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1)人間の人生を貫く、霊的成長という大原則

地上人生・霊界人生・再生人生を貫く大原則とは?

人間は死を迎えると、その後、幽界・霊界でさまざまな体験を積むことになります。他界直後は、霊的世界において地上世界にはなかった喜びを味わうようになる一方で、地上人生の反省が促されます。それがある人には、後悔とカルマによる苦しみを引き起こすようになります。幽界を卒業すると霊界に入り、そこで霊的家族(類魂)の仲間に入って共同生活を営むようになります。やがてさらなる霊的成長の時期を迎えると、地上に再生することになります。地上世界に再生して前世の罪(カルマ)の償いを完了し、霊的成長の道をリセットします。こうした一連のプロセスは、今地上で生活している人々が、今後何十年、何百年にわたってたどる道筋です。

この遠大なプロセスにおいて一貫しているのが、「霊的成長」という大原則です。地上人生も霊界での人生も、さらには再生人生も、常に「霊的成長」のために存在します。それは人間が、永遠に霊的進化の道をたどる「神の子供」として創造されたからです。神の分霊を本質とする人間は、いついかなる時も、またどのような世界にいても、いつも霊的成長を目指して歩んでいくことになります。

地上人生の目的

これまで多くの人間が、地上人生は何のためにあるのか、何のために生まれてきたのかを問いかけ、その答えを必死に求めてきました。今、私たちは地上人生の目的をはっきりと知ることができました。地上人生の目的とは何か?――それは「霊的成長をなすこと」です。人間が地上に誕生するのは、霊的成長のため以外にはありません。人間にとって最も価値ある大切なことは、「霊的成長」という一言に言い尽くされます。地上人生において何よりも重要なことは霊的成長であり、まさにそれこそが、私たちの地上人生のすべての目的なのです。

したがって、もし霊的成長ができないまま地上人生を終えるとするなら、人生のすべてを無駄にしたことになります。「地上に生まれた価値がない」ということになってしまいます。

2)地上人生は、霊界での生活のための準備期間

霊界行きの準備をする地上人生

人間は地上人生を通して霊的成長をなし、死後に待ち受ける霊界での生活の準備をすることになります。この意味で地上人生は――「霊界人生への準備期間」ということになります。人間は霊界においても進化の道を歩みます。類魂の一員として、他の霊の知識や体験を自分のものとして霊的成長を目指します。しかし地上には霊界とは異なる地上ならではの成長のプロセスがあります。人間は地上における成長のプロセスを踏んで、初めて霊界行きの備えがなされるようになっています。

このように地上人生は、霊界での進化を左右するきわめて重要な意味を持っています。また前世のカルマを償うという観点から見ても、地上世界での歩みは決してないがしろにできません。地上で前世のカルマを償うことができるかどうかが、その後の永遠の霊的成長の道を決定することになるからです。

有意義な地上人生と無駄な地上人生

私たち人間にとっての本来の世界は霊界です。今こうして生きている地上世界は、仮の居住場所です。私たちは今後、霊の世界で何十万年、何百万年……と、永遠に生き続けていくことになります。そうした永遠の歩みに比べると、この地上人生は、たかだか百年程度にすぎません。地上生活は、長旅における一夜の宿のようなものなのです。しかし、そのわずかな地上世界での生活には、今述べたような重要な意味があります。地上世界は、本来の住処である霊界での生活への準備をする所であり、魂のトレーニング場なのです。

地上でしっかりと準備をすれば、霊界での生活は喜びに満ちたものとなります。もし、その貴重な地上人生を怠惰に送り、肝心な準備ができなかったとするならば死後、長期間にわたって後悔と無念の時を過ごさなければならなくなります。この世においても、自分のちょっとした不注意から、取り返しのつかないようなミスや失敗をしでかしてしまうようなことがあります。そしてその後何十年にもわたって、後悔の思いを持ち続けるようになります。また、ほんの一瞬の誘惑に負けたために、その後の人生を人目を避けて生きなければならないようになることもあります。その人の味わう無念さや恥ずかしさは、言葉には言い表せません。しかし霊界における後悔は、そうしたものとは比較にならないくらい深刻なものなのです。

現在、地上の多くの人々が、その大切な地上人生を無意味に過ごしています。必要以上にこの世の富や名声を得ようと莫大な時間とエネルギーを費やし、その結果、霊界における永遠の宝を自ら捨て去ることになっています。

霊界の生活に対する準備が全くなされていない人々、あるいは霊的世界についての事実を何も知らず間違った考えを詰め込んできた人々は、霊界に行ってからもう一度、ゼロから地上と霊界についての真理を学び直さなければならなくなります。本当は地上世界にいる間にそうした“教訓”を学ぶ方が、ずっと自然で容易なのです。