緑は危険/C.ブランド
Green for Danger/C.Brand
1944年発表 中村保男訳 ハヤカワ文庫HM57-1(早川書房)
本書にはいくつかミスディレクションが仕掛けられていますが、最も目立つのはやはり自転車の色でしょう。終盤のコックリル警部のハッタリのように、ヒギンズがムーン少佐の子供を殺したことが事件の発端だと思った方も多いのではないでしょうか。
コックリル警部の、“フレデリカが襲われたのは、犯人が逮捕を恐れていたから”
(220頁)という台詞もくせものです。この台詞で、てっきりフレデリカの自殺未遂かと思い込んでしまったのですが……(フレデリカはムーン少佐に自転車の色を尋ねてもいますし(112頁))。
もう一つ、『緑は危険』という題名はもちろん、凶器となった炭酸ガスのボンベを指していたわけですが、ベーツ殺しで焦点が当てられる手術衣もまた緑色なので、真相が見えにくくなっている面があると思います。これもまた、意図的なミスディレクションと考えるべきでしょう。
最後に、ボンベのトリックが明らかになった後の“あの晩の十時か、あるいは、もっと確実なところでは十一時に、ヒギンズが病院に居るということを知っていたのは、ぼくら六人とベーツだけだった”
(233頁)というイーデンの台詞も微妙です。この直前に、ボンベにペンキを塗って乾かすコックリル警部の実験に言及されており、その結果“あの晩の十時頃か、それよりすこしあと”
(232頁)にペンキが塗られたことが明らかになったことを受けての台詞ですが、280頁に書かれているように、その時点でヒギンズの素性を知っていたのはただ一人。つまりこのイーデンの台詞は“後にヒギンズであることがわかった老人が病院に居ることを知っていたのは……”という意味なのですが、それを曖昧にすることで読者の誤認を誘っているのです。