MENU

2.霊界における宗教の状況と、スピリチュアリズムによる人類史上“最大の宗教革命”

(1)狂信者の死後の状況

霊界における宗教の実態と、今後の地上の宗教の運命について見ていく前に、地上で宗教を狂信してきた人間の死後の様子を見ることにします。

死の自覚を持てず“地縛霊”となる他界者

たいていの人間は死後、「幽界」という霊界の最下層の領域で一定の期間を過ごすことになります。幽界での生活を通して、地上的な意識や感覚や嗜好を取り除いていくことになります。これが幽界における“地上臭”を拭い去るプロセスで、他界者はこの期間を通して霊的に純化され、本格的な死後の世界である「霊界」に入っていく準備を整えることになります。

ところが大半の人間は、死の直後に混乱状態に陥ります。生前から死後の世界について学んでこなかったために、自分が死んだことに気がつかず、当惑するようになります。そうした人間も幽界で一定の期間を経ると徐々に自分が死んだことに気がつくようになりますが、中にはいつまでも「死の自覚」を持てない人がいます。唯物論者や特定の宗教の狂信者がそうした人間で、自分の死を頑なに否定します。その結果、地上時代の延長のような時を過ごすことになります。すでに死んでいるにもかかわらず自分の死を認めず、地上にいると思い込んで、地上時代と同じような生活を続けることになるのです。これが“地縛霊”と言われる存在です。

“地縛霊”となる宗教の狂信者

地上時代に特定の宗教に属し、その教義を何の疑いもなく信じ込み、信仰に一生を捧げてきたような者(狂信者)は死後、しばしば“地縛霊”になります。地上に近い「幽界下層」には、狂信者の地縛霊が集まっている“暗黒のスポット”があります。狂信者の地縛霊がたむろしている地獄さながらの場所があるのです。

死んで最初に赴く「幽界」は、外見上はきわめて地上に似ているため、多くの人間がまだ地上世界にいると思ってしまいます。自分を取り巻く環境があまりにも地上に似ているため、自分が死んでいることに気がつかないのです。幽界下層にいる狂信者の地縛霊たちは、そこで地上時代と同じ信仰生活を続けることになります。奇妙な話に聞こえるかもしれませんが、幽界では思念が実態化して形体を持つようになるため、地縛霊の思念によって地上と同じような教会や集会所が出現することになるのです。

幽界でも続く“狂信”

狂信者は思念によって出現した教会に集まり、そこで一日中、賛美歌を歌ったり、祈りを捧げたり、説教を聞いたりして時を過ごします。くる日もくる日も同じような信仰生活を送ります。幽界では、地上時代に一番価値があると思ってきたこと、やりたかったことが実現するのです。幽界は、思念がそのまま形をとって現れる世界であり、地上世界のような物質的制約がないため、自由自在に自分の好きなこと(信仰生活)ができます。そしてそうした生活に疑問を感じたり、飽きがくるようになるまで続けることになるのです。熱心なイスラム教徒の場合には、死後もしばらく、1日5回の礼拝を続けることになります。

狂信者の地縛霊がつくり出す幽界下層の宗教グループは、ある意味で地上の狂信的な宗教組織とよく似ています。そこでは地上時代の教祖を取り巻くようにして狂信者が群がっています。彼らは教祖の熱狂的な説教に陶酔し、自分たちの宗教グループこそがこの世で一番正しくて、神の御心に忠実であると思い込んでいます。世界人類を救済するのは自分たちしかいないと、心の底から信じているのです。

地上時代に特定の宗教を狂信してきた人間は、死後“地縛霊”になります。幽界では、こうした人間が集まって宗教グループが形成されます。現在、幽界下層には狂信者の地縛霊からなるグループがいくつも存在しています。そうした地縛霊のグループは、外部から見ると“暗黒のスポット”のように映ります。そしてその中で地上時代と同じ狂信的な信仰が続けられ、自己満足の世界が展開しているのです。

暗黒のスポットには、地上で教祖や救世主・再臨主として崇拝されてきた“カリスマ”がいることもあります。そのカリスマを中心として狂信的なグループが形成され、異常な雰囲気を醸し出しています。幽界下層には、神智学やクリスチャン・サイセンスやキリスト教の一派、イスラム教や新興宗教の一派からなる“地縛霊のグループ”が現実に存在しているのです。

地上の信仰者に憑依する“地縛霊”

今述べたように死後、地縛霊となった狂信者は、地上で同じ宗教を信じてきた者たちと仲間(グループ)を形成し、地上時代と同じ信仰生活を続けることになります。

一方、地上サイドでは、かつての自分がそうであったように同じ宗教の信者が集まって礼拝をしたり集会を持ったりしています。そうした地上での狂信的な雰囲気が、幽界にいる地縛霊に悪影響を及ぼすことになります。地縛霊は地上人の熱狂的な雰囲気によって意識が地上に引き寄せられ、地上の教会に集まっている信者たちと霊的に共鳴するようになります。地上の信者の中には、霊感のある人間・霊媒体質の人間がいます。地縛霊は、そうした人間に憑依するようになるのです。

地縛霊に憑依された霊媒体質の人間は、地縛霊と意識が融合するようになるため、突然、異常なことを口走ったり、異常な行動に出るようになります。「神の声が聞こえた」「イエスの姿が見えた」などと言う者が現れ、大騒ぎになります。こうしたことを繰り返しているうちに周りの人たちも、「頭がおかしいのではないか? 気違いになったのではないか?」と考えるようになり、憑依された人間は結局、精神病院に入院させられることになります。

狂信的な地縛状態から抜け出す

地縛霊からなる宗教グループを抜け出すには、地縛霊みずからが、自分の考え方の間違いに気がつかなければなりません。しかし、地上で受けた宗教の“洗脳”は強力で、間違った教えが魂に染み込んでいるため、霊的覚醒にとって大きな障害となります。狂信者は死後も“霊的牢獄”に閉じ込められたままで、そこから一歩も外へ出ることができないのです。熱烈な新興宗教の信者が突然、死んだような場合には、例外なく地縛霊になります。そして幽界下層で狂信的な生活を続けることになるのです。

こうした地縛状態で幽界下層に留まり続けている狂信者の霊たちにも、いつかは霊的覚醒の時が訪れます。徐々に霊的意識が芽生え、自分の死に気がつくようになります。そして地上時代から続けてきた信仰は間違っているのではないかと思うようになり、狂信者のグループから離れて別の生き方をしようと考え始めます。

地縛霊を救い出そうと待ち構えていた“救済霊”は、この機会を見逃さず、ただちに働きかけを開始します。救済霊の中には、かつて地上時代に同じ宗教に属していた信仰の先輩もいます。自分自身の体験から狂信者の心の内が手に取るように分かるため、哀れな後輩の霊を救い出す役目につくのです。そうした救済霊の指導や説得を受ける中で、地縛霊はこれまでの信仰が間違っていたことをはっきりと自覚するようになります。それと同時に地縛状態から解き放たれ、狂信的なグループを抜け出し、霊的向上のプロセスを歩み出すことができるようになるのです。

救済霊の指導を受け入れず、間違った信仰にしがみついている地縛霊は、いつまでも幽界下層に留まり続けることになります。人間にとって本来の世界である「霊界」には、なかなか入っていくことができません。地縛霊の中には何百年、何千年もの間、幽界下層に留まり続け、無意味で虚しい時を過ごす者もいます。こうした事実は、宗教による“洗脳”がいかに有害で恐ろしいものであるかをよく示しています。

幽界には、地上時代に“教祖”と呼ばれ、多くの人々を間違った方向に洗脳してきた人間もいます。そうした人間が、地上時代に説いてきた自分の教えの間違いに気がつくと激しい後悔の念に苛まれ、良心の呵責に苦しむようになります。そして「何とかして償いをしたい!」と思うようになります。その結果、幽界にいる自分の崇拝者一人一人に会って自分の教えの間違いを訂正し、正しい考え方を説いて回ることになります。自分の間違った教えによって地縛状態に陥っている霊たちを狂信者のグループから救い出すことによって、自分が犯した罪の償いをすることになるのです。