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衰病四十身,
嬌癡三歳女。
非男猶勝無,
慰情時一撫。
一朝捨我去,
魂影無處所。
況念夭化時,
嘔唖初學語。
始知骨肉愛,
乃是憂悲聚。
唯思未有前,
以理遣傷苦。
忘懷日已久,
三度移寒暑。
今日一傷心,
因逢舊乳母。
金鑾子を 念ふ
衰病 四十の身,
嬌癡 三歳の女(むすめ)。
男に非ざれども 猶ほ 無きに 勝り,
情を 慰め 時に 一撫す。
一朝 我を 捨てて 去り,
魂影 處所 無し。
況んや 夭化の時を 念ふに,
嘔唖(おうあ) 初めて 語を 學びき。
始めて 骨肉の愛を 知る,
乃(すなは)ち是(こ)れ 憂悲 聚(あつ)まる。
唯だ 未だ有らざる前を 思ひ,
理を 以て 傷苦を 遣(や)る。
忘懷 日 已(すで)に久しく,
三度 寒暑を 移す。
今日 一に 傷心するは,
舊(むかし)の乳母に 逢ひしに 因る。
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◎ 私感註釈
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)〜846年(會昌六年)。字は楽天。号は香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。平易通俗の詩風といわれるが、詩歌史上、積極的な活動を展開する。晩年仏教に帰依する。
※念金鑾子:夭逝した我が子(女児)金鑾子を悼む。同様に金鑾子を詠ったものに『病中哭金鑾子』「豈料吾方病,翻悲汝不全。臥驚從枕上,扶哭就燈前。有女誠爲累,無兒豈免憐。病來纔十日,養得已三年。慈涙隨聲迸,悲傷遇物牽。故衣猶架上,殘藥尚頭邊。送出深村巷,看封小墓田。莫言三里地,此別是終天。」等数種がある。 ・念:深く心におもう。 ・金鑾子:〔きんらんし;Jin1luan2zi3〕三歳で病歿した白居易の娘の名。
※衰病四十身:四十代になって、病気のために衰えてきた。 ・衰病:病気のために衰えること。白居易自身のことになる。 ・四十身:四十歳頃の肉体の時。
※嬌癡三歳女:かわいらしい女児の三歳の娘。 ・嬌癡:〔けうち;jiao1chi1○○〕おぼこ。かわいらしい女児の様子。 ・三歳:白居易の娘が病歿した時の年齢。元和五年(810年)頃になるか。 ・女:むすめ。
※非男猶勝無:男でなくともいないよりはよい。 *白居易には『病中哭金鑾子』もあり、そこでも「豈料吾方病,翻悲汝不全。臥驚從枕上,扶哭就燈前。 有女誠為累,無兒豈免憐。」と、やはり女の子を育てることの大変さを詠っている。 ・非男:男児ではない(が)。 ・猶勝無:なおも無いよりも勝っている。
※慰情時一撫:心を慰めるのに時々可愛がって撫でたりしてやった。 ・慰情:心を慰める。 ・時:時には。 ・一撫:ちょっとかわいがる。
※一朝捨我去:ある日、わたし(=白居易)を(この世に)置き去りにした。 ・一朝:ある朝。ある日。白居易の『長恨歌』に「漢皇重色思傾國,御宇多年求不得。楊家有女初長成,養在深閨人未識。天生麗質難自棄,一朝選在君王側。」とある。 ・捨我去:わたし(白居易)をこの世に置き去りにした。
※魂影無處所:霊魂の形は存在しているところがない。 ・魂影:霊魂のすがた。 ・處所:〔しょしょ;chu4suo3〕場所。ところ。ここでは、ありかの意で使われている。
※況念夭化時:ましてや、夭逝した時のことを想い出せば。 ・況:いわんや。 ・念:深く心に思う。 ・夭化:〔えうけ;yao3hua4●●〕(「夭」は多音字で普通は○。「化」は日本語での多音字)若死にする。夭逝する。「夭」も「化」にも「死ぬ」の意がある。「化」には、宗教的な響きがあるか。遷化…。
※嘔唖初學語:あどけないことばがやっと言え始めていた。 ・嘔唖:〔おうあ;ou1ya3○○〕子どもの話す声。「唖」は幼児のかたこと。「嘔」「唖」ともに多音字なので、要注意。 ・初:はじめて。たった今。 ・學語ことばを学ぶ。。
※始知骨肉愛:やっと肉親の愛情というものが(どういうものか)分かった。(それは…)。 ・始:はじめて。やっと。 ・知:わかる。知る。 ・骨肉:肉親。親子、兄弟など血縁関係にある者。
※乃是憂悲聚:(肉親の愛情というものが)やっと、憂いと悲しみが集まってくるものだと(分かった)。 ・乃:やっと。すなわち。 ・是:接続詞、副詞語尾「−是」として用いられる。それ故、ここでは、単独の字義は言い表せない。これ。 ・憂悲:憂いと悲しみ。 ・聚:あつめる。あつまる。
※唯思未有前:ただ、(この子が)まだ生まれてくる前(の日々を)想い出して。 ・唯:ただ。 ・思:思う。 ・未有前:まだ生まれてくる前。金鑾子がまだ生まれていなかった時のこと。
※以理遣傷苦:理窟で以て、傷(いた)み苦しむことから、気を紛らわしている。 ・以:…で。 ・理:理性(で)。 ・遣:(うさを)晴らす。放逐する。遣わす。 ・傷苦:いたみ苦しむ。
※忘懷日已久:忘れてしまって、日もとっくに経ってしまい。 ・忘懷:わすれる。 ・已:とっくに。すでに。 ・久:長い。ひさしい。
※三度移寒暑:三回冬夏の季節も移った。三年経った。 ・三度:三回 ・移:うつす。移る。 ・寒暑:夏と冬。季節。転じて、年。東晋・陶淵明の『飮酒二十首』其一に「衰榮無定在,彼此更共之。邵生瓜田中,寧似東陵時。寒暑有代謝,人道毎如茲。達人解其會,逝將不復疑。忽與一觴酒,日夕歡相持。」とある。
※今日一傷心:今日、すこし心を傷めるたのは。 ・一:もっぱら。ひとえに。ずっと。いつに。また、少し。 ・傷心:心をいためる。
※因逢舊乳母:昔のうばに出逢ったからによる。 ・因:よる。起因する。 ・逢:であう。出くわす。偶然に逢うことに使う。 ・舊:むかしの。もとの。 ・乳母:うば。
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◎ 構成について
韻式は「aaaaaaaa」。韻脚は「女撫所語聚苦暑母」で、平水韻上声六語(語暑女所)他。次の平仄はこの作品のもの。
○●●●○,
○○○●●。(韻)
○○○●○,
●○○●●。(韻)
●○●●●,
○●○●●。(韻)
●●○●○,
○○○●●。(韻)
●○●●●,
●●○○●。(韻)
○○●●○,
●●●○●。(韻)
●○●●●,
○●○○●。(韻)
○●●○○,
○○●●●。(韻)
2004.9.19 9.20完 2011.2.17補 |
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