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(3)祈るための資格

最高の誠意が要求される祈り

祈りは、地上世界における最も純粋な霊的活動であり、私たち人間が「魂の親」である神の前に心を解き放ち、神と深く触れ合う時間です。たった一人で神の前に出ていき、「神の子供」という純粋な霊的存在として立つ最も崇高で厳粛な時間です。祈りは、地上のいかなる人間よりも神を重視し、神に信頼を寄せる行為です。いかなる人間関係よりも、神との愛の関係を優先する霊的営みなのです。

祈りに臨むに際しては、当然のこととして“最高の誠意”が私たちに要求されることになります。「神の子供」として恥ずかしくない清廉潔白な人間であってこそ、神の前に出ていくことが許されるのです。

神の前での誠意とは

では、私たちが持つべき“最高の誠意”とは何でしょうか。それは、常日頃から「霊的真理を実践しようと精いっぱい努力している」ということです。そうした真摯な歩みをしているときのみ、直接、神に語りかける資格が与えられるのです。未熟さ・足りなさがあっても、神の前に出ていくことが認められるのです。

自分の醜い心との闘いをしている人間だけが、「もっと自分を清らかにしてください」と祈り、神に許しを請うことができます。苦しみに正面から立ち向かう努力をしている人間だけが、「もっと強い心を与えてください」と願い求めることができます。自分の事情を後回しにして、他人のために最善を尽くしている人間であればこそ、「もっと力を貸してください。もっと深い愛を宿らせてください」と、神に援助と導きを求めて祈ることができるのです。

このように「祈る資格」は、常に霊的真理にそった真剣な努力をしている人間だけに与えられるものです。これは――「祈りには霊的真理を実践しようとする意欲が先行していなければならない」ということを意味しています。祈りは、実践を前提としてのみ価値があるということなのです。

「あなた方を悩ますすべての問題と困難に対して、正直に、正々堂々と、真正面から取り組んだとき――解決のためにありたけの能力を駆使して、しかもなお力が及ばないと悟ったとき、その時こそ、何らかの力、自分より大きな力を持つ存在に対して、問題解決のための光を求めて祈る資格ができたと言えましょう。」

『古代霊シルバーバーチ 不滅の真理』(ハート出版)  p.152