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首のない女/C.ロースン

The Headless Lady/C.Rawson

1940年発表 白須清美訳 奇想天外の本棚(原書房)

 ハンナム少佐の“事故死”に始まり、演技中のポーリンの墜落、そして象使いアーマ・キングによる重婚の暴露という展開を通じて、ハンナム少佐の遺言状、ひいてはサーカスの相続をめぐる事件という様相を呈していたのが、終盤も終盤になって突然、それまで欠片も出てこなかった新たな要素――“恐喝王”ワイスマンの弁護士“公爵{デューク}”ミラーと、その愛人ポーラ・スターことポーレット・ハンナムが飛び出してくるのが、あまりにも豪快というか何というか。

 顔が売れているポーラの潜伏先として“首のない女”は打ってつけですし、デュークの方も道化師の扮装で“首のない男”となって隠れるというのがしゃれています*1……が、しかし。ワイスマン、デューク、そしてポーレット*2の名前は確かに「主要登場人物」に挙げられていますし、ポーレットの駆け落ち(176頁)やその相手がサーカスの“法律顧問”(195頁)だったことも示されてはいますが、事件の真相ではなくあくまでも“新情報”にすぎないとはいえ、伏線不足で唐突すぎる展開という印象は拭えません。

 もっとも、ぎりぎりまで“サーカス内部の事件”と見せかけて容疑をサーカス関係者に限定しておく狙いは理解できますし、ワイスマンの遺産/デュークの金目当てという真の動機が明らかになる頃には、犯人――オハロランが(元警官ということもあって)ちゃっかり(苦笑)捜査側に入り込むことで容疑を免れる、という仕掛けがなかなか面白いと思います。そして何より、事件に新たな光を当てる“新情報”をもたらすのが犯人その人だというのが、何とも強烈です。

 もう少し細かく見てみると、“推理作家スチュアート・タウン”*3がスリの隠語を知らないふりをしたことから、マーリニが疑いの目を向けるものの、サーカスとの直接の関連は見当たらない*4のがネック。そして“新情報”とともに懸賞金狙いという(表向きの)目的が明かされることで、偽名――というよりも私立探偵であることを隠していたことも、それなりに納得できるようになっているのがうまいところ。

 加えて、マーリニにかかった殺人の容疑を晴らそうとする、犯人らしからぬ行動が非常に効果的。オハロランとしては、デューク(道化師のガーナー)に罪をなすりつける方が(金を奪う上で)都合がいいのでしょうが、おあつらえ向きの“スケープゴート”を作ってくれた警察に安易に同調せず、いかにも“かませの探偵役”(失礼)らしい雰囲気を漂わせているのが絶妙で、まんまと引っかかってしまいました。

 最終章でマーリニが言及する首切りの理由は、今となっては当然想定すべき理由の一つにすぎませんが、銃弾に残る痕跡が問題になるあたりは、年代を考えると新しいといえるかもしれません。犯人の手がかりとしては、“三二口径のメッツガー”はともかく“象牙の握りのついたリボルバー”(いずれも59頁)とくれば、特別な銃であることは納得できますが、“こんな田舎町では代わりが手に入らないような”(311頁)という身も蓋もない表現に苦笑。

 一方、犯人が左利きであることを示すパラフィン型の絵(236頁)は、いわれてみれば手の甲のように見えますが、ゴム手袋の型ということもあってわかりにくいのが正直なところ。また、左利きの容疑者を示す手がかり*5も(読者に対しては)かなり目立たなくなっていますが、リボルバーを“左のプラット”(59頁)すなわち尻ポケット(58頁)に入れる*6のは確かに左利きですし、“煙草も左手で持っていた”(311頁)というのも該当個所*7を読み返せばわかります。

 犯人に対するマーリニの“逆トリック”に使われた*8上に、内部にデュークの金と帳簿が隠されていたブースのミイラは、「主要登場人物」に挙げられているだけのことはあった、というか(苦笑)

*1: 事件解決後の、ガヴィガン警視の“ギロチンが使われていたら(中略)最終的に首のない犯人で決着がついた”(319頁)という言葉にニヤリとさせられます。
*2: 実のところ、ジョイ・パティソンが“ポーレット”を名乗っている(73頁)わけですし、推理作家の“スチュアート・タウン”とその正体である私立探偵の“マーティン・オハロラン”の両方の名前があることから、こちらも同じパターンかと思わされてしまう部分もあるように思います。
*3: 巻末の【炉辺談話】にあるようにロースンの別名義であることを知っていれば、偽名だと予想することも可能かもしれません。
*4: サーカスの面々が、“スチュアート・タウン”にまったく不審を抱いていないのが注目すべきところです。
*5: マーリニは、“明らかに左ききの人物はひとりしかいない”(309頁)と断言していますが、左利きの描写がされている人物が一人だとしても、右利きか左利きかよくわからない容疑者が多数いるはずで、決め手とはいえないような気が……。
*6: マーリニは“銃が彼の上着の左ポケットに入っていて”(311頁)と説明していますが、銃が入っていたのは上着のポケット(“キック”(58頁))ではないはずです。
*7: “オハロランは口にくわえていた煙草を取り(中略)そのついでに(中略)右手の中指と人差し指を交差させた。”(242頁)
*8: “とにかく(中略)包帯の女性がポーリンではなかったというのは当たっていたわけだ。”(304頁)というロスの言葉が愉快です。

2019.09.17読了