第36回

診療裏話4(先生、わ・た・し・)

00.7.27

うらばなし4.

「先生、わ・た・し・」

診療をするうえで、私は出来るだけ患者さんの顔や名前を覚える努力をします。
それは、患者さんも名前で呼ばれたほうがうれしいであろうということと、顔をみたらその患者さんの名前と病気の種類が思い出されれば、廊下で患者さんに声をかけられたときしどろもどろにならなくてすむからです。
患者さんというのは廊下で私と会えば、手元にカルテがないのに、
「先生この前の私の肝機能良くなってましたか?」、
「先生この前の薬よく効きましたがあれ2週間分出せますか?」、
「先生この前予約した検査、何の検査だっけ?」、
「先生食事指導どおりがんばっていますけど、私はうなぎは食べてもいいですよね〜」、「先生、私少しふらつくんですけど、この前の薬の副作用ですか?あの薬なんですか?」「先生、私のあの薬は朝、夕じゃなくて朝と寝る前に飲んでいい?」
「先生、・・・・・・」
「先生、・・・」

知るもんか〜  私は神様じゃな〜い  カルテがないとわからな〜い
あなたはだれじゃ〜  顔は知ってるけど、名前や病気や薬の内容まで知るか〜

私が一日に外来で診察したり、電話で症状の相談を受けたり、画像診断、血液検査の結果説明、入院患者さんの診察をしたりする数は全部で100人くらいはあるはずです。
十日で1000人にもなります。
どんなに頑張ってもすべて頭に入れるのは不可能です。
患者さんの名前だけでもでてくれば大したものです。
それでも患者さんというものは、
医者は自分の事をすべて知っているがごとく思っているようです。
カルテを前にして話をするときはどんな質問にも答えられますが、
廊下であったりすると、この人誰?、何の病気の人?、いつごろ診察した人かな?
という状態になります。
よく聞くと、半年前に一度だけ診察したことのある人だったりします。
本人は当然覚えているがごとく話をされますので、
こっちはしどろもどろになってしまいます。
類推で話すると後で大変なことになったりしますので、
何とかごまかして、「また診察の時、詳しく話しましょう」
などといって逃げるしかありません。

直接会っているときは何とかごまかせますが、
ときどき電話でも同じようなことを経験します。

ある日、受付から私に電話が入っていると言われました。
「はい、吉本ですが・・・」
すると年配の女性の声が聞こえました。
「先生、わ・た・し・」
「えっ!・・・・・」
「先生!わ・た・し・」
「すっ、すみません。どちら様でしょうか?」
「あらいやだ。せんせ〜わたしです。」
「わたし」と言われても全くわかりません。顔も見えないしわかるわけがない!!
「な〜んだ先生わからないの。昨日診察していただいた山口ですよ。
もう先生忘れちゃって〜。ぼけてきたんじゃないんですか〜。」

確かに少しボケの兆候があるかなとは自分でひそかに思っていました。
しかし、「あんたに言われる筋合いはな〜い」といってやりたかったのですが・・

「ああ、山口さんですね。申し訳ありませんでした。
昨日のことなのにどわすれしちゃって。
すみません、昨日の血液検査の結果のお問い合わせですね。
至急、カルテを出させまして、折り返しお電話でご説明します。」

と言って謝ってしまうのでした。
しかし、いつ診察したのか、どこの誰なのか、
いっさい言わずに「わ・た・し・」でわかる訳ないよ!! 
ちなみにこの患者さんは、84歳の高血圧、狭心症で診療している患者さんでした。
こういうことはちょくちょくあります。

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