慈烏夜啼 | |
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唐・白居易 |
慈烏失其母,
啞啞吐哀音。
晝夜不飛去,
經年守故林。
夜夜夜半啼,
聞者爲霑襟。
聲中如告訴,
未盡反哺心。
百鳥豈無母,
爾獨哀怨深。
應是母慈重,
使爾悲不任。
昔有呉起者,
母歿喪不臨。
嗟哉斯徒輩,
其心不如禽。
慈烏復慈烏,
鳥中之曾參。
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慈烏 夜に啼 く
慈烏 其 の母を失 ひ,
啞啞 哀音 を吐 く。
晝夜 飛び去らず,
經年 故林 を守る。
夜夜 夜半に啼 き,
聞く者爲 に襟 を霑 す。
聲中 告 げ訴 ふるが如 し:
「未 だ反哺 の心を盡 さず」と。
百鳥 豈 母 無からんや,
爾 獨 り哀怨 深し。
應 に是 れ 母の慈 しみ重くして,
爾 をして 悲しみに任 へざら使 むべし。
昔呉起 なる者 有り,
母歿 すれども喪 に臨まず。
嗟哉 斯 の徒輩 ,
其 の心禽 に如 かず。
慈烏 復 た慈烏 ,
鳥中 の曾參 なり。
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◎ 私感註釈
※白居易:中唐の詩人。772年(大暦七年)〜846年(會昌六年)。字は楽天。号して香山居士。官は武宗の時、刑部尚書に至る。左拾遺になるが、江州の司馬に左遷され、後、杭州刺史を任ぜらる。やがて刑部侍郎、太子少傅、刑部尚書を歴任する。その詩風は、平易通俗な語彙での表現を好み、新楽府、竹枝詞、楊柳枝等に挑戦し、諷諭詩や感傷詩でも活躍した。
※慈烏夜啼:(孝行な)カラスが夜に鳴く。 *作者・白居易が母を亡くし、母に対しての孝養不足を悔やんだ詩。白居易にはこの詩と同様に、鳥に思いを託してを詠んだものに『燕詩示劉叟』「梁上有雙燕,翩翩雄與雌。銜泥兩椽間,一巣生四兒。四兒日夜長,索食聲孜孜。青蟲不易捕,黄口無飽期。觜爪雖欲弊,心力不知疲。須臾千來往,猶恐巣中飢。辛勤三十日,母痩雛漸肥。喃喃ヘ言語,一一刷毛衣。一旦苧ヰャ,引上庭樹枝。舉翅不回顧,隨風四散飛。雌雄空中鳴,聲盡呼不歸。卻入空巣裏,啁啾終夜悲。燕燕爾勿悲,爾當返自思。思爾爲雛日,高飛背母時。當時父母念,今日爾應知。」がある。鳥に仮託して詠うのは、王昭君の『昭君怨』(『怨詩』)「秋木萋萋,其葉萎黄。有鳥處山,集于苞桑。養育猪ム,形容生光。既得升雲,上遊曲房。離宮絶曠,身體摧藏。志念抑沈,不得頡頏。雖得委食,心有徊徨。我獨伊何,來往變常。翩翩之燕,遠集西羌。高山峨峨,河水泱泱。父兮母兮,道里悠長。嗚呼哀哉,憂心惻傷。」があり、後世、明・劉基に『懊憹歌』「白鵶養雛時,夜夜啼達曙。如何苧ヰャ,各自東西去」がある。 ・慈烏:〔じう;ci2wu1○○〕カラスの別名。カラスは成長後、自分の親に餌を与えて、養育の恩を返すという。 ・夜啼:夜に鳴く。蛇足になるが、後世、詞牌に『烏夜啼』ができる。
※慈烏失其母:(孝行の)カラスが、その母を亡くして。 ・其母:その母ここでは、子のカラスの母のことになる。
※唖唖吐哀音:カアカアと悲しげな鳴き声を出している。 ・唖唖:〔ああ;ya1ya1○○〕カアカア。カラス(等)の鳴く声。擬声語。 ・吐:〔と;tu3●〕口から出す。はく。 ・哀音:〔あいおん/あいいん;ai1yin1○○〕悲しげな音色。
※昼夜不飛去:昼も夜も、飛び去ろうとしないで。 ・昼夜:昼も夜も。いつも。 ・不飛去:飛び去ろうとしない。「不」は意志の否定。
※経年守故林:何年も、もといた林を大切に持ちこたえている。 ・経年:年数を過ごす。 ・守:大切にする。保持する。 ・故林:むかしなじみの林。もといた林。ここでは、子のカラスが、かつて親のカラスと棲んでいたところ。
※夜夜夜半啼:毎夜、夜中に鳴き。 *「夜夜夜半啼」を中国語で読むと、その節奏は「夜夜+夜半・啼」(yèyè yèbàn tí)となる。「夜」を三回続けては読まない。 ・夜夜:夜(よ)ごと。毎夜。 ・夜半:よなか。中唐・張繼の『楓橋夜泊』に「月落烏啼霜滿天,江楓漁火對愁眠。姑蘇城外寒山寺,夜半鐘聲到客船。」とある。
※聞者為霑襟:(悲しげな鳴き声なので、)聞く者は(その)ために心を湿らせている。 ・霑:〔てん;zhan1○〕うるおす。湿す。 ・襟:〔きん;jin1○〕えり。また、胸。心。思い。
※声中如告訴:声に、訴えかけるようなのは。 ・告訴:うったえる。告げる。言う。知らせる。
※未尽反哺心:子として、親に育てられた恩に報いることを、まだし尽くしていない(ことを言いたい)からなのだろう。 ・反哺:〔はんぽ;fan3bu3●●〕カラスの子が親に育てられた恩返しに、成長してから、食べ物を口移しにして親を養うこと。子が親の恩に報いること。「慈烏反哺以報恩」。
※百鳥豈無母:多くの鳥に、どうして母がないだろうか(どの鳥にも、皆、母がいる)(のに)。 ・百鳥:多くの鳥。 ・百-:多くの…。たくさんの…。 ・豈無:どうして…なかろうか。あに…なからんや。反語の形式。
※爾独哀怨深:(なのに、)おまえ(=子のカラス)だけは、悲しみうらむ心が深いのか。 ・爾:おまえ。なんじ。なんぢ。ここでは、カラスを指していう。 ・独:…だけ。ひとり。 ・哀怨:〔あいゑん;ai1yuan4○●〕悲しみうらむ。
※応是母慈重:きっと、母親の愛情が深かったので。 ・応是:きっと…だと思う。当然…であろう。…べきである。…なければならない。まさにこれ…べし。
※使爾悲不任:おまえに悲しみに耐えられないようにさせたのだろう。 ・使:(…に…を)させる。(…をして)…しむ。使役表現。 ・任:〔にん;ren2○〕耐える。つとめおおせる。たふ。
※昔有呉起者:昔、呉起という者がいて。 ・呉起:戦国時代の魯の国の名将。功名を追求し、母が死んでも家に帰って葬儀を営むことをしなかった。そのことを知った曽申(後出・曽参の息子)は、以後、絶交した。 ・者:…という者は。主語を明示する。
※母歿喪不臨:母が亡くなっても、葬儀に出席しなかった。 ・歿:死歿する。 ・喪:〔さう;sang1○〕(名詞)も。人が死んだ時、縁故者がある期間中、特別な生活をして悲しみを表す礼。 ・不臨:臨(のぞ)もうとしな(かった)。意志の否定。
※嗟哉斯徒輩:ああ、このような輩(やから)の。 ・嗟哉:〔ささい;jie1zai1○○〕ああ。嘆き悲しむ声。感嘆する声。=嗟吁、=嗟乎。 ・斯:このような。かく。 ・徒輩:やから。
※其心不如禽:その心は、鳥にも及ばない。 ・不如:(…に)及ばない。(…に)しかず。【A不如B】で「AはBに及ばない」の意。 ・禽:〔きん;qin2○〕鳥獣の総称。とり。鳥類。
※慈烏復慈烏:(それにひきかえ)(孝行な)カラスよ、カラスよ。 ・復:また。
※鳥中之曽参:(おまえは、)鳥の中の曾參(=孝行者)である。 ・曽参:〔そうしん;Zeng1 Cen1○○〕春秋時代の思想家。魯(現・山東省)の武城の人。前505年〜?。孔子の弟子。字は子輿。親孝行の人として知られる。曽子。
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◎ 構成について
韻式は、「AAAAAAAAA」。韻脚は「音林襟心深任臨禽參」で、平水韻下平十二侵。この作品の平仄は、次の通り。
○○●●○,
○○●○○。(韻)
●●●○●,
○○●●○。(韻)
●●●●○,
○●●○○。(韻)
○○○●●,
●●●●○。(韻)
●●●○●,
●●○●○。(韻)
○●●○●,
●●○●○。(韻)
●●○●●,
●●○●○。(韻)
●●○○●,
○○●○○。(韻)
○○●○○,
●○○○○。(韻)
2013.1.31 2. 1 2. 2 |
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