吉井が帰国したので、翌日から目が回るほど忙しくなった。
何とかスタジオも押さえられたっていうから、今まで止まってた仕事が、ブランクのぶん切羽詰って押し寄せてくる。

僅かな休憩時間。
缶コーヒーを買いにリハーサルスタジオから出て、財布を開ける。

・・・ピック。

昨日英昭にあげたピックは、やっぱり俺の財布の中に、今もある。
そりゃそうか。これは30年前に俺が貰ったピックで、それから俺はずっと大事にしてきたんだから、ここにあるのは当たり前で・・・。
じゃあ一体、このピックは誰がいつ作って、誰がいつ買ったものなんだ?
なんか混乱するなぁ、と思いながら、一緒に出てきたヒーセと話した。

「英昭さ、タクシーに乗り込む前、面白いこと言ってたぞ」
「何?」

言いながら、ヒーセが笑う。

「大きくなったら、エマみたいな大人になるんだとよ」
「俺ぇ?」
「良かったな、夢が叶って」

あはは。
そうなんだ。
俺は俺を目指して大人になったのか。
いいのかなぁ。

「でもさぁ・・・」
「あんだ?」

ふとした疑問。
「俺、ヒーセと出会ってすぐ、一番仲良くなったじゃん。ヒーセに甘ったれてここまできたでしょ」
「あー・・・とも言うかな」
「あれって、やっぱり潜在意識の中で、ヒーセを覚えてたからなんだろうね」
「父ちゃんだからなっ」
「あはは。でね?だからこそ英昭が現れたとき、ヒーセに相談したんだよね」
「うん」
「でも、それは30年前にヒーセと出会ったのがきっかけだとして、そこでヒーセに相談したから、子供の俺はヒーセに懐いたんだとして・・・」
「ん?」
「それって、どっちが先なんだろう」
真面目な顔で言ってしまった俺に、ヒーセは爆笑した。
「考えるな、考えるな。卵とニワトリだ」
そっか。でもなんか・・・うーん・・・。ヒーセとの関係も、ピックのことも、この世って不思議なもんだな。

「しかし可愛かったなぁ、ちびエマ。どうせなら、ああいう子供が欲しいねぃ!」

今頃どうしてっかなぁ、なんて言ってしまうヒーセに、俺も笑い返した。

「ここにいるじゃん」

だってあれは俺だもん。

「あ・・・そっか。うし、エマは俺の子供だ!」
「これからもよろしくね、ヒーセパパ」

ほのぼの笑いあってると、難しい顔をした吉井が現れた。


「あっ!また二人でいる!ちょっと君たち、最近アヤシくない?」
「はぁ?」

そう、吉井はあの、甘ったるいSEXのあと、ヒーセがあの部屋に数日泊まっていた形跡を発見し、どうやら軽く疑っているらしいのだ。
俺は浮気に寛大だけど、どうも吉井はそうでもないらしい。
判りあってるとあのとき思ってたけど、そう世の中は簡単ではない。ま、今後の課題だな。

・・・・・・なんてね。嫉妬してる吉井を見て、本音を言えば嬉しいんですけど。
って、正直になった俺って、ホント馬鹿だね。ふふふ。


「エマよぉ、ウチの婿は煩いねぇ」
「ぷっ…くくくっ!吉井は婿なんだ。・・・って、嫁じゃないの?こういうときって」
「や、ビジュアル的に、オメェが嫁のほうがしっくりくるじゃん。
 それに、夜の役割からしても・・・」
「うるさい!このセクハラオヤジ!」

スタジオから顔を覗かせた英二の「合わせるよー」という声を合図に、
何でも話しすぎるのも考えものだな、なんて思いながら、吉井の隣に走っていった。


俺の理想の苺のショートケーキは、
ふわふわのスポンジの上に真っ白なクリームが乗っかった、
見るからに優しい味のショートケーキ。

それは、大好きな人が運んできたショートケーキ。
きっと憧れてたのは、あのケーキ。

無残に潰れても、泣き笑いの表情で、キスしながら恋人たちが食べたケーキは、
この世の何よりも美味しそうに見えたから。

                                                                                                                                                                                                                                                             



end

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