西紅海舟中 | ||
中井櫻洲 |
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煙鎖亞羅比亞海, 雲迷亞弗利加洲。 客身遙在青天外, 九萬鵬程一葉舟。 |
煙は鎖 す亞羅比亞 の海,
雲は迷ふ亞弗利加 洲。
客身 遙かに 青天の外 に在り,
九萬の鵬程 一葉 の舟。
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◎ 私感註釈
※中井桜洲:中井弘のこと。桜洲は号。薩摩藩士、外交官、政治家。天保九年(1839年)〜明治二十七年(1894年)。薩摩藩を脱藩し、維新前に英国に留学。貴族院議員、京都府知事等を歴任する。著書に『合衆国憲法略記』『西洋紀行航海新説』『魯西亜土耳其漫遊記程』などがある。
※西紅海舟中:西の紅海での船の中で(の詩)。 ・紅海:アフリカ大陸とアラビア半島との間の細長い海。北はスエズ運河で地中海とつながる。海藻の繁殖によって海水の色が赤変することがあるのでこの名があると。「Red Sea」。*この詩は、維新前に英国に留学したときのものではなく、第二次の渡欧の時(=明治七年)のもの。(『中井桜洲』国立国会図書館)。スエズ運河は1869年(明治二年)に開通したので、この詩の舞台である紅海経由で欧洲・英国に行く場合は、スエズ運河を通ったことであろうから、作詩年代も明瞭である。
※煙鎖亞羅比亞海:靄(もや)がアラビア海(orアラビアの方面の海)にたちこめている。 ・煙鎖:靄や霞が…にたちこめている、意。〜南宋・李清照の『鳳凰臺上憶吹簫』に「香冷金猊,被翻紅浪,起來慵自梳頭。任寶奩塵滿,日上簾鈎。生怕離懷別苦,多少事、欲説還休。新來痩,非干病酒,不是悲秋。 休休!這回去也,千萬遍陽關,也則難留。念武陵人遠,煙鎖秦樓。惟有樓前流水,應念我、終日凝眸。凝眸處,從今又添,一段新愁。」とある。 ・亞羅比亞:アラビア。Arabia。明治十七年出版の『羅布存コ 英華字典』(『LOBSCHEID ENGLISH AND CHINESE DICTIONARY』)では「亞喇伯」と表記されている。なお、現代(中国)語では「阿拉伯」と表記する。「亞羅比亞海」は「アラビア海」を指すのか。「アラビア方面の海」を謂うのか。前者の場合は地図上の名称だが、後者は「船の進行方向の右手のアラビア方面の海」となり、左手はアフリカの岸のことになろう。後者と見れば、この詩は「紅海の中の船からの眺望」となってリアルなものとなる。
※雲迷亞弗利加洲:雲はアフリカの大陸に渦巻いている。 ・亞弗利加洲:アフリカ洲。Africa。明治十七年出版の『羅布存コ 英華字典』(『LOBSCHEID ENGLISH AND CHINESE DICTIONARY』)では、「亞非利加」と表記する。なお、現代中国の表記では「阿非利加洲」(非洲)とする。
※客身遙在青天外:旅人の身(=作者)は、青空の遥(はる)か彼方の(長い行程を行く一艘の小舟)にある。 ・客身:旅人の身。 ・青天外:青空の彼方/向こう側、の意。
※九万鵬程一葉舟:(旅人の身(=作者)は、青空の遥(はる)か彼方の)長い行程を行く一艘の小舟(にある)。 ・九万:長大な数値を表す。『莊子・逍遙遊』に「有鳥焉,其名爲鵬,背若太山,翼若垂天之雲,摶扶搖羊角而上者九萬里,絶雲氣,負青天,然後圖南,且適南冥也。」とあり、中唐・白居易の『勸酒』に「昨與美人對尊酒,朱顏如花腰似柳。今與美人傾一杯,秋風颯颯頭上來。年光似水向東去,兩鬢不禁白日催。東鄰起樓高百尺,璇題照日光相射。珠翠無非二八人,盤筵何啻三千客。鄰家儒者方下帷,夜誦古書朝忍餓。身年三十未入仕,仰望東鄰安可期。一朝逸翮乘風勢,金榜高張登上第。春闈未了冬登科,九萬摶風誰與繼。不逾十稔居台衡,門前車馬紛縱。人人仰望在何處,造化筆頭雲雨生。東鄰高樓色未改,主人云亡息猶在。金玉車馬一不存,朱門更有何人待。牆垣反鎖長安春,樓臺漸漸屬西鄰。松篁薄暮亦棲鳥,桃李無情還笑人。憶昔東鄰宅初構,雲甍彩棟皆非舊。玳瑁筵前翡翠栖,芙蓉池上鴛鴦鬥。日往月來凡幾秋,一衰一盛何悠悠。但ヘ帝里笙歌在,池上年年醉五侯。」とある。 ・鵬程:おおとりの飛んで行く道のり。遠大な道程。 ・一葉:舟などの小さいものに喩える。 ・一葉舟:一艘の小舟。南唐後主・李Uの『漁父』に「一櫂春風一葉舟,一綸繭縷一輕鉤。花滿渚,酒滿甌,萬頃波中得自由。」とあり、北宋・蘇軾『前赤壁賦』壬戌之秋,七月既望,蘇子與客泛舟遊於赤壁之下。清風徐來,水波不興。擧酒屬客,誦『明月』之詩,歌『窈窕』之章。少焉,月出於東山之上,徘徊於斗牛之間。白露江,水光接天。縱一葦之所如,凌萬頃之茫然。浩浩乎如馮虚御風,而不知其所止;飄飄乎如遺世獨立,忠サ而登仙。於是飮酒樂甚,扣舷而歌之。歌曰:「桂櫂兮蘭槳,撃空明兮泝流光。渺渺兮予懷,望美人兮天一方。」客有吹洞簫者,倚歌而和之。其聲鳴鳴然,如怨如慕,如泣如訴;餘音嫋嫋,不絶如縷,舞幽壑之潛蛟,泣孤舟之嫠婦。蘇子愀然,正襟危坐而問客曰:「何爲其然也?」 客曰:「『月明星稀,烏鵲南飛,』此非曹孟コ之詩乎?西望夏口,東望武昌,山川相繆,鬱乎蒼蒼,此非孟コ之困於周カ者乎?方其破荊州,下江陵,順流而東也,舳艫千里,旌旗蔽空,釃酒臨江,槊賦詩,固一世之雄也,而今安在哉?況吾與子漁樵於江渚之上,
侶魚蝦而友麋鹿,駕一葉之輕舟,擧匏樽以相属;寄蜉蝣於天地,渺滄海之一粟。哀吾生之須臾,羨長江之無窮。挾飛仙以遨遊,抱明月而長終。知不可乎驟得,託遺響於悲風。」 蘇子曰:「客亦知夫水與月乎?逝者如斯,而未嘗往也;盈虚者如彼,而卒莫消長也。蓋將自其變者而觀之,則天地曾不能以一瞬;自其不變者而觀之,則物與我皆無盡也。而又何羨乎!且夫天地之間,物各有主,苟非吾之所有,雖一毫而莫取。惟江上之C風與山間之明月,耳得之而爲聲,目遇之而成色。取之無禁,用之不竭,是造物者之無盡藏也,而吾與子之所共適。」 客喜而笑,洗盞更酌。肴核既盡,杯盤狼藉。相與枕藉乎舟中,不知東方之既白。」とある。
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◎ 構成について
韻式は、「AA」。韻脚は「洲舟」で、平水韻下平十一尤。この作品の平仄は、次の通り。
○●●○●●●,
○○●●●○○。(韻)
●○○●○○●,
●●○○●●○。(韻)
平成31.1.15 1.16 1.17 1.18 1.19 |
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