無題 | ||
河上肇 |
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年少夙欽慕松陰, 後學馬克斯禮忍。 讀書萬卷竟何事, 老來徒爲獄裏人。 |
年少夙 に 松陰を欽慕 し,
後 に馬克斯 禮忍 を學ぶ。
讀書 萬卷竟 に何事ぞ,
老來徒 らに 獄裏の人と爲 る。
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◎ 私感註釈
※河上肇:明治〜昭和前期のマルクス主義経済学者。明治十二年(1879年)〜昭和二十一年(1946年)。山口県の人。東京帝国大学卒業後、大学教授となり、次第にマルクス主義に近づき、やがて、新労農党、共産党と活動して、治安維持法違反で検挙された。主義のため、信念を貫くために地位と名誉を捨てた。詩作は検挙後に始めたというが、その詩は、作者の専門外とはいうものの、見事なものである。詠物、叙景の詩が文人の作詩の主流となっている現代日本詩では異色で、興味をそそられる慨世の作品群を遺している。謂わば、屈原の慷慨と熱を帯び、陸游の風韻に学んで、陶潜に近づいた、昭和の放翁であろうか。
※無題:題を設けずに作った詩歌。作者によっては艶な内容のものを無題とする場合があるが、ここでは関係ない。 *押韻、平仄、節奏に、考慮されていない。(押韻:韻脚は「陰」、「忍」、「人」ともいえるが、「陰」は下平十二侵(-im)、「忍」は上声十一軫、「人」は上平十一真(-in)とそれぞれ全く異なった韻目。平仄は○●●○●○○,●●●●○●●。●○●●●○●,●○○○●●○と、顧慮されていない(本来は●●○○●●○,○○●●●○○。○○●●○○●,●○○●●○。或いは:○○●●●○○,●●○○●●○。●●○○○●●,○○●●●○○。とするところ)。節奏は□□・□□+□□□,□□・□□+□□□。□□・□□+□□□,□□・□□+□□□とすべきところを、□□・□□□+□□,□□・□□□+□□。□□・□□+□□□,□□・□□+□□□としている)。習作。
※年少夙欽慕松陰:若い時から、つとに吉田松陰を敬いしたってきて。 ・夙:〔しゅく;su4●〕早くから。つとに。また、早朝。ここは、前者の意。 ・欽慕:〔きんぼqin1mu4○●〕敬いしたう。 ・松陰:吉田松陰のこと。幕末の尊皇攘夷論者。天保元年(1830年)〜安政六年(1859年)。長州藩士。字は義卿。諱は矩方。通称は寅次郎など。叔父玉木文之進の後を継いで、松下村塾を主宰。門下生から幕末、維新の英傑の精神上の指導者、思想家。安政の大獄により刑死する。
マルクス(下の本の中より) 『共産党宣言』英文版 『共産党宣言』初版本(上の本より)
※後学馬克斯禮忍:のちに、マルクスやレーニン(の共産主義革命の思想)を学んだ。 ・馬克斯:〔Ma3ke4si1〕(カール)マルクス(Karl Marx)ドイツの哲学者、思想家。科学的社会主義の創始者。国際労働運動と革命運動の指導者。1818年〜1883年。現代では“馬克思”〔ma3ke4si1〕と表記する。 ・禮忍:〔この表記ではLi3ren3となる〕レーニン(Lenin)。ロシア(≒ソ連)の革命家。政治家。思想家。ボリシェビキを率いて十月革命を成功させ、史上初の社会主義政権を樹立。1870年〜1924年。現代では“列寧”〔Lie4ning2〕と表記する。なお、この句「後学馬克斯禮忍」の赤字部分をを「マルクス・レーニン主義」の意ととれば、所謂共産主義思想、所謂共産主義革命思想のこと。
※読書万巻竟何事:万巻の書を読んで勉学に励んできたことは、結局、何だったのだろうか。 ・読書万巻:万巻の書を読んで勉学に励むこと。 ・竟:結局。つまり。 ・何事:なにごと。
※老来徒為獄裏人:年をとってから、むなしく獄中の人となってしまった(が…)。 ・老来:年をとってから。 ・徒:無駄に。むなしい。いたずらに。 ・獄裏人:獄中の人の意。
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◎ 構成について
韻式は、「AaA」。韻脚は「陰忍人」と考えられ、「陰」は平水韻下平十二侵(-im)、「忍」は上声十一軫、「人」は上平十一真(-in)とそれぞれ全く異なった韻目。日本語韻とみるのが自然。この作品の平仄は、次の通り。
○●●○●○○,(韻)
●●●●○●●。(韻)
●○●●●○●,
●○○○●●○。(韻)
平成24.9. 9 9.10 9.11 |
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