沒蕃故人 | |
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唐・張籍 |
前年戍月支,
城下沒全師。
蕃漢斷消息,
死生長別離。
無人收廢帳,
歸馬識殘旗。
欲祭疑君在,
天涯哭此時。
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蕃 に沒 せる故人
前年月支 を戍 り,
城下に全師 沒 す。
蕃漢 消息を 斷ち,
死生 長 へに 別離す。
人の廢帳 を收 むる 無く,
歸馬 殘旗 を識 る。
祭らんと欲 して 君在 るかと疑ふ,
天涯 に哭 するは此 の時。
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◎ 私感註釈
※張籍:中唐の詩人。字は文昌。和州(かしゅう)烏江(安徽省和県)の人。768年(大暦三年)〜830年(太和四年)。師友の韓愈に目をかけられ、その推薦によって、国子博士となった。楽府に長じている。
※没蕃故人:吐蕃〔とばん;Tu3bo1(Tu3fan1)〕の地で、陣歿した旧友。 ・没:死歿する。 ・蕃:〔ばん;fan1〕チベット。吐蕃〔とばん;Tu3bo1(Tu3fan1)〕また、未開の地。 ・故人:旧友。古くからの友人。
※前年戍月支:前年、「月氏」(≒異民族)との国境を戍(まも)り(/前年、「月氏」(≒異民族)を攻めて撃(う)ち)。 ・前年:先年。前年。一昨年。 ・戍:〔じゅ;shu4●〕まもる。なお「伐」は、うつ。 ・月支:〔げっし;Rou4zhi1(Yue4zhi1)●○〕「月氏」のこと。古代の民族名であり、国家名。紀元前後に、東アジア、中央アジア(現・甘粛省敦煌と祁連山の間)で遊牧していた民族。(前177年〜前176年)匈奴の攻撃を受け、西方の伊犂河一帯に至り、大月氏と呼ばれた。ここでは異民族の意で使われている。月氏国があった時代は、中国でいえば漢代。作者の時代には、回鶻(ウイグル)と吐蕃(チベット)が唐帝国の周辺の二大強国で、この詩では、吐蕃を指す。なお、「月支」(「月氏」)の「月」は〔Rou4〕=「肉」〔rou4〕の発音。「にくづき」。ただし、一般には「月」は〔yue4●〕。西域の固有名詞群の発音には要注意。 *一般的な「月氏」としないで、「月支」とするのは、「支」が韻脚となるため。
※城下没全師:全軍が城塞の周囲(/城塞の中)で全滅してしまった。 ・城下:城の下。城(=まち)の周辺。城壁の外。盛唐・李華の『春行寄興』に「宜陽城下草萋萋,澗水東流復向西。芳樹無人花自落,春山一路鳥空啼。」とあり、中唐・張籍の『征婦怨』に「九月匈奴殺邊將,漢軍全沒遼水上。萬里無人收白骨,家家城下招魂葬。婦人依倚子與夫,同居貧賤心亦舒。夫死戰場子在腹,妾身雖存如晝燭。」とある。「城上」ともする。 ・全師:全軍。
※蕃漢断消息:吐蕃と唐との交渉は途絶えて。 ・蕃漢:〔ばんかんfan1han4○●〕中国周辺の野蛮国と中国。吐蕃と唐。 ・消息:たより。たよりの手紙。音信。本来の意は、消えることと生じること。減ることと増えること。物や人の栄枯盛衰。うつりかわり。変化。消長。
※死生長別離:生と死とが、永遠に別れ離れる(事態となった)。(=死闘がくり広げられた。) ・死生:〔しじゃう;si3sheng1●○〕死ぬことと生きること。生と死。 ・長:とこしえに。永遠に。 ・別離:わかれる。はなれる。
※無人収廃帳:(陣地の)破れた帳(とばり)を片付ける人が誰もいなくて。 ・無人-:…する人が誰もいない。 ・収:おさめる。 ・廃帳:やぶれたとばり。
※帰馬識残旗:帰途についた馬(騎兵隊)が傷(いた)んで、一部しかない旗を覚えていた。 ・帰馬:帰途についた馬。また、戦が終わり野に放たれた馬。ここは、前者の意。 ・識:見分ける。知る。 ・残旗:傷(いた)んで、一部しかない旗。
※欲祭疑君在:葬儀をしようとするのだが、君がまだ健在なのだと、ついつい思ってしまう。 ・欲:…しようとする。 ・祭:〔さい;ji4●〕まつる。神をまつる。いけにえを供え、儀式としてまつる。 ・疑:〔ぎyi2○〕(…かと)疑う。多分…であろう。 ・君:あなた。詩題中の「故人」を指す。 ・在:生きてこの世にいる。在世。健在。
※天涯哭此時:地の涯で、声をあげて泣くのは、この時である。 ・天涯:空のはて。地の涯。 ・哭:〔こく;ku1●〕(死者を悼むために)声をあげて泣く。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAA」。韻脚は「支師離旗時」で、平水韻上平四支。この作品の平仄は、次の通り。
○○●●○,
○●●○○。(韻)
○●●○●,
●○○●○。(韻)
○○○●●,
○●●●○。(韻)
●●○○●,
○○●●○。(韻)
2011.8. 4 8. 5完 2012.7.31補 |
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