千里渥洼種, 名動帝王家。 金鑾當日奏草, 落筆萬龍蛇。 帶得無邊春下, 等待江山都老, 敎看鬢方鴉。 莫管錢流地, 且擬醉黄花。 喚雙成, 歌弄玉, 舞綠華。 一觴爲飮千歳, 江海吸流霞。 聞道淸都帝所, 要挽銀河仙浪, 西北洗胡沙。 囘首日邊去, 雲裏認飛車。 |
千里 渥洼の種,
名は 動(あ)ぐ 帝王の家に。
金鑾の當日 草(さう)を奏するに,
筆を落(ふる)へば 萬(よろづ)の龍蛇たり。
帶し得たり 無邊の春の下,
等待(ま)ちて 江山 都(すべ)て老いたる
も,
教(こころ)みに 看よ 鬢 方(まさ)に鴉(くろ)からん。
錢の地に流るるに 管(かか)はる莫れ,
且(しば)し擬せよ 黄花に醉ふに。
雙成を 喚ばしめ,
弄玉に 歌はしめ,
綠華に 舞はしむ。
一觴 飮を爲さば 千歳たり,
江海 流霞を 吸ふ。
聞道(きくなら)く 淸都 帝所,
銀河の仙浪を 挽くを 要して,
西北 胡沙を 洗がんと。
首を囘して 日邊に 去れかし,
雲裏 飛車を 認む。
**********
私感注釈
◎宋詞には口語も使われますので、現代語からも見ていますが、適切かどうかは、ご判断ください。
※水調歌頭:詞牌の一。詞の形式名。詳しくは下記の「構成について」を参照。
※壽趙漕介庵:漕司の(官職にある)趙介庵の誕生祝い(のための填詞)。 ・壽:(老人の)誕生祝いをする。寿ぐ。寿詞である。乾道四年九月、建康(現・南京)の通判であったときに、
趙介庵の長寿祝賀会の様子を詠ってこの詞ができた。 ・趙介庵:宋の帝室の親族。介庵は号。名は彦端。十七歳で進士となり、後、礼部台に登る。 この詞は江南東路計度転運副使として建康に駐在していたときのことである。 ・漕:官職名。漕司。転運使。宋代、各方面に徴税や水上運輸等広く財務を管掌した。「趙・漕・介庵」と姓名の間に官職を入れるのは、李白詩での晁卿衡、王維詩での廬員外象や崔処士興宗、また、日本の浅野内匠頭長矩等というのも之と同じいいまわし。
※千里渥洼種:千里をよく駈ける(神馬の如き)優秀な血筋(=帝室の血筋)で。 ・渥洼種:千里をよく駈ける神馬の種(しゅ)。優秀な血筋の意。 ・渥洼〔あくあい(あくわ);Wo4wa1●○〕神馬が生まれた所の名。『史記・武帝紀』『漢書・武帝紀、禮樂志』に出てくる。「元鼎四年六月,得寶鼎后土祠旁,秋,馬生渥洼水中」(「漢書巻六・武帝紀第六」)とある。
※名動帝王家:南宋の帝室名を揚げている。 ・名動:名を揚げること。 ・帝王家:南宋の帝室。「千里渥種,名動帝王家」の意味は、「貴種で、その帝王一族で名を揚げた」 ということ。趙介庵は南宋の皇帝の一族。
※金鑾當日奏草:宮殿で、昔、上奏文を起草した(時には)。 ・金鑾:〔きんらん;jin1luan2○○〕金鑾殿のこと。本来は、唐朝の宮殿の一。後、広く皇帝の正殿を指すようになった。 ・奏草:上奏文を起草すること。趙介庵の嘗ての職掌を讃えていっている。
※落筆萬龍蛇:揮毫すれば、多くの龍蛇の舞うが如くに力強く躍動していた。 *雄渾な筆致の形容。
※帶得無邊春下:(朝廷勤務からこの地にやってきては、)果てしない春(=善政)をもたらして。 ・帶得:携えてきた結果。 ・-得:…てきた結果、…だ。動詞の後に置き、その行為・動作の進行状況・結果・影響を表す語を導く。 ・無邊春:果てしない春。為政者の治世の善治をもいう。ここでは、趙介庵の建康における治績を指す。
※等待江山都老:(祖国の)山河が、すっかり老いてしまうのを待って(も)。 *自然はすぐに年をとってしまうが。 ・等待:(俗語(現代語))待つ。待機する。 ・等:(俗語(現代語))待つ。 ・江山都老:ここは、唐の陳陶の「春風若有情,江山相逐老。」を踏まえる。李賀にも『金銅仙人辭漢歌』「衰蘭送客咸陽道,天若有情天亦老。攜盤獨出月荒涼,渭城已遠波聲小。」がある。蛇足になるが毛沢東にも『人民解放軍領南京』「鍾山風雨起蒼黄,百萬雄師過大江。虎踞龍盤今勝昔,天翻地覆慨而慷。宜將剩勇追窮寇,不可沽名學覇王。天若有情天亦老,人間正道是滄桑。」
がある。 ・江山:(祖国の)山河。 ・都:すっかり.どれもこれもすべて.みな.
※敎看鬢方鴉:御覧なされ、(あなたの=趙介庵の)鬢の毛は(まだ)ちょうど鴉(カラス)のように黒いではありませんか。 ・教看:こころみに 看よ。『辛棄疾詞選』(朱徳才選注 人民文学出版社1998年北京)、『辛棄疾詞選』中国古代十大詞人精品(楊燕 大連出版社出版 1998年大連)では、ともに“試看”。『中国詞学大辞典』(馬興栄等主編 浙江教育出版社 1996年杭州)では、“使”
。 ・教:…しむ。使役表現。 ・鬢方鴉:髪は、ちょうど今黒い。 ・方:ちょうど…のようである。ちょうど…と同じだ。まさに、ちょうど。 ・鴉:黒いことの形容。髪は烏の濡れ羽色のこと。
※莫管錢流地:経済問題(等の職務)にかかずらわることなく。 ・莫管:関わるなかれ。 ・莫:なかれ。なし。 ・管:(俗語・現代語で)関わる。たずさわる。 ・錢流地:経済関係の職務。如見錢流地上のこと。物価が安定していることで、趙介庵の職務がよくいっていることで、ここでは職務、仕事のこと。「莫管錢流地」は、「暫し、仕事のことをわすれて、美酒に酔い痴れましょう。」ということ。この句は『新唐書・劉晏傳』の「能權萬貨重輕,使天下無甚貴賤而物常平,自言如見錢流地上。」を踏まえている。
※且擬醉黄花:しばらくは(重陽の節句に)準じて、菊花酒で酔いなされ。 ・且:しばし。しばらく。短い時間をいう。 ・擬:〔ぎ;ni3●〕準じる。なぞらえる。ここは、前者の意で、趙介庵の誕生日は、菊花酒を楽しむ重陽節のほんの数日前になる。(この詞は乾道四年九月の作)。 ・醉黄花:菊花酒で酔え。菊花酒は、本来は重陽節の祝杯。 ・黄花:菊の花。
※喚雙成:(趙介庵の侍女の)董双成を呼んで。 ・雙成:董雙成。神話中の仙女の名。西王母に仕える。白居易の『長恨歌』では太真(玉環=楊貴妃の魂)のこしもと(=侍女)のように表現されている。「忽聞海上有仙山,平 山在虚無縹緲間。樓閣玲瓏五雲起,其中綽約多仙子。中有一人字太真,雪膚花貌參差是。金闕西廂叩玉扃,轉敎小玉報雙成。」
とある。
※歌弄玉:(趙介庵お付きの歌手団の)弄玉に歌を歌わせて。 ・弄玉:秦の穆公の娘。『後漢書』によると、簫をよくする簫史と結婚し、簫を習い、 やがて鳳凰の鳴き声が吹けるようになり、ついには鳳凰を呼び寄せ、それに乗って飛び去った。『後漢書卷八十三・逸民列伝第七十三』「矯慎傳」の「注」に「列僊傳曰:『簫史,秦繆公時。善吹簫,公女弄玉好之,以妻之,遂教弄玉作鳳鳴。居數十年,吹鳳皇聲,鳳來止其屋。為作鳳臺,夫婦止(在)〔其〕上。一旦皆隨鳳皇飛去。』」と載っている。
※舞綠華:萼緑華に舞を舞わせ(よう)。 ・緑華:萼緑華。伝説中の南山の美少女仙女。これら三名の美女の名は、趙介庵の家の歌手、踊り子の素晴らしさを讃えての表現。
※一觴爲飮千歳:杯に注がれた一杯の(菊花酒)は、千年の齢(よわい)を保ち。 ・一觴:古代の杯に注がれた一杯の酒。 ・千歳:千年。蛇足になるが、人の長命は、階級により差があり、皇帝には「万歳」と称え、皇族、王には「千歳」を寿ぎ、庶民は「長命百歳」を祝う。この前見た京劇「覇王別姫」の中では、西楚覇王・項羽は、やはり「千歳」と称えられていた。毛主席は「万歳」や「萬壽無疆」と称えられていたから最上級の讃辞である。蛇足だが死亡にも順位があり、崩・薨・卒等とこれも多様。
※江海吸流霞:川と海との(仙酒の)流霞を吸い込め(よ)。 ・江海:川と海。長江と海。 ・流霞:神話中の仙酒の名で、美酒をいう。『論衡・道虚篇』には「輒飮我流霞一杯。毎次一杯,數月不飢。」とあり、『抱朴子』に「仙人但以流霞一杯,與我飮之,輒不飢渇。」とある。晩唐・李商隱の『花下醉』に「尋芳不覺醉流霞,倚樹沈眠日已斜。客散酒醒深夜後,更持紅燭賞殘花。」とある。
※聞道淸都帝所:聞くところでは、朝廷は。 ・聞道:きくならく。 …ということだが。…ということらしいが。伝聞を表す。 ・淸都帝所:天帝の居住するところ。ここでは南宋の朝廷を喩えていよう。
※要挽銀河仙浪:銀河の神聖な力のある浪のある流れを(力で)変えさせて。 ・要挽:(川の流れ)を力で変えさせて。 ・要:(現代語)…しよう。…つもり。…する必要がある。 ・挽:〔ばん;wan3●〕ひく。ひっぱる。 ・銀河仙浪:銀河の神聖な力のある浪。ここは、杜甫の「安得壮士挽天河,淨洗甲兵長不用」の詩を踏まえる。
※西北洗胡沙:(金の占領している)西北(の地域)を洗い清める(ということだ)。 ・胡:漢民族から見た、西方などの周辺異民族。えびす。ここでは金を指す。
※囘首日邊去:(されば、)頭をめぐらして、帝王の側へ行きなされ。 ・囘首…去:頭をめぐらす。ここでは、朝廷へ「帰れ」ということ。 ・日邊:〔にっぺん;ri4bian1●○〕帝王の側。日は、帝王の比喩。 ・去:行く。現代語では、「いく」であって、「さる」の感じは弱い。ここは、前者の意。
※雲裏認飛車:雲の中に、大空を飛ぶ飛車がみとめられる。(宮廷よりのお迎えが来ているのが分かる)。 ・雲裏:雲の中。前の「日邊」、次の「飛車」と共になって、意気軒昂な感情が顕されている。 ・飛車:伝説中の物で、風に乗り、よく大空を飛翔するという。
◎ 構成について
双調。九十五字。平韻一韻到底。 韻式は「AAAA AAAA」で、韻脚は「家蛇鴉花華霞沙車」で、詞韻第十部平声。
●
○●,
●●○○。(韻)
○
●
●,
●●○○。(韻)
●
○
●,
●○○
●,
●●○○。(韻)
●
○●,
●●○○。(韻)
,
●,
●○○。(韻)
○
●,
●
●●○○。(韻)
●
○
●,
●○○
●,
●●○○。(韻)
●
○●,
●●○○。(韻)
2000.2.15 2.16 2.17 2.18 2.20 2.21 2.22 2.24 2.25完 4. 1補 9.12補 12. 3補 2001.5. 9補 7.22補 10.11補 2005.1. 7 2011.2.16 11.12 11.13 |
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() |
![]() メール |
![]() トップ |