月夜聞荒城曲 | ||
水野豐州 | ||
榮枯盛衰一場夢, 相思恩讐悉塵煙。 星移物換刹那事, 歳月怱怱逝不還。 史編讀續興亡跡, 弔涙幾回灑几前。 今夜荒城月夜曲, 哀愁切切憶當年。 |
榮枯 盛衰 は一 場 の夢,
相思 恩讐 悉 く塵煙 となる。
星移 り 物換 はるは刹那 の事,
歳月怱怱 逝 きて還 らず。
史編 讀み續 く興亡 の跡 ,
弔涙 幾回か几前 に灑 ぐ。
今夜荒城 月夜 の曲,
哀愁 切切 當年 を憶 ふ。
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◎ 私感註釈
※水野豊州:大正・昭和の漢詩家。明治二十二年(1889年)〜昭和三十三年(1958年)。裁判所に奉職した。
※月夜聞荒城曲:月夜に『荒城の月』が聞こえる。(…を聞く)。 *土井晩翠の『荒城の月』の歌詞は「春高樓の花の宴 巡る盃影さして 千代の松が枝分け出でし 昔の光いまいづこ 秋陣營の霜の色 鳴きゆく雁の數見せて 植うる剣に照りそひし 昔の光今いづこ 今荒城の夜半の月 變らぬ光誰がためぞ 垣に殘るはただ葛 松に歌ふはただ嵐 天上影は變らねど 榮枯は移る世の姿 寫さんとてか今もなほ 嗚呼荒城の夜半の月」。 ・聞:(受動的に)聞こえる。耳に入る。なお、(意識的に/注意して/きこうとして)きく意では、多く「聽」を用いる。
※栄枯盛衰一場夢:(人や家の)盛えることや衰えることは、一回の夢(のようであり)。 ・栄枯盛衰:(人や家の)盛えると衰えると。 ・一場夢:一回の夢。 「場」は:〔ぢゃう;chang2○〕回、場、の意。量詞(≒助数詞)で、回数を数える。「(一)場+夢」など、量詞の後には、通常、名詞が附き、「(一場)+夢」の「夢」では、名詞。
※相思恩讐悉塵煙:(人の世の)慕いあうことや、なさけとあだは:ことごとく塵(ちり)と煙(のように立ちのぼり(消えていった)。 ・相思:(男女が)慕いあう。思いあう。 ・恩讐:〔おんしう;en1qiu2○○〕なさけとあだ。 ・悉:ことごとく。 ・塵煙:ちりと煙。ちりとほこり。煙のように立ちのぼるちり。
※星移物換刹那事:月日が移り変わり(世の中の様相が変化する)のは、極めて短い時間の事であり。 ・星移物換:事物が変化し星が移る。月日が移り変わる。世の中の様相が変化する。=物換星移(現在では成語)。なお、「物換星移」と「星移物換」との使い分けは、「物換星移」は「●●○○」とすべきところで使い、「星移物換」は「○○●●」とすべきところで使う。ここは「○○●●」とすべきところで、「星移物換」が適切。初唐・王勃の『秋日登洪府滕王閣餞別序』に「滕王高閣臨江渚,珮玉鳴鸞罷歌舞。畫棟朝飛南浦雲,珠簾暮捲西山雨。濶_潭影日悠悠,物換星移幾度秋。閣中帝子今何在,檻外長江空自流。」とある。 ・刹那:〔せつな;cha4na4●●〕きわめて短い時間。瞬間。本来は、仏教用語でサンスクリット語「クシャナ」の音訳。時間の最小単位。
※歳月怱怱逝不還:年月は、慌(あわ)ただしく去って返らない。 ・怱怱:〔そうそう;zong1zong1○○〕いそがしいさま。慌(あわ)ただしいさま。≒匆匆:〔そうそう;cong1cong1○○〕いそがしい。慌(あわ)ただしい。李Uの『相見歡』に「林花謝了春紅,太匆匆。無奈朝來寒雨晩來風。 臙脂涙,留人醉,幾時重。自是人生長恨水長東。」とあり、南宋・陸游の『春游』に「沈家園裏花如錦,半是當年識放翁。也信美人終作土,不堪幽夢太怱怱。」とある。 ・逝不還:去って返らない意。戦国・荊軻の『易水歌』に「風蕭蕭兮易水寒,壯士一去兮不復還。」とある。
※史編読続興亡跡:史書で、興亡の跡を読み続けていけば。 ・史編:史冊、史書の意で使う。→史篇。なお、「編」〔へん;bian1○〕は「あむ」(動詞)で、「篇」〔へん;pian1○〕は「書物」(名詞)。 ・読続:読みつづける意として使う。 ・興亡:興(おこ)ることと亡(ほろ)ぶこと。興起と滅亡。南宋・辛棄疾の『南ク子』登京口北固亭有懷に「何處望~州?滿眼風光北固樓。千古興亡多少事?悠悠。不盡長江滾滾流。 年少萬兜鍪。坐斷東南戰未休。天下英雄誰敵手?曹劉。生子當如孫仲謀。」とある。
※弔涙幾回灑几前:弔(とむら)いの涙が、机の前に注(そそ)がれる。 ・弔涙:弔(とむら)いの涙の意。 ・灑:まく。注(そそ)ぐ。 ・几:つくえ。=机。
※今夜荒城月夜曲:今夜、『荒城の月』を聞けば。/…が聞こえて来るが。 *「聞」については前出・参照。 ・荒城月夜曲:『荒城の月』。
※哀愁切切憶当年:悲しみうれえる音色がひしひしと迫って、当時を思い出す。 ・哀愁:悲しみうれえる。 ・切切:〔せつせつ;qie4qie4●●〕音声のひしひしと悲しいさま。音声のひしひしと迫るさま。また、胸に迫るように悲しいさま。思い迫るさま。また、ねんごろなさま。叮嚀なさま。盛唐・皇甫冉の『送魏十六還蘇州』に「秋夜沈沈此送君,陰蟲切切不堪聞。歸舟明日毘陵道,囘首姑蘇是白雲。」とあり、中唐・白居易の『琵琶行』に「轉軸撥絃三兩聲,未成曲調先有情。絃絃掩抑聲聲思,似訴平生不得志。低眉信手續續彈,説盡心中無限事。輕慢撚抹復挑,初爲霓裳後麹。大絃如急雨,小絃切切如私語,切切錯雜彈,大珠小珠落玉盤。間關鶯語花底滑,幽咽泉流氷下難。氷泉冷澀絃凝絶,凝絶不通聲暫歇。別有幽愁暗恨生,此時無聲勝有聲。銀瓶乍破水漿迸,鐵騎突出刀槍鳴。曲終收撥當心畫,四絃一聲如裂帛。東船西舫悄無言,唯見江心秋月白。」とある。 ・憶:思い出す。 ・当年:〔たうねん;dang1nian2○○〕当時。あのころ。昔。往時。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAA」。韻脚は「煙還前年」で、平水韻下平一先(煙前年)・上平十五刪(還)。この作品の平仄は、次の通り。この詩は、律詩を構成していない。七言古詩。
○●●○●○●,
○○○○●○○。(韻)
○○●●●●●,
●●○○●●○。(韻)
●○●●○○●,
●●●○●●○。(韻)
○●○○●●●,
○○●●●○○。(韻)
平成28.6.24 6.25 6.26 6.27 6.28 6.29 |
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