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(3)スピリチュアリズムへの敵対者と、どのように戦うべきか

スピリチュアリズム運動に対する、さまざまな敵対者について見てきました。私たちがスピリチュアリズムのために人生を捧げ、霊的真理の普及を目指して努力しようとすると必ず、それに反対する者たちから非難・攻撃・迫害を受けるようになります。その中で最も残念なケースは、曲がりなりにも霊的真理を知った人間からの非難・反発です。スピリチュアリズム内部の敵からの攻撃です。それについてシルバーバーチは――「本来ならば最も味方になるはずの人間が、敵に回ることがあります」と述べています。

ここではスピリチュアリズム運動への敵対攻撃に対してどのように考えたらよいのか、正しい戦いの方法(対処)とはどのようなものなのかを学びます。敵対者との戦いは、霊的人生の中で重要な部分を占めており、大切な信仰実践の一つとなっています。

1)敵対攻撃を受けることは“霊的勲章”

敵対攻撃を受けることは、スピリチュアリズムの最前線に立っていることの証明

利己性が支配する地上世界では、霊的真理の普及活動に真剣に取り組む者は必ず、反対勢力からの反発を買うことになります。私たちスピリチュアリストの歩みは、霊的真理の普及を阻止しようとする敵対者との戦いの連続です。“戦いにつぐ戦い”――これがスピリチュアリストの歩みなのです。真剣さのないところでは、あるいは霊界の高級霊と一体となって最前線に立つ段階に至っていないときには、敵対勢力からの攻撃はほとんどありません。

スピリチュアリズム運動を進めるに際して敵対的な攻撃を受けることは、ある意味で宿命と言えます。「攻撃を受ける」ということは、「スピリチュアリズム運動の最前線に立っている」ということの証なのです。

ステレオタイプのレッテル貼り

スピリチュアリズムやスピリチュアリストを攻撃する際、敵対者は決まってワンパターンの“レッテル貼り”をします。スピリチュアリズムに反対する宗教は「サタンの手先」と言い、唯物主義者は「狂信・カルト」と言い、独裁者は「社会悪」と言って非難します。そしてスピリチュアリズム内部の敵は「教条主義・原理主義」と決め付けて攻撃します。

こうしたステレオタイプのレッテル貼りによって攻撃されるということは、私たちがスピリチュアリズムの前線で戦う立場にあることを意味しており、高級霊と運命を共にしていることを示しています。

敵対攻撃を受けることは、スピリチュアリストにとっての誇り

地上人には分からなくても、億万の霊界人は皆、スピリチュアリズムのための誠実な貢献を正しく評価しています。スピリチュアリズムの真価を理解できないのは地上人だけであり、霊界の人々は全員、スピリチュアリズムに対する奉仕の尊さを知っています。

したがってスピリチュアリストは、迫害を受けることは霊的道の開拓者としての宿命であると受け止め、億万の高級霊たちと志(目標)を一つにして歩めることを誇りに思うべきです。敵から攻撃されることは、まさに“霊的勲章”と言えます。

「霊の世界の道具たらんと欲する者は、迫害されることをむしろ誇りに思うようでなくてはなりません。あらゆる攻撃を、それがどこから来ようと、堂々と迎え撃つのです。」

『シルバーバーチの霊訓 地上人類への最高の福音』(スピリチュアリズム普及会)  p.254

高級霊と運命を共にできることを感謝する

スピリチュアリズムのために真剣に歩んだ結果、周りの人々から気狂い扱いされることになったとしても、スピリチュアリストはそれをむしろ誇りに思うようでなければなりません。全人類の霊的成長のために人生を捧げることで、人々から嫌われるようなことになるとするなら「イエスや高級霊と運命を共にしている」と考え、感謝すべきなのです。

人類救済のために一身をなげうって戦い抜いたイエスは、迫害され、虐げられ、辱(はずかし)めを受け、最後は十字架にかけられて殺されました。スピリチュアリズムの開拓時代(草創期)には、先輩たちは激しい非難・攻撃を受け、迫害にさらされてきました。シルバーバーチをはじめとする高級霊たちは、キリスト教会から“サタン”呼ばわりされてきたのです。

私たちが今かかわっているスピリチュアリズムは、そうした歴史の上に立っています。私たちは、世俗受けを狙い、世間の評価を求めるような次元の低いスピリチュアリストであってはなりません。純粋にして一途に、高級霊たちと運命を共にして、人類のために人生を捧げるスピリチュアリストを目指さなければなりません。

2)敵との正しい戦い方

攻撃に対して相手をしない・非難や批判は無視する

私たちが人類全体のために真剣に奉仕しているにもかかわらず攻撃されたときには、イエスや高級霊たち・先輩スピリチュアリストたちも、同じ道を歩んできたことを思い出すべきです。彼らは一点の利己心もなく、地球人類のために自らを犠牲にして働きながら、人々から悪魔扱いされてきたのです。

スピリチュアリズムへの貢献にともなう非難・反発・攻撃に対して、私たちが取るべき態度は「無視する・相手にしない」ということに尽きます。勝手に非難させておけばいいのです。非難することは相手の責任であり、私たちの責任ではありません。

「他人がどう言おうと気にしてはいけません。非難・中傷など、すべて忘れることです。」

『古代霊シルバーバーチ 不滅の真理』(ハート出版)  p.134

「私の申し上げることが受け入れられない方たちと議論する気はありません。ご自分の理性が反発するものは拒否なさいと申し上げております。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.201

「神の摂理」に反した“罪”については、いずれ本人が苦しみの中で償いをしなければならなくなります。大切なことは、私たちが神と高級霊の前に正しい行いをしているかどうかであって、周りの人間がどのように考えるかということではありません。すべてを見通している神の前に、正しい生き方をしているかどうかだけが問題なのです。神と高級霊に対して恥ずべきことをしていないなら、非難・攻撃をしてくる人間を相手にする必要はありません。私たち霊界の道具たる者は、そうした精神的な太さを持つ必要があります。

高級霊の守護を信じる

スピリチュアリズム運動の主役は、霊界の億万の高級霊たちです。霊界の人々がすべて責任を持って進めており、私たちはその「地上の道具」にすぎません。私たちを攻撃することによって敵対者は、億万の高級霊の軍団を“敵”に回すことになるのです。

私たちの思いが真に純粋で利他的であるなら、イザという時には高級霊の軍団によって守護されることになります。私たちがスキをつくらなければ、高級霊の軍団は“低級霊”の攻撃からも守ってくれます。宇宙で最強の軍団と一つになり、自分をその軍団の一員とするなら、宇宙で最強の力が自らを通じて発揮されることになるのです。高級霊と一体になっているかぎり、私たちには何も恐れるものはありません。

「人類の高揚のために皆さんとともに働いている霊界の同志たち、物質界を少しでも住みよい所にするために活動している勢力は、必ずや勝利を手にするとの確信を持ってください。皆さんの味方は宇宙で最強の力なのですから。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.112

「見た目にはたった一人です。が、その背後には、自分を役立てたいとの願望に燃える者にかならず授けられる強大な霊力が控えております。(中略)真理普及というこの大きな戦いにおいて、私たちの味方になられた方に“敗北”はありません。」

『シルバーバーチの霊訓 地上人類への最高の福音』(スピリチュアリズム普及会)  p.56〜57

非難・中傷に対しては、真実の愛で対処

私たちが敵対者の非難・中傷を無視して相手にしなければ、やがて攻撃は過ぎ去ります。そして結局、攻撃した者たちには、償いとしての苦しみだけが残るようになります。スピリチュアリズムに敵対した罪は必ず、霊界において償わなければなりません。せっかくの地上人生を台なしにするだけでなく、霊界に行ってからも後悔の念に苛まれ、苦しみを味わうようになるというのは本当に哀れなことです。

シルバーバーチは――「攻撃する相手が死後に苦しむ様子が分かるので、憎むことができない」と言っています。「憎むどころか、むしろ相手に同情せざるをえなくなる」とも述べています。私たちはこうした高級霊の姿勢を手本として、自分を攻撃してくる相手の身の上に思いを馳せ、同情心を持って眺めるようにすべきです。嫉妬に駆られ、低俗な自己主張しかできない相手に対して、一刻も早くそうした状況から抜け出し、霊界の道具として謙虚に歩めるように祈ってあげるべきです。

そうした努力をするとき私たちは、まさに「敵をも愛す」という真の利他愛を実践していることになるのです。

「そういう人たちのことを気の毒に思ってあげないといけません。光の中で生きられるものを、暗闇の中で生き続けている人がこの地上に無数にいるという現実は、実に悲しむべきことです。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.94

「もし反抗に遭った時は、あなたが手にされた珠玉の真理をその人はまだ知らずにいることを気の毒に思ってあげて、その人の力になる言葉を投げかけてあげられるように、大霊に祈ることです。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.95