MENU

(3)従来の神観の整理

地上世界にはこれまで、神についての数多くの見解が存在してきました。スピリチュアリズムはそうしたバラバラになっている神観を、高次元の霊的知識によって一つにすることを可能にします。スピリチュアリズムの神観が目指している方向性は、これまで地球上に登場したさまざまな神観を概観することによって明らかにされます。

ここではスピリチュアリズムの神観の説明に先立って、今まで地球上に存在してきた神観を広い視点から整理し概観します。その内容は、スピリチュアリズムの神観を理解するための予備知識にもなっています。

1)有神論と無神論

神観は、大きく「有神論」と「無神論」に分類されます。前者は神の存在を認める立場であり、後者は神の存在を認めない立場・否定する立場です。

大半の宗教は神を認める「有神論」に属しますが、シャカ仏教のように「無神論」の立場をとるものもあります。シャカは、当時のバラモンの教えに対抗するという意味で形而上学的な問題に触れることを意識的に避け、人間の生き方に問題を絞っていました。そのため、一見すると神を否定するかのような教えを説いています。シャカは積極的に神の存在を否定しているわけではありませんが、それでも無神論の立場であることには違いありません。

言うまでもなくスピリチュアリズムは、「有神論」の立場に立っています。

2)一般的な有神論・理神論・汎神論

神の存在を認める有神論は、神と世界(自然界)との関係をどのように考えるかによって3つに分類されます。「一般的な有神論」と「理神論」と「汎神論」です。

「理神論」とは、神が世界を創造したことは認めるものの、いったん世界を創造してから後は、神は被造世界神によって造られた世界)と直接的な関わりを持つことはなくなったという考え方です。創造主である神と被造世界との間には、もはや何の関係もなく、世界は人間の理性によって知り得る“自然法則”によって運行されているにすぎないとします。

苦しいときにどれほど神にすがっても救いの手がいっこうに差し伸べられないと、人間は「なぜ神は、自らの力で自分を助けてくれないのか?」「神の直接の関与は果たしてあるものなのか?」と疑問を抱くようになります。理神論は、そうした疑問に対する解答として考え出されたものです。理神論は、「神は法則として人間の前に現れる」「神の直接の関与はない」というスピリチュアリズムの神観に共通する一面を持っています。

「汎神論」とは、世界のいっさいは神であるとし、神と世界、あるいは神と自然との間に区別を認めない考え方です。創造主である神と被造物(*神によって造られた世界・人間・自然など)を区別せず、両者を同一の存在と考えます。したがって汎神論では、神の創造性を認めません。神が宇宙や人間を創造したとは考えないのです。汎神論には、「現実に存在する宇宙はどのようにして発生したのか?」という問いに対する答えは一切ありません。究極原因についての問題を、初めから棚上げしているのです。

汎神論では、神と世界との関係を神の方に力点を置いて考えると「宇宙はすべて神である」ということになります。古代インド思想のウパニシャッドの“梵我一如”の思想やスピノザの哲学は、この種の汎神論です。一方、神ではなく世界・自然の方に力点を置くと「世界はすべて物質によって成り立っている」ということになります。物質世界だけが唯一の実在であり、その実在物の総体が神ということになり、神は物質と同じものと見なされることになります。“唯物論”が、この種の汎神論に属することになります。汎神論は見方によっては唯神論にも唯物論にも転化する、とらえどころのない考え方と言えます。もし神がこの宇宙や生命体を創造したとするなら、汎神論はその根拠を失うことになります。汎神論は一種の詭弁に通じますが、現代ではこうした主張が好意的に受け取られる傾向があります。

スピリチュアリズムは明確な「創造神論」の立場であり、神と世界、神と人間との間に明確な一線を画しています。言うまでもなく“汎神論”を否定しています。

3)多神教と一神教

一般的な有神論は、神の数をどのように考えるかによって「多神論」と「一神論」に分けられます。

多くの神々を崇拝し信仰対象とするのが「多神教(多神論)」であり、日本の神道・古代ギリシアやローマの宗教・古代エジプトの宗教・中国の道教・インドのヒンズー教など、さまざまな宗教がこれに含まれます。“アニミズム”の流れを汲む宗教は、ほとんどが多神教です。多神教は、天体(太陽・月など)や自然界の存在物を「神」と見なしたり、霊界に存在する天使や妖精、あるいは肉体を脱ぎ捨てた死後の人霊などの霊的存在を「神」と見なして崇拝するところに成立します。また善神と悪神の対立闘争を説くゾロアスター教は、二元論的な神観(二神論)と言えます。

「一神教(一神論)」は、全世界に存在する神はただ一つであると信じる立場です。ユダヤ教やキリスト教・イスラム教がその代表です。スピリチュアリズムは、それらの宗教と同じく「唯一の神(大霊)」を崇拝の対象とします。背後霊や霊界でスピリチュアリズムの総指揮を執っているイエスに対してさえも、これを崇拝の対象としない徹底した「唯一神信仰」なのです。この意味で、多神教である神道とスピリチュアリズムを安易に折衷しようとすることは明らかに間違っています。

親鸞は阿弥陀仏(アミダブツ)にひたすら帰依することで救いが得られるとし、浄土真宗というきわめて独特な浄土信仰系の仏教一派を確立しました。親鸞が帰依するように説いた阿弥陀仏は、人格的な唯一神に通じる面を持っていて、キリスト教の神観と非常に似ています。典型的な大乗仏教である浄土信仰仏教の本尊は阿弥陀如来(アミダニョライ)ですが、この阿弥陀如来(阿弥陀仏)は、人間の救済を使命とする人格神と言うべきもので、罪人である人間を救済するキリスト教的な神観に酷似しています。

この浄土信仰仏教は、ニケーア宗教会議後に東方に追放されたキリスト教アリウス派の救済信仰が仏教化したものと言われています。仏教の仮面をつけたキリスト教と言ってもよい浄土信仰仏教の成立には、霊界からの働きかけの一端を垣間見ることができます。

4)神観のまとめ(従来の神観の分類)

従来の神観の分類

神観の分類法には、これ以外にもさまざまなものがあります。人格性を持っているかどうか、人間との関係が親密かどうか、有形か無形かというような観点からも分類が考えられます。一般的に、一神教は無形神、多神教は有形神となる傾向があります。

公式サイト