蚊 | ||
虎關師錬 |
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齊嘴頭, 尖頴錐。 殷殷雷聲繞閤閨。 自一羅穀隔透過, 鐵牛背上爛如泥。 |
嘴頭 を齊 しくす,尖頴 の錐 。
殷殷 たる雷聲 は閤閨 を繞 る。
一 たび羅穀 の隔 てを透過 して自 りは,
鐵牛 の背上 も爛 るること泥 の如し。
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◎ 私感註釈
※虎関師錬:鎌倉末期の禅僧。虎関は号。京都の人。少年時代、三聖寺の東山湛照、南禅寺の規庵祖円に師事する一方、菅原在輔に儒学を、仁和寺・醍醐寺で密教を学んだ。後、『元亨釈書』を完成。以後、三聖寺・東福寺・南禅寺などに歴任、後村上天皇より国師号を授かった。
※蚊:蚊(か)。 *この作品、今まで填詞とはされていなかったようだが、(『蚊』とのみされていた。)これは填詞の『搗練子』のようだ。この詩体について:「□□□□□,□□□□□□。□□□□□□□,□□□□□□。」の形式に似たものは填詞(≒宋詞)にある。填詞は宋代に発達した長短句が織り交ぜられた詩形。単調、二十七字で、三平韻で、「□□□,□□。□□□□□□。□□□□□□□,□□□□□□。」といった節奏は、『搗練子』(『搗練子』の作品例:)や『桂殿秋』『解紅』『赤棗子』(これらは詞牌)等がある。『搗練子』は詞調は「○●●,●○○(平韻の押韻)。●○○●○(平韻の押韻)。●○○●●,○●●○○(平韻の押韻)」。蛇足になるが、もしも最初の六字句の部分が三字句の畳韻(=繰り返し)だと『瀟湘~』となる。なお、この作品が填詞『搗練子』ならば詩題の標記は、『搗練子 蚊』とするのが普通。似たものに漢・樂府の『蒿里曲』に「蒿里誰家地,聚斂魂魄無賢愚。鬼伯一何相催促,人命不得少踟蹰。」(二十六字)とあるが、この詩、或いは、七言絶句で、第一句(=起句)が缺けただけかも知れない。その場合は平仄や節奏や意味から考えて、「□齊嘴頭尖頴錐。殷殷雷聲繞閤閨。自一羅穀隔透過,鐵牛背上爛如泥。」となるか。平仄は「◎●○●●○。●●○○●●○。●●○●●●◎,●○●●●○○。」なので、どうとらえるか。
※斉嘴頭,尖頴錐:口先を揃え、尖った先は、錐(きり)で。 *この部分の節奏は「斉・嘴頭,尖頴・錐」と見られている。しかし、この詩を填詞として見た場合、「斉・嘴頭,尖・頴錐」としたほうが形が整い、意味も通りやすい…。今までは「斉嘴頭尖頴錐」を一句としていたので「嘴頭の尖頴は錐に齊し」と読み下していた。その場合、節奏は「斉・嘴頭・尖頴・錐」となるが、このような節奏の詩歌は(『楚辭』を除いては)無い。ここは「嘴頭を斉くし、頴錐を尖らす」とすればどうか。 ・斉:〔qi2(ji4)〕頭をそろえる。同じ高さになる。そろっている。 ・嘴頭:くちばし。嘴の先。くちばしのようにとがった先。「-頭」は名詞の接尾字。また、端の意。 ・尖頴:とがった穂先。 ・頴:穂先。 ・錐:きり。
※殷殷雷声繞閤閨:ブンブンとの雷鳴は、寝部屋を繞(めぐ)っている。 ・殷殷:〔いんいん;yin3yin3●●〕雷や車の音の轟くさま。ここでは、蚊の飛ぶ音のことになる。 ・繞:〔ぜう;rao4●〕めぐる。めぐらす。また、まとう。 ・閤閨:〔かふけい;ge2gui1●○〕ねや。寝部屋。=「閨閤」。蛇足になるが、「閨閤」は:女性の居室。ねや。「閤閨」か「閨閤」かについては、この句の第七字目は韻脚(平水韻上平四支(錐)・上平八齊(泥))となるので、「閤閨」とした。
※自一羅穀隔透過:(蚊の針が)うすものの織り物の着物を通過すれば。 ・羅穀:〔らこく;luo2gu3○●〕うすものの綾織り。=絽。 ・隔:へだて。ここでは、薄い布地の着物を指す。 ・透過:通過の意。ここの句は「●●○○○●●」とすべきところで、「通過」とすれば「○◎」となり、不都合。「透過」では「●◎」で可。それ故、ここは「透過」と表現した。
※鉄牛背上爛如泥:鉄製の牛(のように)頑固な頑張り屋の背中(でさえ)も、膿(う)み潰(つぶ)れて泥濘(ぬかるみ)のようになっている。 ・鉄牛:鉄製の牛。水中に沈めると水難を鎮めるといわれた。堅固不屈な人や物の喩え。また、頑張り屋の意。 ・爛:〔らん;lan4●〕うみつぶれる。きずつきやぶれる。ただれさせる。また、ぼろぼろである。ただれる。 ・如泥:ぬかるみのようだ。泥のようだ。泥のように(酔う)。
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◎ 構成について
韻式は、「AAA」。韻脚は、「錐閨泥」。平水韻上平四支(錐)・上平八齊(閨泥)。詞韻でいえば、詞韻第三部平声。この作品の平仄は、次の通り。
◎●○, ●●○。
●●○○●●○。
●●○●●●◎,
●○●●●○○。
平成27.1.21 1.22完 2.14補 |
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