花下酌酒歌 | |
明・唐寅 |
九十春光一擲梭,
花前酌酒唱高歌。
枝上花開能幾日,
世上人生能幾何。
好花難種不長開,
少年易過不重來。
人生不向花前醉,
花笑人生也是呆。
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花の下に酒を酌 む歌
九十の春光は 一擲 の梭 ,
花前に 酒を酌 みて 高らかに歌を唱はん。
枝上に 花は開 きて能 く幾日ぞ,
世上に 人は生きて能 く幾何 ぞ。
好花 種 え難 くして 長くは開かず,
少年過 ぎ易 くして重 ねては來 らず。
人生 花前に醉 はざりければ,
花 笑み 人 生きるも也 た是れ呆 ならん。
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◎ 私感註釈
※唐寅:明代の詩人。成化六年(1470年)〜嘉靖二年(1523年)。字は伯虎。号して六如居士、桃花庵主。また自ら「江左第一風流才子」と名のったこともあった。呉県(現・江蘇省蘇州)の人。弘治戊午年(1498年)の挙人。政争に連坐した後、酒や花に逃れて、世俗を蔑視した。詩は、口語を排除せず、俗になることを恐れなかった。明・徐禎卿と並んで「江南四才子」と呼ばれた。
※花下酌酒歌:花の咲いている下で酒盛りをする歌。 *『楚辭・漁父』の屈原と漁父の言葉を暗示させ、世の中と人生との関わりについて考えさせる詩。 ・花下:花の咲いている下で。 ・酌酒:〔しゃくしゅ;zhuo1jiu3●●〕酒を酌む。酒盛りをする。酒を飲む。
※九十春光一擲梭:(春の三ヶ月(=陰暦一月・二月・三月)の)九十日間の春景色(の変化)は、梭(ひ)が勢いよく行き交うように速(すみ)やかであり。 ・九十:九十日の意で、「九十春光」は春の三ヶ月(=「三春」)のことで、孟春(一月)・仲春(二月)・季春(三月)の九十日間の意。季節の春の意であるが、また人生の春の意も含んで詠う。 ・春光:春の景色。 ・擲:投げる。なげうつ。なげとばす。ここでは機(はた)織りの道具の梭(ひ)を経糸(たていと)の間に投げ入れる。 ・擲梭:梭(ひ)が勢いよく行き交うことで、速(すみ)やかなことの喩え。 ・梭:〔さ;suo1○〕(機(はた)織りの道具の)梭(ひ)。横糸を通す管が附いているもの。
※花前酌酒唱高歌:花の咲いているところで酒を酌んで、高らかに歌を唱おう。 ・花前:花の咲いているところで。前出・「花下」としないのは、この句は「○○●●●○○」とすべきところで、「花前」は○○であり適合するが、「花下」は○●であって不適合。
※枝上花開能幾日:枝に花が咲くのも、何日間ぐらいもつことができようか。 ・枝上:枝に、の意。 ・花開:花が咲く意。 ・能幾日:どれほどの日数になるだろうか。
※世上人生能幾何:世の中に、人はよくどれほど長く生きられるだろうか。 ・世上:世の中。世間。『楚辭・漁父』での「擧世」(後出・青字部分)に該る。 ・人生:人が生(う)まれて。人が生(い)きて。人生(じんせい)。 ・能幾何:どれほどになることができるだろうか。晩唐〜・韋莊の『菩薩蠻』其四に「勸君今夜須沈醉,樽前莫話明朝事。珍重主人心,酒深情亦深。 須愁春漏短,莫訴金杯滿。遇酒且呵呵,人生能幾何?」とある。
※好花難種不長開:よい花は植え付けにくくて、そう長くは咲いていない。 *後世、中華民國・晏如は『何日君再來』で「好花不常開,好景不常在。愁堆解笑眉,涙洒相思帶。今宵離別後,何日君再來。喝完了這杯,請進點小菜。人生難得幾回醉,不歡更何待。今宵離別後,何日君再來。」と使う。 ・難:むずかしい。形容詞。 ・種:うえる。動詞。 ・不長開:長くは咲かない。咲く期間が短い。「長」〔chang2〕=「常」〔chang2〕。
※少年易過不重来:青年期は、あっという間に過ぎてしまい、二度とはかえってこない。 ・少年:若者。成年期。李白『少年行』「五陵年少金市東,銀鞍白馬度春風。落花踏盡遊何處,笑入胡姫酒肆中。」 唐・崔國輔『長樂少年行』「遺卻珊瑚鞭,白馬驕不行。章臺折楊柳,春日路傍情。」や、唐・王昌齢『少年行』「走馬遠相尋,西樓下夕陰。結交期一劍,留意贈千金。高閣歌聲遠,重門柳色深。夜闌須盡飲,莫負百年心。」や唐・崔國輔の『長樂少年行』「遺卻珊瑚鞭,白馬驕不行。章臺折楊柳,春日路傍情。」、王維も『少年行』で「新豐美酒斗十千,咸陽遊侠多少年。相逢意氣爲君飮,繋馬高樓垂柳邊。」、沈彬の『結客少年場行』「重義輕生一劍知,白虹貫日報讎歸。片心惆悵清平世,酒市無人問布衣。」や、宋・賀鑄『六州歌頭』「少年侠氣,交結五キ雄。肝膽洞,毛髮聳。立談中,生死同,一諾千金重。推翹勇,矜豪縱,輕蓋擁,聯飛, 斗城東。轟飮酒,春色浮寒甕。吸海垂虹。闌ト鷹嗾犬,白駐E雕弓,狡穴俄空。樂怱怱。」等、若者の姿。 ・過:過ごす。過ぎた。後世、日本・伊達政宗は『醉餘口號』で、「馬上少年過,世平白髮多。殘躯天所赦,不樂是如何。」と使う。 ・不重来:二度とはかえってこない。一度だけしかないこと。重ねては来たらず。
※人生不向花前酔:人が(この世に)生まれて生きてきて、花の咲くところで酔わなかったとしたら。 *「人生不向花前酔,花笑人生也是呆」(人が生きてきて、花の咲くところで酔わなかったとしたら、花のある人生であっても、馬鹿馬鹿しいかぎりだ)。 ・不向-:…では…しない。=不於-。 ・酔:酔う。酒に酔う。深い意味を持って使う。表面の意は「酒に酔う」だが、『楚辭・漁父』「屈原既放,游於江潭,行吟澤畔,顏色憔悴,形容枯槁。漁父見而問之曰: 「子非三閭大夫與?何故至於斯?」屈原曰:「舉世皆濁我獨C,衆人皆醉我獨醒,是以見放。」 漁父曰: 「聖人不凝滯於物,而能與世推移。世人皆濁,何不淈其泥而揚其波? 衆人皆醉,何不餔其糟而歠其釃?何故深思高舉,自令放爲?」 屈原曰: 「吾聞之:新沐者必彈冠,新浴者必振衣。 安能以身之察察,受物之汶汶者乎?寧赴湘流,葬於江魚之腹中, 安能以皓皓之白,而蒙世俗之塵埃乎?」 漁父莞爾而笑,鼓竡ァ去。 乃歌曰: 「滄浪之水C兮,可以濯我纓,滄浪之水濁兮,可以濯我足。」 遂去,不復與言。」での「醉」の意で使う。
※花笑人生也是呆:(酔わなかったとしたら、)花が咲いていても、愚かしい人生だ。 ・花笑:花が咲く。 ・也是:…たとしても…だ。*仮定にかかわりなく、結果は同じことだ、ということを表す。また、…もまた…である。ここは、前者の意。 ・呆:〔たい、はう;dai1◎〕愚かである。間(ま)の抜けている。
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◎ 構成について
韻式は、「AAABBB」。韻脚は「梭歌何 開來呆」で、平水韻下平五歌、上平十灰。この作品の平仄は、次の通り。
●●○○●●○,(A韻)
○○●●●○○。(A韻)
○●○○○●●,
●●○○○●○。(A韻)
●○○●●○○,(B韻)
●○●◎●○○。(B韻)
○○●●○○●,
○●○○●●○。(B韻)
2013.4.22 |
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