
| 2009.7.21 消費生活アドバイザー23期 田村夏子 ◆信州のお味噌◆ |
7月のはじめ、蓼科に友人と遊びに行ってきた。 その帰りに茅野駅周辺を散策していたら、見学ができるお味噌屋さんがあったので、覗いてみた。 中に入るとお味噌の蔵があり、お味噌の蔵なんて珍しいから、蔵のまわりをウロチョロしていたら、仕事をしていた若旦那が、味噌のつくり方を親切に教えてくれた。 季節によって、熟成期間が違うこととか、はじめて聞くことばかりだった。 説明の後、試食もさせてもらったが、その一口食べたお味噌が優しい味だった。 私は普段スーバーで某有名味味噌メーカーのお味噌を買っているが、それとは体への沁み入り方が全然違う。 昔、ニューヨークで初めてマクロビオティックの食事を食べた時に感じたのと同じ感覚。 美味しいのはもちろんなんだけど、美味しいからではなく、体にいいものを体が喜んで受け入れている感覚だ。 今は、色々なものが安くなっているので、安いスーパーに行くとそれこそお味噌が100円で売っていたりする。 100円で売るために企業は相当の努力をしているだろう。 でも、モノの値段には安くするには限界があるから、原料の質を落とすか、誰かに泣いてもらっているか何かしらの理由があるはず。 安いものは一時的にお得で、家計が助かる。 でも、安いものが当たり前になると安く売ることができる企業しか生き残れなくなる。 そうすると食べ物の世界も2極化が進み、高いものと安いものだけ。 お金がある人は高いものも安いものも買えて、お金がない人は安いものしか買えない。 選択の自由がなくなってしまう。 茅野のお味噌屋さんのお味噌はもちろん100円では買えない。 だからって、決して高過ぎることがない、むしろ味を考えたらかなりお値打ちな価格だ。 私はこういう自分が美味しいと思ったものを見つけて買うことが出来ることが楽しいし、幸せだと思う。 普通の人が、食を選べる自由がこれからも続く社会であって欲しいと思う。 そのためにも、目先の表示されている値段に惑わされることなく、 自分が本当に欲しいと思えるものを、そのものに見合った値段で買おうと思う。 買い物も投票と同じだから。 |