお待ちしてます〜」 出て行くカメラマンの背にねぎらいの言葉を送ると、写真をひとまとめにして箱に収め、重そうに抱えて編集部のロッカーに向かった。 「さて、英二さん、そろそろ会社、閉めますよ」 ロッカーの扉を閉めて、振り返った。鍵は、かけなかった! 「あ、わたし、ちょっとトイレ寄ってきます。ここで待っててくださいな」 運命が微笑みかけたような、素晴らしい展開! 田中が部屋を出るや否や、英二は矢のようにロッカーに走って写真の箱を引っつかみ、夢中でドアから飛び出した。 廊下を走りながら、ふと思いついてトイレのある通路めがけて大声で叫んだ。 「すみませーん、田中さん! 携帯に緊急の呼び出し入っちゃって、急ぐんで、先行きまーす!!」 これで、先に帰ったことは訝られないだろう。 階段を二段飛びで駆け下り、通用門から外に出ると、大通り目指して全速力で駆けた。 田中が帰りにもう一度、ロッカーを確認するような小ざかしいまねをしないように祈りながら、走ってくるタクシーに手を上げた。 ■■■■■ 急展開は、翌日だった。 「・・・倒産? それ、いったいどういうこと?・・・・・だって・・・だって、きのう僕たち、行ってたんですよ、あの会社に。会ってたんですよ、担当の田中さんと・・・? え?・・・行方不明!?・・・・・・帰ってない???」 エマが電話口で、困惑しきっている。気配に気づいた英二が、何事かとそばに駆け寄った。 「兄貴、どうしたの! 何があったの?」 「・・・英二・・・信じられないよー! あの会社、つぶれたんだって・・・・・・」 寝耳に水。 「そ、そんな・・・バカな! どういうこと!? 昨日、フツウだったじゃん。おれだって行ってたんだし?・・・何なの、いったい? どうなってんの!?」 「こっちが聞きたいよー! 今の弁護士さんの話だと、以前から、かなりやばかったらしいの。資金繰り滅茶苦茶で、銀行もさじ投げてて、サラ金みたいなところからお金、工面してたみたいで・・・・・・。それも返せないまま金利で、えーと火達磨になってて、それで昨日の深夜に、ついに取立てのやつらが殴りこんできて、会社で大暴れして、全部、滅茶苦茶にしちゃったみたい・・・警察来て、たいへんだったんだって。それで、ついさっき、不渡り出たって・・・・・・」 一気にしゃべると、肩を落とした。 「しゃ、しゃ、写真は? ・・・あの写真は!?」 英二も悲鳴を上げた。やばいじゃないか、写真持ち出したことが警察にばれたんじゃ・・・・・・? 「兄貴ったら! 写真だよ、写真・・・・・・どうなった? なにボーッとしてるの!? 聞いたの? ひょっとして、差し押さえられちゃったとか・・・・・・?」 エマが悲しそうに英二を見る。 「・・・それが・・・ね・・・・・・若いチンピラみたいな連中がさ・・・写真とかイラストとか原稿とか、洗いざらい掻っ攫って行って、腹いせに東京湾にぶち投げたって言うんだよ!!! ひどいよー! そんなことってあり? 信じられる? ねえ、英二・・・・・・?」 クスンと鼻を鳴らした。 これって――予想外の展開。ひょっとして・・・・・・事態は、オレにとって、ものすごーくラッキーなことになってないか? 「・・・・・・じゃあ・・・じゃあ、あの写真はもうないってこと? 誰かが持ってった・・・とかじゃなくって・・・・・・?」 「あーん!・・・きっと、東京湾に沈んじゃったんだよ・・・・・・!! 海の藻屑・・・」 エマが泣き声をあげた。 一方・・・英二の顔の筋肉はうれしさで緩みだし、思わず笑いまでこみ上げてくる。 やば!・・・これを見られちゃ一巻の終わり〜!! 英二は顔を見られないようにわざとエマを抱きよせて、慰めるように背中を擦った。 「そっか・・・・・・田中は失踪か・・・その連中がやってくるのを察してたのかな?」 「知らないよ、そんなこと! 会社の役員、みんな行方不明だっていうし・・・」 やった!!! 英二は心で喝采を叫んだ。天は、おれに味方したんだ! チンピラ連中のおつむに乾杯! もうちょっと聡かったら、債権として押さえてたかもしれない。血気に逸って東京湾に一直線とは・・・なんて、なんて素晴らしい人たち! 「――兄貴、ほら、元気出して。写真は惜しかったけど・・・・・・またいつでも撮れるじゃない! そんな騒ぎに巻き込まれて怪我でもしなくて、よかったと思おうよ。それに・・・・・・東京湾に撒いてくれたってのも、ひょっとしたら、逆に幸いかもよー」 喜びはひた隠しにして、冷静にアドバイスする弟の役を決めこんだ。 「どうして?」 エマが顔にクエスチョンマークを浮かべる。 「だって、考えてもみろよー。変な債権者の手に渡っちゃって、写真をネタに脅されでもしたら――それこそ大被害じゃない? 週刊誌に流出なんかしたら、やばいよ。ヌードなんだし」 「あ、そっか。そうだよね。そんなことになったら、もっとたいへんだったね! そっか。そうだよ。300万円ももらってあるし、おれ、全然損してないもんねー!」 「え、ええ!? もう、もらってた・・・・・・・の?」 「えへへ。前金」 舌をぺろっと出した。 「ッたく、調子いいんだから〜。あ、でもそれ大丈夫!? 領収証から足着いて、カネ返せとか言われない?」 「それがね・・・まだ、サインしてないんだ! おれ、入金急いでたから田中さん急かしたら、どっかから工面してきたみたいでね、会社の書類が間に合わなかったっていってた。だから、今度会ったとき、正式に領収証書くって話になっててさー」 ここにもいた。もう一人、思いっきり運のいい奴が・・・・・・。自分のことは棚に上げ、兄貴の強運に恐れ入った。 ひょっとしたら・・・・・・その300万円が、会社倒産の最後の引導だったりして??? 「当然の報酬でしょ。ちゃんとお仕事したんだからさ! こんなことになって、慰謝料もっともらいたいくらいだよね。そしたら吉井にもちょっとはあげられるのにねー」 あああ。あげる気、まったくないのね。 「そっか。・・・それじゃあしょうがないね。まあ、何事もなく無事でよかったじゃない。それにおれも・・・・・・ホントいえば、ちょっと恥ずかしかったんだ〜。話なくなって、逆に良かったかもだよ〜」 吉井はエマの話を素直に聞いて、さらりと納得した。スタジオから駐車場に向かって歩く二人のちょっと後を、英二が追いかける。 「ムダ骨折ったけど、面白かったしね。撮影」 「ほんと! じゃあ・・・またやる?」 「こらぁ! 性懲りもなく〜」 エマの頭を優しく叩いた。笑いながらその手をかわしたエマが、あらためて殊勝な表情を吉井に向けた。 「・・・・・・吉井、ゴメンね・・・・・・。やな思いさせちゃったよね。おれが迂闊だったばかりに迷惑かけちゃった・・・」 「いいさ! エマのせいじゃないじゃん。こういうことって、世の中ではたまにあることだから。エマにもいい社会勉強になったってことさ」 吉井が男気を見せている。 「でも今度は、おれが出版社選ぶからね。エマちゃんは世間知らずだからさ〜」 「うん! お詫びに次のときは吉井に選ばせてあげるからね〜」 これ以上は、他人は聞いていたくない会話になってきた。 そうこうするうちに、駐車場。エマが新車のポルシェに近寄る。 「あれ!! 新車?」 吉井が、目を丸くしている。 「そう。ほしかったやつ〜」 「すっごい! カッコイイじゃん〜 ねえ、おれも乗せて!」 「だめ!!!」 英二がすかさず飛び出し、吉井を出し抜く素早さで助手席に滑り込んだ。 「ほら兄貴、帰ろ! 吉井、おまえとはここでバイバイ!」 英二の初めてみせる大胆な行動に、吉井があっけに取られている。 300万円を内緒にすることとバーターに、この助手席はしばらくの間、おれの指定席になったってわけ。 「あああ・・・ゴメン、吉井。そ、そう、そうだった・・・・・・今日っておれたち、なんか急いでるんだった。えーと、おふくろが遊びにくるんだよ! そうだったよね、英二・・・・・・えっと、だから、ドライブは・・・・・・また今度ね〜」 「なにそれ? 今度って・・・・・・まだ話の続きが済んでな・・・い・・・ちょっと、待って。待ってったら! エマ! エマ〜!!!」 合点のいかないままの吉井を振り切るように、ポルシェがいい音をたてて発進した。 320馬力の乗り心地は感無量! バックミラーの吉井が見る見る小さくなっていくじゃないか! 悪いが今回ばかりは、おれの勝ち!! この何年分かの溜飲が一気に下がった。 サイコーの気分で、運転席の兄貴に目を移した。 あれれれ??? なんか、悲しそう・・・・・・じゃん・・・ 英二がポカンと見つめていると、ふっと顔をこちらに向けて、あわてて微笑んでくれた。 だけど、その表情は、微笑んだ分だけますます寂しそうに見えた。なにもいわなくても、睫毛がじゅうぶん憂いでいる・・・・・・ 兄貴がこの席に一番乗せたい人が誰なのか、つらいけど、おれにはわかっている・・・・・・ 一つ目の信号で止まったところで、気持ちが変わった。 「じゃあさ、おれ、ここで降りるから。吉井を迎えに行ってあげて――。執念深い・・・じゃなくて、我慢強いあいつのことだから、きっと戻ってくるかもしれないと思って、そのへんで待ち焦がれてるよー」 エマが信じられないという顔で、聞き返す。 「えー! いいの? いったい・・・どうしたの? 急にそんなこといいだすなんて。なんか・・・・・・すっごい余裕〜」 「うん。たまにはね〜」 「うわ! きょうの英二、かっこいいかも! オトナ!」 エマの笑顔が、ホンモノの笑顔に変わった。うきうきとした飛びっ切りの笑顔。頬がばら色に染まっていく。おれ、この瞬間が、好きなんだ〜。 「英二、大好きっ!」 おでこにキスまでしてもらった! そ。おれ、余裕〜。 だってさ・・・・・・おれの部屋の本棚の奥底に、あの写真が眠ってるんだもん!!! おれだけの写真なんだも〜ん!!! 何度見ても、写真の中の兄貴は絶品だった。気がつくと、何時間でも平気で見つめていた。憂いだ表情、蠱惑の視線、官能的な・・・ライン・・・・・・ 田中が没にしていた山の中からも、すごいショットを何枚も見つけ出した。 ラストの写真を撮影したホテルの一室。兄貴が・・・ベッドに半裸でうつぶせに横たわっている。右足を軽く突き立てて、つま先でシーツをもてあそぶように引っ掛けたまま、いたずらっぽい目でこちらを振り返った瞬間・・・・・・ 写真のなかの兄貴と目が合っただけで、息が止まるかと思った・・・・・・ この写真を田中が没にした理由がよーくわかった。これじゃあ、兄貴は日本中の女を敵に回す。いいのか、男のくせに・・・・・・こんなに官能的で!!! この後・・・吉井に襲われてたり・・・してないよね・・・・・・ 吉井がいたずら半分にかぶせたバスキャップ姿も一枚見つかった。・・・・・・バスキャップがこれほど似合う男なんて、世界中探しても兄貴しかいない! もしも――もしも、この写真が公開なんかされてたら・・・・・・全国から色とりどりのバスキャップが殺到して、うちの事務所はバスキャップ倉庫に化してしまったかもしれない・・・・・・。 そして・・・・・・問題の吉井とのツーショット――最初は焼却処分だと意気込んだが、あらためて眺めてみたら・・・・・・おれは腰が抜けるほど感動してしまった。ふたりの世界に。 エマと吉井の肌が触れ合うと、そこだけほのかに紅をさす。お互いを求めて絡み合う腕から、演技ではとても出せないせつなさが滲み出る。 こんなに優しい吉井の瞳をはじめて見た。はにかんだ口元からは、今にも愛のささやきがこぼれ落ちそうだ。吉井の背中をすべるエマの手が幸福に酔っている。 ふたりだけの秘密のはずの恋の物語が、隠しきれないように写真から染み出してくる・・・・・・ ああああ・・・・・・ それに・・・吉井と一緒だと――兄貴、色っぽさが倍加してる・・・・・・ どうして? どうして? どうして? この男と絡むと徒っぽいの? 特別なフェロモン出るわけ??? それに・・・ほかのものとは、かすかに違う――。含羞を感じさせるまなざし・・・あれ、ずるいぞ! 睫毛の角度が一人のときより0,3ミリくらい臥せっているじゃないか! 黒目の位置の、微妙なずれ・・・それが犯罪的にひとの気持ちをそそる・・・・・・ むかつきながらも、やっぱり目が離せない・・・・・・苦しみぬいた挙句、ついにおれは――吉井の顔を自分の顔に摩り替えて写真を眺める技を体得した!!! 身体がちょっと細いのが気になる。色も白すぎる気もする・・・・・・まあ、でもこの際、それらは不問に伏すことにした。 さてと。きょうも早く帰って、あの写真見よ〜! もう、この世に存在しないことになっている、誰も知らないまぼろしの写真――。 ファンの皆さん、ごめんなさい〜。 この悦楽だけは・・・・・・分けてあげられそうもない・・・・・・。 たぶん永遠に、おれだけの宝物。いつまでも、おれだけの秘密だから――。 END |
COMENT |
またまたやらかしてしまいました〜女王様エマちゃん(笑) 吉井ファンの皆様、アニーファンの皆様、そしてヒーセファンの皆様・・・ごめんなさい。 しかし・・・こんな写真集が、お年玉に舞い込まないものでしょうか―― アニー、独り占めズルイ・・・って、書きながら思わず嫉妬・・・! ほんとに持ってたら、、、いつか・・・見せて〜。 今年こそ、モンキー復活を♪ 登子 |
BACK |