潛行過天王山下 | ||
木戸孝允 |
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勤王唱義已多歳, 欲向何人説杞憂。 此夜孤篷無限恨, 滿川風雨不勝秋。 |
勤王 義を唱 ふ已 に多歳,
何人 に向かってか杞憂 を説 かんと欲 する。
此 の夜 孤篷 無限の恨 ,
滿川 の風雨 秋に勝 へず。
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◎ 私感註釈
※木戸孝允:政治家。桂小五郎。号して松菊。長州藩出身。吉田松陰に師事。慶応二年(1866年)一月二十二日、薩長連合を結び、倒幕・王制復古運動を指導した。維新後、新政府の中心となり、版籍奉還、廃藩置県を断行し、政体書による官吏公選など開明的諸施策を建言し続け、参議内閣制の確立に努めた。天保四年(1833年)〜明治十年(1877年)。
※潜行過天王山下:(幕府の目をのがれて)秘かに(勝敗を決すると謂われる)天王山の下を過ぎて行った。 *この詩は作者・木戸孝允が薩長連合を結ぶため、慶応二年(1866年)に(大阪方面から?)淀川を溯って、京都方面に向かった時のもの。 ・潜行:人知れず秘かに行くこと。水中を潜(もぐ)っていくこと。ここは、前者の意。蛤御門の変、第一次長州征討と長州藩の勢力が退潮していく中での作者の行動を謂う。 ・天王山:山城国(現・京都府)と摂津国(現・大阪府の北部)の旧国境が過ぎる水陸交通の要地の山。海抜270メートルで、京都府乙訓郡大山崎町にある。羽柴秀吉(豊臣秀吉)と明智光秀の山崎の戦いの際、要地となっていた天王山を先に占領した羽柴秀吉が勝利を収めた。その故事から、勝敗を分ける分岐点を「天王山」と呼び、そのような勝負を「天王山の戦い」「天下分け目の天王山」と言うようになった。
※勤王唱義已多歳:天子のために忠義を尽くすことの意義を説いてきて、すでに多年に亘る。 ・勤王:天子のために忠義を尽くすこと。幕府を倒して、天皇親政を実現しようとした思潮。 ・已:とっくに。すでに。 ・多歳:多年。ここを「多年」としないで「多歳としたのは、「多年」は○○となり、「多歳」は○●で、後者がここでの平仄配列に適合するため。
※欲向何人説杞憂:誰に向かって無用の憂いを説いていこうか。 ・何人:だれ。*読みについて『ふりがな文庫』参照。 ・杞憂:無用の心配。取り越し苦労。昔、の杞の人が天が崩れたらどうしようかと無用の心配をした故事。『列子・天瑞・第一』に「杞國有人憂天地崩墜,身亡所寄,廢寢食者,又有憂彼之所憂者,因往曉之曰:『天積氣爾,亡處亡氣,若屈伸呼吸,終日在天中行止,奈何憂崩墜乎?』…」とある。
※此夜孤篷無限恨:この夜、(わたしの乗る)一艘だけの小舟は、(薩摩に対する)限りの無い恨み(で満ちている)。 ・孤篷:一艘の小舟。 ・篷:〔ほう;peng2○〕(舟の)とま。竹で編み、中に竹の皮をはさんで作った雨よけや日よけのためのかまぼこ形に舟を覆うもの。
※満川風雨不勝秋:川一面の風と雨(=険悪な情勢)は、秋をしのげない。 ・満川:川一面。川じゅう。 ・風雨:風と雨と。風や雨。あらし。 ・不勝:〔ふしょう;bu4(*)sheng1●○〕…に堪えない。 ・勝:〔しょう;sheng4●仄韻字〕まさる。勝つ。おさえる。なお、平韻字は:〔しょう;sheng1*○平韻字〕たえる。こらえる。しのぐ。(*ただし、現代語では、どちらも後者の発音。)ここの用法では後者の仄韻字での意味。平韻字としての用例には、盛唐・李白の『蘇臺覽古』「舊苑荒臺楊柳新,菱歌C唱不勝春(○○○●●○○)。只今惟有西江月,曾照呉王宮裡人。」や、盛唐・杜甫の『春望』「國破山河在,城春草木深。感時花濺涙,恨別鳥驚心。烽火連三月,家書抵萬金。白頭掻更短,渾欲不勝簪。(○●●○○)」、中唐・白居易『楊柳枝』其三に「依依嫋嫋復青青,勾引清風無限情。白雪花繁空撲地,阪N條弱不勝鶯。(●○○●●○○)」 や、中唐・劉禹錫の『與歌者何戡』「二十餘年別帝京,重聞天樂不勝情(○○○●●○○)。舊人唯有何戡在,更與殷勤唱渭城。」や、晩唐・劉綺莊の『揚州送人』に「桂楫木蘭舟,楓江竹箭流。故人從此去,望遠不勝愁(◎●●○○)。落日低帆影,歸風引櫂謳。思君折楊柳,涙盡武昌樓。」や、北宋・蘇軾の『水調歌頭』「明月幾時有?把酒問天。不知天上宮闕,今夕是何年。我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒(○●●○○)。起舞弄C影,何似在人間!」などがある。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「憂秋」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
○○●●●○●,
●●○○●●○。(韻)
●●○○○●●,
●○○●●○○。(韻)
平成30.12.31 平成31. 1. 1 1. 3 1. 4 |
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