途上所見 | ||
森鷗外 |
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黍圃連千里, 望林知有村。 人逃雞犬逸, 空屋逗斜曛。 |
黍圃 連なること千里,
林を望みて 村 有るを知る。
人 逃げ雞犬 逸 り,
空屋 斜曛を逗 む。
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◎ 私感註釈
※森鴎外:小説家、戯曲家、評論家、翻訳家。軍医。1862年(文久二年)〜1922年(大正十一年)。本名は林太郎。石見国(現・島根県)の生まれ。現・東大医学部卒業。軍医としてドイツ留学後、軍医総監、陸軍医務局長に進む一方、文学に励み、訳詩集『於母影』…を発表、『舞姫』『うたかたの記』『青年』『「ヰタ・セクスアリス』『雁』などを発表。大正時代に入って、『高瀬舟』『阿部一族』『山椒大夫』などの歴史小説を発表、更に『伊澤蘭軒』などの史伝体小説を書き、実証性と冴えた心理描写において、徹底した境地を示した。
大きな地図で見る現・遼寧省大連市荘河市花園口村(花园口村)
※途上所見:道すがらに見たこと。日清戦争の時、明治二十七年(1894年)、戦場となった遼東半島東岸の花園口(現・遼寧省大連市荘河市花園口村 地図:右)にて作ったもの。後世、河上肇にも『途上所見』「夕陽將欲沒,紅染紫霄時。弄色西山好,乾坤露玉肌。」がある。
※黍圃連千里:キビ畑が遥かに連なって。 ・黍圃:キビ畑。「黍」は、“黍子”の意では、モチキビ。“蜀黍”で、コーリャン(高粱)。“玉蜀黍”では、トウモロコシの意。どの意でも考えられる。「圃」〔ほ;pu3●〕は、はたけ。蛇足になるが、「はたけ」の意の漢字に「畑」や「畠」があるが、これらは国字(=日本漢字)。
※望林知有村:林の方を望めば、村落のあるのが分かる。 ・知有:…ことがわかる。後出・南宋・范成大の『四時田園雜興』に「胡蝶雙雙入菜花,日長無客到田家。鷄飛過籬犬吠竇,知有行商來賣茶。」とあり、唐・廬弼(廬汝弼)の『和李秀才邊庭四時怨(其四 冬)』に「朔風吹雪透刀瘢,飮馬長城窟更寒。半夜火來知有敵,一時齊保賀蘭山。」とある。
※人逃雞犬逸:(しかし、その村落からは)人は逃げ去って、ニワトリやイヌは走り去っており。 ・逃:にげる。にげだすさまは盛唐・杜甫の『石壕吏』「暮投石壕邨,有吏夜捉人。老翁逾墻走,老婦出門看。吏呼一何怒,婦啼一何苦。聽婦前致詞,三男鄴城戍。一男附書至,二男新戰死。存者且偸生,死者長已矣。室中更無人,惟有乳下孫。有孫母未去,出入無完裙。老嫗力雖衰,請從吏夜歸。急應河陽役,猶得備晨炊。夜久語聲絶,如聞泣幽咽。天明登前途,獨與老翁別。」がある。 ・雞犬:ニワトリとイヌ。人家のあるところで飼われている家畜・身近な小動物。長閑(のどか)な村落の生活を覗わせる表現。東晉・陶潛(陶淵明)の『桃花源記』に「晉太元中,武陵人捕魚爲業,縁溪行,忘路之遠近,忽逢桃花林。夾岸數百歩,中無雜樹。芳草鮮美,落英繽紛。漁人甚異之,復前行,欲窮其林。林盡水源,便得一山。山有小口。髣髴若有光。便舎船從口入。初極狹,纔通人。復行數十歩,豁然開焉B土地平曠,屋舍儼然,有良田美池桑竹之屬。阡陌交通,鷄犬相聞。其中往來種作,男女衣著,悉如外人。黄髮垂髫,並怡然自樂。見漁人,乃大驚,問所從來。具答之,便要還家。設酒殺鷄作食。村中聞有此人,咸來問訊。自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絶境,不復出焉。遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏晉。此人一一爲具言所聞,皆歎惋。餘人各復延至其家,皆出酒食。停數日,辭去。此中人語云:不足爲外人道也。既出,得其船,便扶向路,處處誌之。及郡下,詣太守,説如此。太守即遣人隨其往,尋向所誌, 遂迷不復得路。南陽劉子驥,高尚士也。聞之欣然規往。未果,尋病終。後遂無問津者。」とあり、南宋・范成大の『四時田園雜興』に「胡蝶雙雙入菜花,日長無客到田家。鷄飛過籬犬吠竇,知有行商來賣茶。」とある。素速く逃げ去るさまは、盛唐・杜甫の『兵車行』に「車轔轔,馬蕭蕭,行人弓箭各在腰。耶孃妻子走相送,塵埃不見咸陽橋。牽衣頓足闌道哭,哭聲直上干雲霄。道旁過者問行人,行人但云點行頻。或從十五北防河,便至四十西營田。去時里正與裹頭,歸來頭白還戍邊。邊庭流血成海水,武皇開邊意未已。君不聞漢家山東二百州,千邨萬落生荊杞。縱有健婦把鋤犁,禾生隴畝無東西。況復秦兵耐苦戰,被驅不異犬與鷄。長者雖有問,役夫敢申恨。且如今年冬,未休關西卒。縣官急索租,租税從何出。信知生男惡,反是生女好。生女猶得嫁比鄰,生男埋沒隨百草。君不見青海頭,古來白骨無人收。新鬼煩冤舊鬼哭,天陰雨濕聲啾啾。」とある。 ・逸:走る。逃げる。失う。いなくなる。
※空屋逗斜曛:(ただ)あきやに夕日の光(のみ)が、留(とど)まっている。 ・空屋:あきや。 ・逗:〔とう;dou4●〕留(とど)まる。たちどまる。一ヶ所に長く宿る。 ・斜曛:夕日の光。=斜暉。夕暉。晩暉。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「村曛」で、平水韻上平十三元(村)、十二文(曛)で通韻。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●,
◎○○●○。(韻)
○○○●●,
◎●●○○。(韻)
平成25.1.13 1.14 1.15 |
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