芳園三月雨濛濛, 露蘂煙英漸放紅。 想見華淸初出浴, 嬌姿無力立春風。 ![]() |
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雨中の海棠
芳園 三月 雨 濛濛として,
露蘂 煙英 漸(やうや)く 紅 放(ひら)く。
想ひ見る 華淸に 初めて 浴を出で,
嬌姿 力 無く 春風に 立つ。
◎ 私感註釈 *****************
※尾池桐陽:明和二年(1765)~天保五年(1834)名は槃、字は寛翁、号して桐陽。讃岐の人。
※雨中海棠:雨の中のカイドウの花。雨に濡れているカイドウの花の可憐な姿を見て、唐の玄宗に愛された楊貴妃が、華清池で浴を賜って、初めて寵愛を賜った時の初々しさを聯想している。転句、結句を読んだ音調から感じることだが、日本語ベースで作られたものになろうか。誤解を招きかねない言い方なのだが、本サイトは主として中国詩を扱っており、その観点で全てをみているだけであって、この作品は本当にすばらしいものであると思ってとりあげた。情景描写から始まるがそれだけに終わらず、潤いのある奥深い余韻のあるものとなっている。晩唐~・温庭筠『菩薩蠻』「玉樓明月長相憶。柳絲裊娜春無力。門外草萋萋。送君聞馬嘶。 畫羅金翡翠。香燭消成涙。花落子規啼。綠窗殘夢迷。」や、韋荘の『謁金門』「空相憶,無計得傳消息。天上嫦娥不識,寄書何處覓。 新睡覺來無力,不忍把伊書跡。滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。」 などがそうである。北宋・秦觀の『春日』「一夕輕雷落萬絲,霽光浮瓦碧參差。有情芍藥含春涙,無力薔薇臥曉枝。」
と似たイメージである。
※芳園三月雨濛濛:かぐわしい草花の咲いている三月の庭に、雨がけむるように降って薄暗く。 ・芳園:かぐわしい草花の咲いている庭。花園。 ・三月:季春。春の盛りを過ぎかけた頃。 ・雨:ここでは、春雨になる。 ・濛濛:雨がけむってふり、薄暗いさま。白居易の『寒食臥病』に「病逢佳節長歎息,春雨濛濛楡柳色。羸坐全非舊日容,扶行半是他人力。」、韋荘の『定西番』「芳草叢生縷結,花。雨濛濛,曉庭中。」や、蘇軾の七絶『飮湖上初晴後雨』「水光瀲晴方好,山色空濛雨亦奇。欲把西湖比西子,淡粧濃抹總相宜。」
などに使われている。
※露蘂煙英漸放紅:露に濡れた花のズイと雨にけむる花弁が、だんだんと花を開かせた。 ・露蘂:露に濡れた花のズイ。露おくズイ。 ・煙英:雨にけむる花びら。けむれる花びら。 ・漸:だんだんと。ようやく。 ・放:(花が)咲く。同義に「開」「咲」「笑」がある。「開」は○、「咲」「笑」は●になる。 ・紅:はな。必ずしも赤い花とは限らない。
※想見華淸初出浴:楊貴妃が、華清池で浴を賜っての湯上がり時が聯想されて。二人の愛をうたった白居易の『長恨歌』に「春寒賜浴華淸池,温泉水滑洗凝脂。侍兒扶起嬌無力,始是新承恩澤時。」に基づいた句。 ・想見:想ってみる。ここでの「見」の用法には「みる、みつめる」の意はない。「想」という主要な動詞に附いて、補助的な働きをするもの。 ・華淸:長安
東郊にある離宮。湯泉があった。
・初出浴:初めて(恩沢をたまわるときの)風呂上がり。 ・出浴:風呂から上がる。風呂上がり。 *「浴」字は、詩詞では、動詞として使う用例が極めて多く、名詞として使う例は、あまり見ない。「出浴」は中国詩ではあまり見かけない用法。
華清の池
「中国 歴史散歩」より賜る
※嬌姿無力立春風:艶やかでなまめかしい姿が、嫋々として春風の中に立っている。*中国詩であれば、「想見」は「華淸初出浴,嬌姿無力立春風。」と、その聯の終わりまでかかっていくことが多い。しかし「立春風」という表現を見る限り、「想見」は「華淸初出浴」だけにかかっており、「嬌姿無力立春風」は、海棠の姿を詠じているとみるべきだろう。 ・嬌姿:なまめかしい姿。 ・無力:力無くぐったりとしている。嫋々としたさまをいう。杜甫の場合は別(杜甫は老病の表現に多用)として、広く、女性や春の風情の描写に使われる。前出・温庭
『菩薩蠻』「玉樓明月長相憶。柳絲裊娜春無力。」
や、韋荘の『謁金門』「空相憶,無計得傳消息。天上嫦娥不識,寄書何處覓。 新睡覺來無力,不忍把伊書跡。滿院落花春寂寂,斷腸芳草碧。」
前出・秦觀の『春日』「有情芍藥含春涙,無力薔薇臥曉枝。」
などがそうである。
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◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「濛紅風」で、平水韻上平一東 。次の平仄はこの作品のもの。
○○○●●○○,(韻)
●●○○●●○。(韻)
●●○○●●●,
○○○●●○○。(韻)
平成16.3. 6 3. 7完 3.13補 平成23.6.13 令和 元.5.26 |
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