ニューヨークにあった3つの短波局
3 shortwave stations existed in New York
 
 

 ニューヨークには世界貿易センタービルの建つ前の 1970年代には3つの短波局が存在していた。しかし時の流れの中で何れも放送を中止しており、現在ニューヨークに受信報告を送るこ とのできる短波放送局はない。
 局名にNew YorkがついていたのはRadio New York Worldwide(コールサインWNYW)で、コールサインも局名を表していた。この局は商業短波 局(といっても株主はモルモン系の宗教団体であったが)で、1962年にそれまでWRULのコールサインで本部をマサチューセッツ州 において放送していた商業放送局を買収して放送を開始し、中南米向に商業放送を行っていた。1960年代終わり頃のドレーク社の受信 機(SW-4Aだったと思うが?)には「WNYW局ご推薦」のステッカーが貼ってあった記憶がある。当時の出力は50kWであった。 1970年代初めに経営難から放送を中止した。どうも米国では商業短波局は成り立たないようで唯一残っているWINBも身売り話が出 ている。日本の「ラジオたんぱ」は商業的に短波放送が続いている極めて珍しい例である。なおこの局の前身のWRULのQSLも参考ま でに掲載する。
 

WNYWのQSL(筆者提供)


 
 

参考:WNYWの前身WRULのQSL(Thomas R.Sunderstom氏受領、www.trsc.comより)

 
 

 第二次大戦では米国は日本との戦争である太平洋戦線とド イツ・イタリアとの戦争であるヨーロッパ戦線の2つの戦線を持ち、それぞれの戦線向に兵士のための放送局Armed Forces Radio Serviceが設けられた、戦後もこの体制は維持され、AFRTS(Armed Forces Radio & Television Service)と名称を変えた後も太平洋向のLos Angeles(送信地はDelanoとPhilippines)と欧州向のNew York(送信地はGreenville)分かれており、アナウンスも「AFRTS-Los Angeles」のように別々に出ていた。従って1970年代にLos Angelesに統一されるまではAFRTS-New Yorkが存在しQSLも独自に発行していた。その後 AFRTSは1980年代の終わりに短波放送自体を廃止して衛星放送に切り替えてしまったが、1990年代の終りになって再び復活さ せたのは記憶に新しいところである。
 
 


 

   ニューヨークに最後まで拠点を置いて放送していたのは国連放送United Nations RadioでVOAの送信所を借用して手広く放送していた。1980年代初めには日本語放送もあった。 しかし送信所の借用費用の問題から米国政府は1980年代終わりにVOA送信所の提供を拒否したため、同局は欧州の放送局の時間を借 用して出るだけとなり、国連本部のある米国本土からの放送はなくなった。勿論現在も国連放送の組織は存在し、欧州からアフリカ向に放 送を行っている他、米国本土からはインターネットで放送を行っている。1960-1970年代の米国は世界で最も豊かな国であり、放 送局への受信報告に返信料を入れるなどということは考えられなかったが、国連だけは当時から別会計で、同局はIRCの同封を要求、さ もなければ「料金受取人払」で返信が来た。
 


 

   米本土から国連放送が出なくなった頃から米国の国連離れが加速され、その後の社会主義国家の崩壊とともに米国のみが「世界の規範」として君臨するように なった。それに対するイスラム過激派からの反発が9月11日の事件を招いたとすると、国連放送の廃止も事件の発端の一つかも知れな い。なお戦前にはGE系のW2XAFなど数局がNew Yorkより放送していたが詳しい情報はComittee to Preserve Radio VerificationsのHP(http://www181.pair.com/otsw/CPRVPage/1989/cprv- pg89-9.html)でご覧願いたい。
 

左:中国鉄道出版社「1999-2000全国鉄路旅客列車時刻表」より 
右:VOAのNew York QSL                                      
 
                                                          

 

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