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1)リーダーとしての務めは、スピリチュアリズムへの大きな貢献

孤独で辛いリーダーの立場

スピリチュアリスト・サークルを立ち上げようと決意した人は、メンバーが増えるにともない、自動的にサークルの中心的立場・リーダーとしての立場に立つことになります。サークルのまとめ役として会場の予約をしたり、学習会の準備をしなければなりません。また、集まりを開くたびにその進め方をあれこれ考えたり、今後のサークル活動の予定を立てなければなりません。時には、メンバーの人間関係を仲裁する役割も果たさなければならなくなります。こうして一人の人間(リーダー)に、サークル活動に関するすべての仕事が集中するようになります。サークルのリーダーは、常にたいへんな仕事と責任を担うことになるのです。

サークルのリーダーは、肉体ばかりでなく精神的にも霊的にもくたくたになり、遅かれ早かれ「自分にはとてもこの役目は務まらない」と思うようになります。サークルのリーダーになると誰もが、自分自身の力に限界を感じるようになり、「もはや自分一人の力では、これ以上やっていけそうにない」と考え、大きな壁に突き当たることになります。そうした時、ふっと虚しさを覚え“サークルを解散して、一人のスピリチュアリストに戻ってしまいたい”と思うようになります。サークルのリーダーは、一度はこうした孤独で辛い世界を体験することになるのです。

リーダーとしての務め

リーダーとしての役割を果たすためには、たいへんな苦労と孤独がともないます。何のために自分の時間と生活を犠牲にしなければならないのか、どうして家庭も財産も犠牲にしなければならないのか、と考えてしまうかもしれません。しかし、それはすべて“スピリチュアリズム”のためにしていることです。見方を変えるなら、そうした犠牲の分だけ、スピリチュアリズムに対して大きな貢献をしているということなのです。

スピリチュアリズムのために自らを犠牲にするところには、霊界から多くの援助が与えられます。リーダーは一人で戦っているのではなく、常に霊界の霊たちの応援を受けてやっているのです。地上人には目の前のメンバーの姿しか見えませんが、背後では多くの霊たちが群がり、全力をあげて援助してくれています。それにより時期がきて今後、出会うことになる人との距離がどんどん縮まっているのです。霊界の人々との絆は確実に強固になっていきます。こうした「霊的事実」を忘れてはなりません。

サークルのリーダーは、まさに歴史的なパイオニアとして戦いの最前線に立っています。スピリチュアリズムのために苦労し、犠牲になることほど価値ある地上人生はありません。サークルのリーダーとして体験する(一般では決して味わうことのない)苦労・孤独・悲しみ・疲れ……、これらはすべてスピリチュアリズムのための犠牲であり、ありがたいものなのです。

皆さんがリーダーとして苦労すればするほど、誰も手にすることのない貴重な霊的宝が得られるようになります。犠牲的な歩みの中で人間性が磨かれ、広くて深い心を持つことができるようになります。また、人間の心の複雑さを知り、よりいっそうスピリチュアリズムに貢献するための、大きな力を養うことができるようになるのです。

リーダーは常に、神と霊界を拠りどころにすべき

スピリチュアリスト・サークルのリーダーは、絶えずメンバーから頼られる存在であり、何かとメンバーの面倒をみなければなりません。リーダーは、サークルを維持するために常に最も多くの犠牲を払うことを要求されていますが、それでいてメンバーや周りの人々からは真っ先に批判の対象にされるという弱い立場に立っています。リーダーは決まって、孤独な世界を体験することになります。

こうした厳しい状況の中で役目を果たしていくリーダーには、神と霊界に対する深い信仰心が必要とされます。人間である以上、辛いときにはついサークルのメンバーに頼りたくなりますが、そうしたときこそ弱い心をぐっと抑えて、神と霊界だけを拠りどころにして乗り越えていかなければなりません。

リーダーには――「自分の人生をただスピリチュアリズムのために捧げたい、一人でも多くの人に永遠の霊的救いをもたらしたい」との強い思いが必要です。「可能なかぎりスピリチュアリズムのために奉仕したい、自分の人生を捧げ尽くしたい」という、一点の曇りもない純粋な動機が必要です。そうした神と高級霊の前に恥じない誠実さがあればこそ、霊界の全面的な応援を得られるようになるのです。高級霊の応援だけがリーダーの本当の心の支えとなり、サークルを牽引していく力となるのです。

常にサークル全体の進歩・向上をはかる

健全なサークル活動が行われ、メンバーの一人一人が霊的成長の道を歩むにつれてサークル全体の霊的レベルも上昇し、より純粋な人間関係・より密接な霊界との関係が築かれるようになります。そしてスピリチュアリズムのための、さらなる貢献の道が開かれるようになります。

リーダーは常に、今より高いサークルの目標を設定し、全体を導いていくことが必要です。サークル全体として常に高い世界を目指さないかぎり、サークルの生命力は失われ、マンネリ化し、やがてサークルの存在自体が意味を失ってしまいます。メンバーの一人一人はスピリチュアリストとして、どこまでも霊的成長と貢献の道を求めるべきですが、サークルもそれと同じで、よりいっそう高い世界、よりいっそう多くの貢献を目指し続けなければならないのです。

2)リーダーに必要とされる、さまざまな霊的内容

サークルの発展は、リーダーの内容によって決定する

スピリチュアリスト・サークルの発展は、リーダーの内容と力量によって決定される一面を持っています。リーダーにとって最も重要な内面的要素は、霊的な純粋さです。霊界の人々の応援を引き寄せられるだけの霊的内容があるかどうか、ということです。「無私無欲で謙虚な道具意識」「見返りを一切期待しない犠牲精神」「スピリチュアリズムへの貢献性」「霊的導きに対する信頼」「いかなる困難にもめげない忍耐力」「他人の足りなさに対する寛容性」といった内容が必要とされます。

リーダーにこうした霊的内容があるか否かで、サークルの発展が決まることになります。これに加え、優れた人間性(明るさ・気さくさ・上品さ・面倒見のよさ・ユーモアのセンス)とスピリチュアリストとしての豊富な体験があるなら、サークルは大きく発展する可能性を持つことになります。限界状況の中で神にすがるしかない体験、もはや人間の力には頼れないといった体験を多く積んでいるほど、困難に遭遇したときに深い洞察力を働かせることができるようになります。厳しい試練を乗り越える中で、リーダーに求められる的確な判断力が身につくようになるのです。

さらにリーダーには、霊的知識の力が必要となります。霊的真理の深い理解は、リーダーの力量の一部です。リーダーは学習会を意義ある方向に導き、メンバーからの質問に答える力を持たなければなりません。とは言っても現在、十分な知識がないからといって悲観的になる必要はありません。知識については、真剣に学ぶ姿勢さえあれば、今後の歩みの中で確実に力をつけることができるからです。

リーダーのトータル的な力量によってサークルの発展は決定されますが、リーダーとして最も重要な内容は、何と言っても「純粋な道具意識と犠牲精神」であり、「徹底した奉仕精神」です。それに比べれば体験の有無や知識の多少は、それほど決定的な影響力を持つことはありません。

リーダーに求められる純粋な動機

もし、リーダーの動機が不純である場合、やがてそれがエゴ的世界を増幅し、スピリチュアリズムから逸脱していくことになります。当然、本人は霊界において“自分自身を裁く”という哀れな結果を招くことになります。動機こそが、リーダーにとって一番重要な要素なのです。

スピリチュアリスト・サークルや読書会を主催する者は、自分の城をつくるというような狭い意識にとらわれてはなりません。サークルのメンバーが協力して人類救済活動に貢献しているのだという「共同意識」を持ち続ける必要があります。

そうした意識を持っていないと、せっかくのサークルや読書会の運営も、単なる自己満足のためのエゴ的活動になってしまいます。常にスピリチュアリズムを推進するために働いている霊界の人々の立場に立ち、その思いを共有して地上で歩んでいかなければなりません。

3)メンバーへの指導について

メンバーを育て、サポートする

リーダーは、好むと好まざるとにかかわらず、メンバーの霊的な教育に関わることになります。メンバーの中に全体の調和を乱すような者がいるときには、誠意を持ってじっくり話し合い、間違いに気づかせてあげなければなりません。親や先生のような立場で、スピリチュアリストとしての正しいあり方を教えてあげるのです。また、日常生活に飲み込まれてしまって霊的力を失ったり、失敗から絶望的になっているメンバーに対しては、霊的真理を語って視野を広げてあげることも必要です。時には優しく励まして、やる気を取り戻させてあげることもしなければなりません。

「同志の中に手を焼かせる者がいたら、その人のことを気の毒に思ってやることです。道を間違えているのです。そういう人間を激しい口調で説き伏せようとしてはなりません。素朴な真理を教えてあげるだけでよろしい。そのうち分かってくれるようになります。」

『シルバーバーチの霊訓(8)』(潮文社)  p.216

「その種の人間に個人的見解の相違を忘れさせ、基本の原理・原則に立ち帰って、最初にこの仕事に情熱を燃やした時の目標に向かって無心に努力するように指導することです。」

『シルバーバーチの霊訓(8)』(潮文社)  p.214

優しさの安売りをしない

ここで注意しなければならないことは、「優しさの安売りをしない」ということです。いったんは「大人の霊」としてのレベルに至ったとしても、メンバーには未熟さも欠点も多くあります。それを指摘したり注意することは、リーダーにとっても注意される相手にとってもイヤなことです。しかし相手の「霊的成長」を考えたとき、言いたくなくても、敢えて心を鬼にして言わなければならないこともあります。

現代社会では、親と子・教師と生徒・上司と部下という上下関係が崩れ、間違った平等主義が広まっています。その影響で、親や教師や上司は厳しさを捨て去り、優しさだけを与えるようになっています。相手の問題点や欠点を知っていながら、知らない振りをするようなこともあります。そしてそれに対して、“相手はそのうち分かるようになるから長い目で見ていよう”と、自分自身に言い訳をするのです。注意するのが当然であるのに、それをしないで相手の顔色をうかがい、嫌われないように努めるのです。

そこには、もはや本当の愛情はありません。単なる表面的な愛情があるだけです。本当の愛情があるなら、相手のためを思って注意したり、厳しいこと・嫌がることも言えるはずです。相手から嫌われたくない、相手から愛のある人間として見られたいと思っているのです。それは相手から愛され、好かれることを優先しているということであり、本末転倒したあり方です。“優しさと厳しさ”がともにあってこそ、「真の利他愛」と言えます。

サークルのメンバーは“スピリチュアリズム”という共通の理念を持ち、それに従って生きようとする者たちであり、一般の人々の関係とは違っています。神と霊界の人々の前に正しくあろうとする、共通の深い絆があります。厳しさのともなう真の利他的関係を築くことができる可能性を持っているのです。

過剰な干渉をしない

さらに、メンバーの教育に携わるにおいて、次のような点を心しなければなりません。それは「過剰な干渉はしない」ということです。リーダーとして相手の成長を願うあまり、つい手出しをしたくなりますが、最後は本人の問題であるということを忘れてはなりません。相手の成長のために熱心に働きかけ、可能なかぎり指導はしても、最終的には「霊的成長」はすべて本人自身の責任なのです。

教え好きが高じると、いつの間にか“相手を自分の思いどおりにしたい”といった方向に道を間違えるようになります。熱心さから、「霊的成長は自己責任」という摂理を踏み外すようなことをしてはなりません。

袂を分かつべき人とは、潔く手を切る

時には、長い間、同志として共に歩んできたメンバーが、サークル全体の進歩にとって決定的なマイナスとなるような行為に走ることがあります。また、完全に日常生活に埋没し、貢献への情熱を失ってしまうようなことも起こります。そうしたときリーダーは、サークル全体のために、そのメンバーにサークルから去ってもらうようにしなければなりません。

長年、苦労を共にしてきたメンバーと袂(たもと)を分かつのは、とても辛いことですが、毅然たる決断をしなければなりません。スピリチュアリズムの本道から外れたメンバーの運命は、「守護霊」に任せておくしかありません。長い目で見たとき、回り道をしたり後退することがその人間にとってふさわしい歩みとなることもあります。いったんスピリチュアリズムと深い関わりを持ち、霊界との絆ができた以上、人生の次の転換期には新たな自覚がもたらされるようになるはずです。

「時として、悲しいことですが、この道に携わっている人が本来の目的を忘れて我欲を優先させ、一身上の都合の方が大義より大切であると考えるようになったりします。万が一そういう事態になった時は、それは本来の道を見失ったわけですから、その人のために蔭で涙を流しておやりなさい。」

『シルバーバーチの霊訓(8)』(潮文社)  p.209

「袂(たもと)を分かつべき人とは潔く手を切り、その人の望む道を進ませてあげればよろしい。」

『古代霊シルバーバーチ 新たなる啓示』(ハート出版)  p.47