晩妝初了明肌雪, 春殿嬪娥魚貫列。 笙簫吹斷水雲閒, 重按霓裳歌遍徹。 臨風誰更飄香屑, 醉拍闌干情味切。 歸時休放燭花紅, 待踏馬蹄淸夜月。 ![]() |
晩妝 初めて了(を)はり 明るき 肌は 雪のごとく,
春殿に 嬪娥 魚貫して 列す。
笙簫 吹斷す 水雲の 閒に,
重ねて 霓裳を 按じて 歌遍 徹す。
風に臨みて 誰か更に 香屑を飄す,
醉ひて 闌干を拍けば 情味 切なり。
歸る時 放つを休(や)めよ 燭花の 紅きを,
待(まさ)に 馬蹄を踏みしめんとす 淸夜の 月。
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私感注釈
※玉樓春:詞牌の一。双調。仄韻。木蘭花ともする。詳しくは下記「構成について」を参照。この作品は異伝が多い。この掲載の詞句は「南唐二主詞」に拠る。南唐時代の宮中生活の描写である。
※晩妝:晩方の身繕い。装い。 一斛珠には「晩妝初過」がある。
※初了:初過:今し方完了した。 ・初:いましがた初めて(…した。)。 ・了:(動詞)完了する。終える。 一斛珠の「晩妝初過」との違いはあまりないが、「了」の方は●で、動詞の後に付き完了を表し、「過」の方は○で(両韻)、動詞の後に付き、完了・経過を表す。ここでは、平仄の使い分けのために変えていると見てよいだろう。
※明肌雪:美しく白い肌。女性の肌を雪に喩えるのは、韋荘の菩薩蛮で「爐邊人似月,皓腕凝雙雪。」という具合に使われている。
※晩妝初了明肌雪:(女性の)晩餐の装いもようやく出来上がり、その美しく白い肌は(際だって映えている)。
※春殿:春の季節が訪れている御殿。和やかで華麗な御殿。
※嬪娥:宮中に仕える女性。 ・嬪:天子に仕える高位の女官。後宮の高位の女性。
※魚貫列:宮女が、一列に順に並ぶさまをいう。「魚貫」とは、魚が並び貫なって泳ぐさまをいうことから来ている。そのイメージは、「メダカの学校」のように縦に並んでいるとするのが分かりよいか?! もっとも、李煜は「藁で横一列に連ねたメザシ」のようである、と表現したいようだ。魏書二十八に「將士皆攀木縁崖,魚貫而進。」や「晋書卷七十五」「皆當魚貫而行,排推而進。」、また、同書「巻七十九」の「而塘路乍狹,軍魚貫而前,…」というように、「…(而)進」「…(而)行」「…(而)前」と、並んで進む表現に使われている。さらに、青い字の部分からでも分かるように、一列縦隊で隊列を組んで進むことを表している。しかしながら、ここでは「魚貫列」と、「列」字が使われている。実際に宮殿では一列横隊で整列しているようなので、過去の散文の用法と、縦・横の点で、ややニュアンスが異なってきているが、整列しているという点では、同じである。
※春殿嬪娥魚貫列:春の御殿に宮女が一列に居並んでいる。
※笙簫:笙と簫。笙などの管楽器の総称。笙は、竹管を十九管並べた管楽器で、吹き口は一つ。しょう。簫は竹笛を横にハーモニカ状に二十四管程並べた管楽器で吹き口は管の数だけある。鳳簫、笙蕭ともする。 ・鳳簫:立派な管楽器の簫。簫の外観が鳳が翼を広げたた感じにも似ているので、こうとも呼ぶ。 ・笙蕭:前二者とは異なり、笙の音色が蕭然としていることをいう。笙の音色がもの寂しげである。
※吹斷:(奏楽の音が遙か彼方にまで流れていき)消えていく。聲斷ともする。
※水雲閒:遥か彼方の水面と天の雲の間。水平線の彼方。これは、「天地の間」と言うのに比べて、より視覚的に広がるものであり、より悠揚とした味わいがある。水雲間、水雲開ともする。共に基本的に同義。水雲開は水と雲との間が開く、となり、広がりが一層甚だしいものとなる。なお、「閒」は基本的には「間」と通じるが、「閑」とも通じる。蛇足だが、現代語の“閒”の発音も、その意味に応じて、或いは“間”(jian)と同じになり、或いは“閑”(xian)と同じになるという風に変化する。もしも、この「閒」を「閑」と同義にとった場合は、その詩的世界は著しく縮小する。「水雲 閒(のどか)なり」となり、日本の俳諧の世界のようになる。それも一興。
※笙簫吹斷水雲閒:。
※重按:かさねて演奏する。
※霓裳:霓裳羽衣曲のこと。唐開元中に西域から伝わり、玄宗も何らかの関係をしたともいう。そのため、白居易の「長恨歌」では「漢皇重色…,」といいながらも「猶似霓裳羽衣舞」と、玄宗を暗示している。
※歌遍徹:音楽の(全)楽章が終わり。 ・歌:歌舞。 ・遍:音楽のひとまとまり。 ・徹:終える。
※重按霓裳歌遍徹:さらにもう一度、霓裳羽衣曲の全楽章を演奏し終えて。
※臨風:吹いてくる風に。
※誰更:誰がまた。
※飄:…をひるがえす。空中に撒く。
※香屑:香料(の粉)。詩では普通、散った花びら、落花を謂う。 ・飄香屑:「香屑」を「香料の粉」と見た場合、誰かが香料の粉を撒いていることになり、「花びら」と見た場合、誰かが花びらを撒いていることになる。香りを生活に取り入れた現代と同ようなことをしていたのか。或いは、花びらを余興で撒いたのか。
※臨風誰更飄香屑:吹いてくる風に、誰がまた香料の粉を撒いているのだろう。
※醉拍:酔って…を(拍子をとるように)たたく。
※闌干:=欄干。てすり。
※情味:趣意。意味。思い。
※切:思う存分に。心ゆくまで。思いっきり。切なるものがある。
※醉拍闌干情味切:。
※歸時:歌舞の宴会が終わり、春殿から帰るとき。
※休:…するのを止めよ。
※放:(灯りを)つける。照ともする。
※燭花紅:ロウソクのともしびで明るくする。
※歸時休放燭花紅:帰るときは、ロウソクのともしびで明るく照らし出すことを止めよ。
※待踏:ゆっくり踏みしめて進もう。待放ともする。 ・待:(詞語)「將」に同じ。…せんとす。
※馬蹄:馬蹄で。馬に乗って。
※淸夜月:清らかな月。
※待踏馬蹄淸夜月:馬に乗って、ゆるゆるとした歩調で清らかな月(を眺めながら帰って)いこう。
◎ 構成について
双調。五十六字。仄韻字一韻到底。韻式は「aaa aaa」。韻脚は「雪列徹 屑切月」で、第十八部入声九屑六月。
○
●○○●,(韻)
●
○○●●。(韻)
○
●●○○,
●
○○●●。(韻)
○
●○○●,(韻)
●
○○●●。(韻)
○
●●○○,
●
○○●●。(韻)
2002.2.18 2.19 2.20 6. 7 |
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