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(3)霊的真理の普及活動を進めるうえでの2つの大原則

霊的真理の伝道という最高の奉仕活動の実践には、重大な2つの原則があります。その原則を無視した伝道は、利他愛の実践どころか、それとは正反対の利己的行為になってしまいます。2つの原則とは――「道具意識に立った伝道をする」「時期のきた人だけを伝道対象とする」ということです。

ここではその2つの原則について学びます。

1)道具意識に立った伝道

「霊的真理普及」の主役は霊界人

霊的真理を一人でも多くの人に伝えたいと願っているのは、私たちだけではありません。霊界でスピリチュアリズムに携わっている人々こそ、私たちよりもずっと長い間、もっと純粋に、その思いを持ち続けてきたのです。

「霊的真理普及」の働きかけは地上サイドからではなく、霊界サイドから出発しています。霊的真理普及の“主役”は私たちではなく、霊界の人々です。私たちスピリチュアリストは「地上の道具」として、霊界の人々に協力する立場にあるのです。「霊的真理普及」において私たち地上人は、霊界の人々の道具として“手伝い”をする立場にあります。しかし、霊界人からすれば「地上の道具」がなくてはすべてが不可能となるため、なくてはならない貴重な存在と言えます。)

霊界の人々が時期のきた地上人を導く

霊界からは、誰が時期のきた人間であるのかを正確に知ることができます。その人が、どのようにしたら「霊的真理」と出会うことになるのかも分かるのです。そして本人の霊的背景・霊的レベル・カルマ清算の状況・性格・環境・他に与える影響など、すべてを考慮したうえで、真理との出会いをもたらしてくれます。最もよいタイミングを見計らって、私たちスピリチュアリストとの出会いのチャンスを演出してくれるのです。

「そこで背後霊というものが用意されていて、自己実現にとって最善の道へ導こうと努力します。あなた方のもとを訪れる人の中には、そうやって背後に導かれて来ている場合があるのです。その時こそあなた方の活動の好機です。その人にとっても起爆剤に点火される決定的な出会いとなるかもしれません。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.176〜177

「あなたが力になってあげることのできる人が連れてこられます。あなたの方から探してまわることはありません。あなたから発せられる霊的な光輝によって、そういう人が惹きつけられるのです。その時こそ、あなたが人のために役立つことができるチャンスです。」

『古代霊シルバーバーチ 最後の啓示』(ハート出版)  p.48

「そういうものを必要とする人は、あなた方から呼びかけなくても、向こうから訪れるようになります。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.182

自分の力に頼った伝道は失敗する

伝道実践においていちばん重要なことは――「自分自身を常に霊界の道具とする」ということです。伝道の主役は霊界の人々であって、私たちは地上の道具として彼らに協力する立場にあります。霊界の人々は、時期がきて真理を受け入れられるようになった地上人を私たちのところに導いてきてくれます。時のきた人との出会いは、霊界人の働きかけによって実現するのです。私たちがなすべきことは、そうして導かれてきた人々に霊的真理を手渡すことです。これが道具意識に立った伝道です。

ところがこうした「道具意識に立った伝道」を知らないと、すべてを自分の力でやろうとするようになります。自分のがんばりだけで真理を伝えようと、やっきになります。これが他の宗教の布教活動の実態ですが、スピリチュアリストの中にも自力に頼った伝道をしている人が見られます。そうしたやり方では良い結果が得られないどころか、必死になればなるほど疲れ果ててしまいます。

自己流の伝道は失敗する

スピリチュアリストの中には、真理のレベルを下げたりアレンジして一般受けするようにすれば、多くの人々が真理を受け入れてくれるようになると考える人もいます。しかし、それでは決して良い結果は得られません。そうした人為的な手段では、人々の心を霊的成長の方向へ引き上げることはできないのです。

人為的な伝道方法は「霊的事実」に照らしたとき、明らかに間違っています。低い次元(大衆レベル)に降りていくことによって、より多くの人間に真理を伝えることができるという言い分はもっともらしく聞こえますが、その人は「霊界の導き」や「霊的真理の受容時期」という伝道の原則を全く分かっていません。そうした自己流の伝道が成功した例(ためし)はないのです。一時的に人が集まることはあっても、やがてバラバラと離れていき、最後には誰もいなくなってしまいます。この世の人々に迎合するようなやり方は、正しい伝道とは言えません。

自己流の伝道は、知らず知らずのうちに自分の実績だけを求める自己中心的な行為にすり替わっていきます。道具意識に立たない伝道は、この世の人気や名声を追い求める利己的行為に成り下がり、結局、自分の心を醜くすることになってしまいます。

「摂理を曲げてまで、人間の喜びそうなことを説くことは、私にはできません。」

『シルバーバーチの霊訓 霊的新時代の到来』(スピリチュアリズム普及会)  p.71

「純粋無垢の真理は時として苦く、また心を傷つけることがあるものです。しかし、あくまでも真実なのですから、いずれは良い結果を生みます。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.177

「それを利用したり広めたりする上において、そこに不純な思惑が絡んではいけないということになります。純粋で、最高で、至聖なる形で扱われねばならないのです。そうとは知らずに行っている人はまだしも、問題は、中途半端な理解で終わっている人たちです。根本原理をよく理解せずに、自己顕示欲に動かされ、混乱と迷惑のタネをまき散らします。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.146

最高の実績を上げる「道具意識」に立った伝道

伝道は「道具意識」に立ったとき、結果的に最高の実績を上げることができるようになります。シルバーバーチは――「皆さんは、心がけ一つで道具となれることを自覚なさってください」と言っています。霊界には、もっともっと人類のために働きたいと願っている霊が大勢います。彼らは、地上に働きかけることができる道具の登場を待ち焦がれているのです。

そうした状況の中で、自分を霊界の道具として捧げようとする地上人がいるなら、霊界でそれを見逃すことは絶対にありません。霊界の人々にとっては、この上ないチャンスの到来です。私たちが自分の利益を忘れ、ただ霊界の道具として働いていこうという純粋な決意を固めるなら、それが無視されることは決してありません。「霊界の道具として自分を使ってください」と祈った瞬間から、私たちは自分の限界を超えて、何十倍、何百倍もの力を持つことになります。自分一人では到底できなかったことが、霊界からの働きかけによって展開していくようになるのです。

霊界には、地上の道具を用いて「一人でも多くの地上人に真理を伝えたい」と切望する無数の霊が待機しています。私たちが自らを「霊界の道具」として伝道に臨むとき、それを霊界の霊たちが見逃すはずはありません。

「その道具が多すぎて困るということは決してありません。こちらの世界では、使用に耐えられる人物の出現を今か今かと待ちうけている霊がいくらでもいるのです。私たちの方から皆さんを待ち望んでいるのです。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.115

「私の世界には大霊の使者の大軍が控え、いつでも地上世界のために手助けをする用意を整え、あなたのような“道具”が“私はいつでも用意ができております。どうぞお使いください”と言ってくださるのをお持ちしている事実を、この目で見て知っているのです。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.64

「あなた方が道具を提供し、その道具を使って私たちが仕事をするということです。」

『シルバーバーチの霊訓(2)』(潮文社)  p.44

「道具意識」によって高められる利他愛

霊界の道具に徹することは、本当の利他愛に立つことです。自らを「霊界の道具」と位置づけしてスピリチュアリズムのために貢献するなら、最高の人類愛を実践していることになるのです。伝道における動機の純粋性は、「道具意識」によって明確になります。「人のため」という利他愛が伝道の動機でなければなりませんが、それは道具意識によって最も純粋なものへと高められるのです。

それに対して道具意識のともなわない伝道は、いつの間にか自分の満足だけを求める利己的な行為に陥ってしまいます。伝道における正しい動機とは、道具意識に徹しているかどうかで決定されるものです。「自らを霊界の道具とする」――すなわち正しい動機に基づく伝道であるなら、必ず霊界の人々の応援を得られるようになるのです。

高級霊の伝道姿勢を手本として

伝道を進めるうえで手本とすべきは、霊界の人々の利他愛の姿勢です。私たちは、霊界人の愛の姿勢に倣ってこの世の人々に接していくのです。「見返りを一切求めない」「自分のことを忘れてただ相手の霊的成長と幸せを願い、できる限りのことをする」「相手が誰であれ差別をしない」「相手の態度に感情的な反応をしない」「分ってくれたら喜び、拒否されたら相手に同情し哀れに思う」――これが、高級霊が私たちに示してくれている伝道姿勢の手本です。

2)時期のきた人に伝える

伝道に関する2つ目の原則は――「時期のきた人だけを伝道対象とする」ということです。私たちはすべての地上人類が「霊的真理」を受け入れてほしいと願っていますが、実際にはそれは不可能です。一定の霊的レベルに至らないかぎり、霊的真理を受け入れることはできないからです。そのためスピリチュアリズムの伝道では、相手の受け入れ時期を重要視します。

「“馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることまではできない”という諺があります。ナザレのイエスも、豚に真珠を投げ与えるような愚かなことをしてはいけないと戒めております。霊的真理というものは、それを理解する能力が備わっていない人には、どう押しつけても無駄であることを教えているのです。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.79

「真理というものは受け皿が用意されて初めて受け入れることができるのであって、それ以前は知らん顔をしているものです。精神が受け入れる気になったときに、真理の方からやってくるのです。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.62

「魂の受け入れ準備がすべてに優先するということです。魂がその真理を理解できる段階まで成長したときに初めて、その真理の方からやってくるのであり、それまでは得たいと思っても得られないということです。受け入れるだけの態勢ができ上がっていないからです。“豚に真珠”とは、そのことを言っているのです。」

『スピリチュアリズムによる霊性進化の道しるべ』(スピリチュアリズム普及会)  p.87

時期のきた人とは

時期のきた人とは、それまでの人生における悩みや苦しみの体験を通して「カルマ」が切れ、一定の霊性レベルに至った人間のことです。そうした人は、“魂”を満たしてくれる真理との出会いを真剣に待ち望むようになります。真理を受け入れることのできる時期のきた人間がスピリチュアリストと出会ったときには、たちまち惹きつけられ、「もっともっと話を聞きたい」と思うようになります。スピリチュアリズムを正しく理解するには、どのような本を読んだらいいのかと、自ら質問してくるようになるのです。

時期のきた人は、ドアを軽く押すだけで反応する

シルバーバーチは――「軽くドアを押してみるのです」と、伝道の秘訣を教えています。時期がきているかどうかを見きわめるには、少しだけ「霊的真理」を示してみればよいのです。相手に時期がきていれば、それだけですぐに飛びついてくるはずです。ほんの少し霊的真理を語るだけで、こちらに関心を向けるようになるのです。

一方それとは逆に、相手に「霊的真理」を受け入れる時期がきていなければ、いくら分からせようと必死に働きかけても、結果的に時間とエネルギーの浪費に終わってしまいます。受け入れる時期のきていない人間に無理やり霊的真理を分からせようとすることは、正しい伝道ではありません。霊的真理の所在を知らせ、時期のきた人が向こうから接触してくるようにするのが、霊界とタイアップした伝道方法なのです。時期のきた人との出会いが実現したときには、霊界の導きが手に取るように感じられ、大きな感動を味わうことになります。

「そういうものを必要とする人は、あなた方から呼びかけなくても、向こうから訪れるようになります。(中略)いつでも手を差し伸べられる用意をしておくことが大切です。あなた方自身も、そういう人がいてくれたからこそ霊的真理に目覚めることができたのですから。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.182

「忘れないでいただきたいのは、あなたのもとを訪れる人、あるいは、あなたの方から出向いてあげる人はみな、肉体の奥に埋もれている魂が自由を求め、無知と迷信から脱け出ようとしている人々であるということです。その牢獄の扉を押し開けて魂を解放してあげるのが、あなたの仕事です。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.114〜115

洗脳と布教活動

時期のきた一人一人に「霊的真理」が手渡されるという形で、スピリチュアリズムは拡大していきます。そこには世間の宗教に広く見られる“無理強い”といった要素は全くありません。

多くの宗教では、できるだけ短期間に大勢の信者を獲得しようと考え、大衆を講話やセミナーに誘い、そこで教義を一方的に教え込むといった布教方法をとっています。その際、強烈な洗脳的手段が用いられることもあります。組織宗教の布教には、しばしば洗脳的要素が付きまといます。洗脳的手段によって短期間に人間の心が大きく変化し、別人のようになってしまうこともありますが、所詮それは一時的であって大半の場合、時間の経過とともに熱が冷めてしまいます。そして「あの心の高まりはいったい何だったのか?」と、恥かしく思うようになるのです。

スピリチュアリズムの「霊的真理の普及」は、大衆扇動による一時的な感動や洗脳とは無縁です。一般大衆を対象とした布教ではなく、時期のきた一人一人を対象とする個別的な方法で伝道を進めていきます。

人によっては“狂信的信仰”が性分に合ってその中にのめり込み、熱心な活動家や組織の幹部になっていくケースもあります。そうした人間は、いつまでも霊的成長の道を踏み出せず、一生を棒に振ることになります。宗教組織の歯車としての活動の結果、「霊的成長」という最も大切な宝を犠牲にすることになるのです。彼らは、強引で狂信的な布教を“神のため”と思い込んでおり、洗脳から抜け出すことができません。そして死後初めて、地上での信仰生活の間違いに気がつくようになります。

「一人、そしてまた一人と、非常にゆっくりとした根気のいる仕事ではありますが、それ以外に方法がないのです。大勢の人を一度に変えようとしても、必ず失敗します。暗示が解け、普通の感覚に戻ったとき、すべてが忘れ去られます。そうした一時の興奮から目覚めた者は、気恥ずかしささえ味わうものです。」

『古代霊シルバーバーチ 不滅の真理』(ハート出版)  p.118

「集団的暗示や熱狂的説教による陶酔ではいけません。理性と叡智と論理と常識、そして何よりも愛をもって、真実を説くことによって一人ひとり得心させていかねばなりません。結局はそれしかないのです。」

『シルバーバーチの霊訓(7)』(潮文社)  p.55

講演会やマスメディアの利用では、伝道はできない

地上人が「霊的真理」を受け入れるためには、一定の霊的レベルに至っているという条件が満たされなければなりません。つまり相手に時期がきていなければ、どんなに必死に伝道しても、どのような方法をとっても、決して受け入れられることはないということです。

これは、テレビや新聞・雑誌などのマスメディアを用いて大勢の人間に一度に真理を伝えようとしても無駄になる、ということを意味しています。講演会やセミナーなどによって一時的な興奮や感動を与えることはできても、本当の伝道は成立しません。そうした興奮や感動は、すぐに冷めて元に戻ってしまいます。

「魔法の杖の一振りで何千人、何万人もの人を一度に改心させて霊的な価値を悟らせるなどということは、絶対にできません。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.112

スピリチュアリズムは、時期のきた一人一人に真理が手渡される中で進展していくものです。「霊的真理普及の原則」を忘れてはなりません。霊的真理の伝道についての基本を、シルバーバーチの言葉でもう一度確認しましょう。

(質問)――霊界側がスピリチュアリズムの普及を望んでおられるのなら、もっと新聞などを使った宣伝をなさるとよいのではないでしょうか。

「これは、これは、驚きました。あなたは霊的知識の普及がどういうものか、よくご存じないようですね。知識が普及するということは結構なことです。しかし宣伝効果となると、また話は別です。魂が真理に目覚めて感動するには、それぞれに時期というものがあるのです。

私たちは私たちなりの手段を講じています。計画はきちんとでき上がっているのです。あとはあなた方の世界からの協力が必要なのです。」

『シルバーバーチは語る』(スピリチュアリズム普及会)  p.61

「スピリチュアリズムの伝道は霊界主導で進められていく」そして「時期のきた人しか霊的真理は受け入れられない」――伝道におけるこの“二大原則”を、しっかりと心に留めておかなければなりません。