妻臥病牀兒叫飢, 挺身直欲拂戎夷。 今朝死別與生別, 唯有皇天后土知。 |
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訣別
妻は 病牀(びゃうしゃう)に 伏(ふ)し 兒(こ)は 飢(う)ゑに 叫(な)く。
身を挺して 直ちに 戎夷(じゅうい)を 拂(はら)はんと欲(ほっ)す,
今朝(こんてう) 死別と 生別と,
唯(ただ) 皇天(くゎうてん)后土(こうど)の 知る 有り。
◎ 私感註釈 *****************
梅田雲濱像 梅田雲濱碑前 梅田雲濱碑 佐久間艇長像 佐久間艇長 小浜城(雲濱城) おばまロール
※梅田雲濱:幕末の尊皇攘夷派の志士。若狭小浜藩の藩士。嘉永六年(1853年)米艦の来航後、露艦が来航しそれを討つために起ち上がったときの詩。文化十二年(1815年)~安政六年(1859年)。安政の大獄で死ぬ。通称は源次郎。雲濱は号。
※訣別:いとまごいをしてわかれること。雄々しい詩で作者の意気がよく伝わってくる悲壮で雄渾な神が体を越えた志士の詩である。転句、結句で節奏に苦しんだか。佐野竹之助『出鄕作』「決然去國向天涯,生別又兼死別時。弟妹不知阿兄志,慇懃牽袖問歸期。」に趣は似ている。
※妻臥病牀兒叫飢:妻は病気で床に伏したままで、子どもはひもじくて泣いている。 ・妻:ここでは、作者の妻ことになる。 ・臥:寝床に横になる。病臥する。 ・病牀:病人の寝床(ねどこ)。病蓐。病床。 ・兒:男の子。子。江戸時代・山本北山の『丙午丁未之災』に「穀帛荒年貴若璣,長兒叫凍小啼飢。豪華時廢一朝膳,多少窮民免散離。」とある。 ・叫:さけぶ。なく。大きな声をあげる。 ・飢:〔き;ji1○〕うえる。ひもじい。なお、「饑」ともするが、「饑」〔き;ji1○〕は、穀物が実らないこと。饑饉。
※挺身直欲拂戎夷:身を投げ出し、率先して異民族を撃ち払おうとする。 ・挺身:身を抜き出して進む。率先する。人に先んじて事にあたる。 ・直:すぐに。ただちに。 ・欲:…しようとする。…たい。 ・拂:撃ち攘(はら)う。ここの「拂」字の用法は、或いは日本語独特の用法・所謂和習なのかも知れないが、日本人から日本人へは、力強く伝わってくる。 ・戎夷:〔じゅういrong2yi2○○〕(西東の)異民族。夷狄。ここでは、露艦のことになろうか。
※今朝死別與生別:今日のこの別れは(生別となるのか死別となるのか)。 *この句の意味は分かり難い。 ・今朝:今日。けさ。 ・死別:死に別れる。後出の「生別」とともに具体的に何を指すのかは、いろいろと考えられる。 ・與:〔よ;yu3●〕…と…。また、「與」≒「歟」〔よ;yu2○〕とみて、疑問の助辞。…か?ここの語句の理解をするために転句は「○○●●○○●」とすべきところなので、「○○●●×○●」の「×」部分は「○」の意の「疑問の助辞。…か」と見る向きもあるがそれは不可。『楚辭』は別として、六朝詩、唐詩の節奏は「□□・□□ □□□」で、絶句はこの形式に従う。「歟」字の義としては節奏上、ここには現れ得ない。ここでは、「…と…」の意で使われているとしかとりようがない。漢字の字義を追ってのみの理解は不可。以上、この詩を作ったのが漢人(中国人)であればという前提で述べた。一本で「與」字部分を「兼」字とするのもあるが、「兼」字の方が詩作品としての完成度は高い。或いは後世の手が入っているのかも知れない。
※唯有皇天后土知:ただ、天地の神々のみ、(そのことが)分かっている。 ・唯有:ただ…だけがある。 *本来ここの節奏は「□□・□□ □□□」となるべきところを「□□・□□□□ □」としている。 ・皇天后土:〔くゎうてんこうど;huang2tian1hou4tu3○○●●〕天の神と地の神。天神地祇。 ・知:分かる。
◎ 構成について
韻式は「AAA」。韻脚は「飢夷知」で、平水韻上平四支。次の平仄はこの作品のもの。
○●●○○●○(韻)。
●○●●●○○(韻)。
○○●●●○●,
○●○○●●○(韻)。
平成19.2.17完 平成24.2.15補 |
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