MENU

(1)利他愛実践の意味

――霊的人生とは、利他愛の実践による霊的成長の歩みのこと

1)愛による霊的成長と、そのメカニズム

神の愛は、霊的成長のための霊的栄養素

神は、人間を「霊的存在」として創造されました。人間の本我は神の分霊であり、ミニチュアの神です。それゆえ人間は「神の子供」と言えます。霊的存在である人間は、永遠に霊的成長の道をたどることで少しずつ神に近づき、神と深く結ばれるようになっていきます。

人間が霊的成長をなすためには、霊的栄養素・霊的エネルギーが必要です。肉体の成長に食べ物や飲み物といった栄養素・物質的エネルギーが必要なように、霊的成長にも霊的エネルギーが必要となります。「神の愛」はまさに、そのための“霊的栄養素”なのです。

人を愛することによって、神の愛を取り入れられるようになる

宇宙・霊界に遍在するエネルギーは「神」に発します。神の愛が下降して、宇宙・霊界のすべてを満たしています。神の愛のエネルギーが、あらゆる生命体を生かしているのです。

愛の実践は、神の愛を魂に取り入れ、霊的成長をなすための不可欠なプロセスです。地上において実際に愛で結ばれた人間関係をつくることによって、宇宙の大気中から神の愛のエネルギーを取り入れることができるようになります。人間の霊的成長は、人間同士の間に愛の関係をつくり、愛の実践を重ねることで達成されるようになっているのです。シルバーバーチが説いている「人を正しく愛するなら、神を愛することになる」という霊的真理は、それを意味しています。

人間が霊的成長をなすためには、人間同士の愛の関係が不可欠です。他人との交わりを避けて生きる人間は、悪を犯す可能性は低いかもしれませんが、同時に善を行なうこともできなくなります。それは人間にとって、いちばん大切な霊的成長を犠牲にするあり方です。自分の心が傷つかないように一人だけの世界に閉じこもり、他者との関係を断って生きることは、実はたいへんなマイナスをもたらすことになるのです。

現在ではネットの世界に逃げ込んで、希薄な人間関係しか持とうとしない若者が増えていますが、それは霊的に見れば悲劇です。“魂”にとって重大な問題です。もっとも人間は、他人との関わりの中で愛の世界を築き、それによって喜びと幸福を得るように造られているため、いつまでも一人のままでいるということはできません。孤独の苦しみを味わう中で、必ず人恋しくなるのです。

「利他性の法則」と、利他愛の実践による「霊的成長のメカニズム」

真実の愛は霊的なものであり、純粋な霊的エネルギーです。その愛は、神の定めた摂理(法則)に従って作用します。その愛の摂理とは「他人に与える」ということ、すなわち「利他性」のことなのです。

他人に愛を与えると、与えた分の愛がただちに、大気中に充満している神の愛から補給されるようになります。神の愛という霊的エネルギーが、本人の「霊」に流れ込んでくるのです。流れ込んだ霊的エネルギーは、その取り入れ口である“魂の窓”を押し広げ、次にはさらに多くの霊的エネルギーを取り入れることができるようになります。

すなわち、多く与えれば与えるほど、結果的により多くの愛(霊的エネルギー)が神から与えられるようになり、霊的成長が促されることになるのです。これが「利他性の法則」であり、利他愛の実践による「霊的成長のメカニズム」です。こうした内容についての詳細は、スピリチュアリズムの思想[Ⅱ]で説明しています。)

2)霊的人生とは、利他愛の実践によって霊的成長を達成する生き方

「愛の実践」の重要性

人間の魂にとって“愛”は必要不可欠なものですが、ただ単に口先で愛を唱えているだけでは「霊的成長」には結びつきません。愛が本物となるためには、具体的な人間関係を築かなければなりません。実際に周りの人々に愛を与えることが不可欠です。愛は現実の行為・行動にまで至らないかぎり、霊的成長を促すことはできません。ここに愛の実践の重要性があるのです。

本当の愛とは、相手のためを思うところからの行為であり、エネルギーを与える働きかけのことです。それによって人間は「利他性」という神の摂理に一致することになります。したがって、「実践のともなわない愛は本物ではない」ということになります。

霊的成長をもたらす愛と、霊的成長を妨げる愛

愛の実践を通して霊的成長が促されますが、ここに一つ重大な問題があります。それは“愛”には、霊的成長を促すものとそうでないものとがあるということです。結論を言えば、霊的成長をもたらす愛とは「利他愛」であり、その反対が「利己愛」です。

前章2.で見てきたように利己愛は、心の肉主霊従状態から生じる愛です。利己愛では霊的成長が得られないどころか、むしろ霊的成長が妨げられることになってしまいます。霊的成長をなすためには、どこまでも利他愛でなければなりません。「利他愛の実践」を通して初めて、霊的成長がもたらされるようになるのです。

つまり霊的成長を求めて歩む“霊的人生”とは――「利他愛を実践する生き方」と言えます。愛を実践して霊的成長の道を歩むためには、「利他愛」と「利己愛」の違いをしっかりと理解しておく必要があります。本章の(3)では利己愛について、(4)では利他愛についてその内容を詳しく見ていきます。

  • “霊的人生”とは――利他愛を実践する生き方
  • 霊的成長をもたらす愛 = 利他愛 = 心の霊主肉従から発生する愛
  • 霊的成長を妨げる愛 = 利己愛 = 心の肉主霊従から発生する愛

宗教とは、利他愛を実践する生き方のこと

シルバーバーチはしばしば――「宗教とはサービスです」と言っています。宗教とは本来、人間の霊的成長を目的としたものです。その霊的成長は今述べてきたように「利他愛の実践」、すなわち無償の奉仕(サービス)によってなされます。「宗教とはサービス(無償の奉仕)です」という実にシンプルな定義の中に、宗教の使命と役割が言い尽くされています。

しかし残念ながら地球上の大半の宗教は、このシンプルな“宗教の定義”に合格していません。人々の霊的成長を促すどころか、それとは正反対のことをし続けています。

  • 本当の宗教 = 人間に霊的成長をもたらす営み = 利他愛・無償の奉仕(サービス)