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(4)霊的真理の普及活動の実際

――“種蒔き”に徹する

いよいよ実際に「霊的真理の普及活動(伝道)」に入っていきます。現実の伝道は、どのように進めていったらよいのでしょうか。

1)霊的真理の種蒔きと、時期のきた人との出会い

スピリチュアリズムの伝道の特徴は「霊的真理の種蒔き」

スピリチュアリズムの「霊的真理の伝道」には、洗脳も、狂信的で強引な布教も必要ありません。そもそも洗脳といった不自然な方法をとらなければならないのは、時期のきていない人間を対象としているからです。自分から真理を求めていない人に、無理やり真理を押し付けようとするからです。スピリチュアリズムでは、時期のきた人だけを伝道の対象としています。

霊的真理を示して、時期のきた人がスピリチュアリズムに触れることができるようなチャンスを提供すること――これが「種蒔き伝道」です。霊的真理の所在を示すことによって、霊界からの導きが実を結ぶように仕向けることが、私たち地上のスピリチュアリストの役目なのです。

スピリチュアリズムの伝道は、「霊的真理の種蒔きに徹する」ということです。真理の種蒔きの手段は、さまざまです。会って話をしたり、手紙やインターネットを用いたり、読書会やスピリチュアル・ヒーリングを通して働きかけることもできますが、大切なことは、どのような方法であっても「霊界の道具として、ひたすら霊的真理の種蒔きに徹する」ということです。

「真理の種蒔き」の意義

スピリチュアリズムの伝道の大半は、霊界から進められます。真理普及の“主役”は、霊界の人々です。霊界の人々は、時期のきた地上人を私たちスピリチュアリストと出会わせるように導きます。そうした霊界サイドの導きが地上において実を結ぶためには、地上サイドに“受け皿”を準備しなければなりません。地上のスピリチュアリストが、自分たちのところに霊的真理があることを世間に広く示すことが受け皿づくりであり、それが「真理の種蒔き」なのです。

ネット・新聞広告・ポスター・チラシなどを用いて真理の種蒔きをして、「読書会」への参加を呼びかけるのもよいでしょう。外の人間の集まりに参加して自分がスピリチュアリストであることを知らせたり、手紙などを利用するのもよいでしょう。自分で良いと思うことは何でもやってみることです。できるだけ多くの人に、自分が「霊的真理」を持っている人間であることを知らせるのです。そうすれば霊界の人々はそれを利用して、時期のきた人と私たちとの出会いのチャンスをつくってくれます。霊界から働きかけて時期のきた地上人をその場に導いたり、インスピレーションによって私たちスピリチュアリストの存在を教えてくれたりします。

「肝心なことは、各自がその能力に応じて精いっぱい、真理の普及に努力することです。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.187

スピリチュアル・ヒーリングも「霊的真理の種蒔き」の一つ

「たった一人でも霊的真理を伝えることができたなら、あなたの人生は無駄ではなかったことになります」――これはあるスピリチュアル・ヒーラーに向けてのシルバーバーチの言葉です。病気が治ることよりも、患者が霊的意識に目覚めることの方が大切であると言っているのです。この言葉は、心霊治療(スピリチュアル・ヒーリング)はどこまでも霊的真理普及の一つの手段にすぎない、ということを意味しています。

新興宗教による浄霊(除霊)治療や、世間で流行しているさまざまなヒーリングや気功治療では、病気が治ったことを誇張して宣伝します。治療実績を自己宣伝の格好の材料にして、人集めに奔走しています。

しかしスピリチュアリズムのヒーリングにおいては、病気が治るかどうかは大きな問題ではありません。重要なことは、ヒーリングによって相手の魂が目覚めるかどうか、真理を受け入れられるようになるかどうかなのです。この点で、スピリチュアリズムのヒーリングと他のヒーリングは根本から違っています。目的が全く違うのです。スピリチュアリズムのヒーリングは「霊的真理の伝道」のため、「霊的真理の種蒔き」のために行うものなのです。

もし、スピリチュアル・ヒーリングに携わりながらいまだに表面上の治療実績にこだわったり、それを自慢するような人間がいるとするなら、スピリチュアル・ヒーリングの目的を理解していないことになります。スピリチュアル・ヒーリングの本質を外れて、何の価値もないこの世のヒーラーと同じレベルに堕ちているということです。そうしたヒーリングは自己満足にすぎず、自分の心を傲慢にするだけです。

スピリチュアリストは、「霊的真理普及」の手段としてのヒーリングでないかぎり、する必要はありません。スピリチュアリズムの霊的真理を知った者は、高級霊の願いからずれたヒーリングはやめるべきです。現代医学に見放され、すがってくる患者を相手にするだけのヒーラーは巷に数多くいます。しかしヒーリングを「霊的真理普及」の手段にできるヒーラーは、めったにいないのです。真理を知った本物のスピリチュアル・ヒーラーは、他のヒーラーとその内容において根本的に違っていなければなりません。

2)霊的真理を手渡すまでが、私たちの責任領域

伝道についてさらに心得ておくべきことは――「私たちスピリチュアリストの責任の範囲は、時期のきた人に霊的真理を手渡すまで」ということです。その後、相手が霊的真理を活用して霊的成長の道を歩んでいくかどうかは、私たちの責任の範囲外のことなのです。“せっかく出会えたのに……”という思いからいつまでも相手に固執し、未練を持ち続けていてはなりません。「手にした真理を活用して霊的成長の道を歩んでほしい」と祈ったあとは、すぐに次の新しい人との出会いを求めて出発すべきです。もし一人の相手に固執するなら、その伝道は種蒔きではなくなってしまいます。

もちろん出会いの後、相手がさらに「霊的真理」を求めてくるときには、自分の持っているものを可能なかぎり与えてあげるのは当然です。しかし相手の「霊的成長」に関しては、どこまでも本人任せにしなければなりません。相手に対して「もっともっと成長してほしい」と願うことは純粋な愛の思いですが、本人の霊的成長は、私たちの手が届く領域を越えた世界のことなのです。私たちが何もかも責任を持とうとしてはなりません。「霊的真理を手渡すまで」がなすべきことであって、あとはすべて本人の責任なのです。

「それからあとのことは、あなたの関与することではありません。その人は本当の自分を見いだしたのですから、それからあと、その本当の自分の存在の意義をどういう形で生かすかは、その人自身が決めることです。たとえ試行錯誤を繰り返しながらであっても、なんとかして自分を人のために役立たせようと努力していれば、そういう人への援助を仕事と心得ている高級霊がしかるべく指導してくれます。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.113

もし、こうした“霊的原則”を踏み外して特定の伝道相手に固執し、心の成長にまで干渉し始めると、いつの間にか相手を自分の所有欲の対象として眺めるようになってしまいます。私たちは、相手の「霊的自立」に向けて働きかけるべきです。べったりと頼られるような接し方をしてはなりません。相手は、すでに「霊的真理」を手にしているのです。あとは本人が自分の責任において真理を実践し、霊的成長の道を歩んでいくように仕向けることが大切です。それが“種蒔き”としての伝道であり、正しい霊的真理の普及活動なのです。

3)読書会やサークル活動を主催するうえでの注意点

霊的真理を中心とする少人数のサークルや読書会などの集まりは、“霊的人生”を歩むうえでとてもプラスになります。こうしたサークル活動は、霊的真理の伝道の一環と言えます。ただしその際、注意すべき点があります。スピリチュアリズムのため、人々のためと思って出発した集いが、いつの間にか主催者の“自己満足”のための活動にすり替わってしまうことがあるからです。残念なことに、そうしたケースをしばしば目にします。その結果、真理を中心としたスピリチュアリストの集いとは程遠い、単なる低俗な人間の集まりになってしまっています。

人々が寄ってくると、主催者の心には無意識のうちに“所有欲・支配欲”が湧いてくるようになります。サークルや読書会を主催する者は、常にこうした誘惑との闘いをしなければなりません。この闘いに勝利できなければ、伝道は利己的な活動に堕ちてしまうことになります。「サークルづくりの問題」については、8章の「霊的なサークルづくり」の箇所で詳しく説明します。)