別離雖惜事皆空, 綰柳結松情自同。 馬上哦詩猶弔古, 寥寥一樹立秋風。 |
別離は 惜むと雖(いへど)も 事 皆 空しく,
綰柳(わんりう) 結松 情 自(おのづ)ら 同じ。
馬上 詩を 哦(うた)ひて 猶(なほ) 古(いにしへ)を 弔せば,
寥寥たる 一樹 秋風に 立つ。
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◎ 私感註釈
※那波活所:文禄四年(1595年)〜慶安元年(1648年)江戸初期の儒者。名は觚。字は道円。活所は号になる。播磨の人。
※巖城結松:岩代(いはしろ)の浜松が枝(え)。後出の短歌の一節に依る。有間皇子をめぐる故事に主題をとっている。斉明天皇−中大兄皇子系と、(孝徳天皇)−有馬皇子系間の皇統に関しての争闘に端を発した事件。有間皇子は、謀叛の罪を問われて、行幸先の白浜へ連れて行かれる旅路で、自らの運命を傷んで、吉兆の願である松の枝を結び、希望を託した。裁判の結果が幸運な結果に終わったのならば、また帰ってきて見よう、というものであった。不幸にも、再びは見ることができなかった…。この作品の舞台は『日本書紀』では、殺された場所は藤白坂(現・和歌山県海南市藤白)、歌を作った所は、『萬葉集』によれば磐代(現・和歌山県日高岩代)になる。この事件は次のように記録されている。『日本書紀』斉明天皇四年十一月の条に「十一月庚辰朔壬午,留守官蘇我赤兄臣,語有間皇子曰:『天皇所治政事,有三失矣。大起倉庫,積聚艮財,一也。長穿渠水,損費公粮,二也。於舟載石,運積爲丘,三也。』有間皇子,乃知赤兄之善己,而欣然報答之曰:『吾年始可用兵時矣。』」と、(おそらく中大兄皇子の意を体した)蘇我赤兄が近づき、唆した。そして、こと潰えて、「於是,皇太子(中大兄皇子),親問有間皇子曰:『何故謀反?』 答曰:『天興赤兄知。吾全不解。』 庚寅,遣丹比小澤連國襲,絞有間皇子於藤白坂。」と伝えられている。有馬皇子は、「天と赤兄(のみ)が知っている。わたしは、全然知らない」との答えである。中大兄皇子の陥穽にかかったのか。『万葉集』巻二には、「有馬皇子自傷結松枝歌 磐白濱松之枝引結眞幸有者亦還見武」(有間皇子、自ら傷みて松が枝を結べる歌 磐代(いはしろ)の 濱松が枝(え)を 引き結び ま幸(さき)くあらば また帰り見む)。哀しい歌である。
※別離雖惜事皆空:別離は、惜しまれているが、すべて空しいもので。 ・別離:(この世との)別れ。 ・雖:…ではあるが。…といえども。 ・惜:おしむ。 ・事:事柄。出来事。 ・皆空:すべて空しい。仏教用語でもある。この世に存在するものは、すべて実体がないということ。 『般若心經』に「照見五蘊皆空。度一切苦厄。……色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。」
※綰柳結松情自同:柳の枝を円く輪にして結んだり、松の枝を結んで吉兆を願うが、その気持ちは同じである。 ・綰柳:柳の枝で円く輪を作ること。吉兆を願いしるしか。 ・綰:〔わん;wan3〕むすぶ。わがねる。すべる。つなぐ。 ・結松:松の枝葉を結ぶ。吉兆の願い事のためにする。 ・情:気持ち。思い。心。 ・自:おのずから。おのずと。 ・同:同じである。 *何と何とが同じなのか。「事皆空」と「綰柳結松」とが」同じである、と見るのか、それとも、「綰柳」と「結松」とが同じになるのか。
※馬上哦詩猶弔古:馬上で詩を吟じながら、なおも、往時に思いを馳せて悼めば。 ・馬上:馬に乗ったまま。 ・哦詩:うたう。吟じる。 ・猶:なお。 ・弔古:遺跡等で往事の人を祀ったり、昔に想いを馳せること。必ずしも香を焚いたり、拝礼するとは限らず、懐古、覧古の意でもある。宋の陸游の『謝池春』「壯歳從戎,曾是氣呑殘虜。陣雲高、狼烽夜舉。朱顏鬢,擁雕戈西戍。笑儒冠、自來多誤。功名夢斷,卻泛扁舟呉楚。漫悲歌、傷懷弔古。煙波無際,望秦關何處。歎流年、又成虚度。」 や、辛棄疾の『念奴嬌』「登建康賞心亭,呈史留守致道」「我來弔古,上危樓、贏得闖D千斛。虎踞龍蟠何處是?只有興亡滿目。柳外斜陽,水邊歸鳥,隴上吹喬木。片帆西去,一聲誰噴霜竹?」 などがある。
※寥寥一樹立秋風:さびしげに、一本(だけの松の)木に、秋風が吹き始めた。或いは、さびしげな一本(だけの松の)木が、秋風の中に立っている。柳宗元の用例では、「頻把瓊書出袖中,獨吟遺句立秋風」で、後者になる。 ・寥寥:さびしいさま。空虚なさま。 ・一樹:一本の木。ここでは伝承のその松の木になる。 ・立秋風:秋風が立つ。秋風が吹き始める。また、秋風の中に立っている。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「空同風」で、平水韻上平一東。次の平仄はこの作品のもの。
●○○●●○○,(韻)
●●●○○●○。(韻)
●●○○○●●,
○○●●●○○。(韻)
平成16.3.29 3.30完 |
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