Radio New Ireland (Papua & New Guinea)

       
  
パ プアニューギニアの地方短波局はすべて National Broadcasting Commissionの支局ということになっているが、実際にはすべて別局のような状態で、番組・言語は勿論QSLポリシーも局 によって異なる。 Radio New Irelandは南北に細長いNew Ireland島をカバーする短波局で島の北部のKavieng(カビエン)にある。放送開始は1970年代でPapua & New Guineaが独立して地方局が整備されていた時期である。当初はAWA社製の2kW送信機を使用していたが、1989年からはODA援助で日本のNEC 製の10kW送信機に切り替わり受信状態が改善された。しかし既に設置から20年近くを経たため、昨年には一時送信機の故障でオフジエアーしたことがあっ たが、最近は復活している。また国営局なのに20世紀終わりには、財政難で一時閉局するというアクシデントに見舞われた。現在放送は3905kHzで行わ れており、空きチャンネルであることから日本では夜の早い時刻に比較的容易に受信可能である。20世紀にはレター形式の受信証を出していたが、21世紀に なり、恐らくNBC局では唯一独自のQSLカードを印刷して返信に使用している。返信には相当ムラがあり、なかなか幸運に恵まれなかったが昨年9月に送付 した受信報告に対して211日後にやっと返信があった。QSLカードNBCのマークとパプアニューギニアの国旗が描かれており、中央に局名が入っている。 NBCの他の地方局でも採用して良いデザインだが多分この局独自のものである。発行者の名前は達筆で分からないが、BCLに理解のある人なのであろう。

 同局のあるKaviengは現在ではサーフィンやダイビングの観光地 として有名であるが、1942年から1944年までは日本の軍政下にあり、連合軍と 日本軍守備隊との間の激しい戦闘で町が廃墟になった歴史がある。現在海中には多くの航空機が沈んだままになっており、陸上にはトーチカや機関砲の跡などの 戦跡が散在する。また占領時に「カビエン港大虐殺」(Kavieng Wharf Massacre)と呼ばれる残留欧米人の虐殺が行われた事でも有名で、その責任を問われて当時の司令官であった田村劉吉海軍少将は戦後香港で絞首刑に処 せられた。一見南国の楽園であるが日本とは曰く因縁のある場所である事を忘れてはならない。

 Kaviengには戦前はオーストラリア海軍の無線局VZRが設置さ れ、また戦後の一時期はAFRS局が置かれていた事もあったが、その後は Radio New Irelandの開局まで放送局はなかったようである。現在は短波局の他FM局(Karai FM 100.2MHz Nau FM 98.0MHz Yumi FM 95.0MHz)があり、このうちKarai FM局は2004年より日本の援助による1kW送信機を使用している。他の2局は10Wとのことである。局のニックネームは「Singaut Bilong Drongo 」という鳥の名前(カラスの仲間で日本では「オウチュウ」という)である。なおP.O.Box 477やP.O.Box 140などの私書箱が知られているが局員が郵便局に取りに行かない事が多いらしく機能していないので、下記のように局に直接出した方が良い。


  受信報告の宛先;   Kavieng, New Ireland, Papua & New Guinea


  電話;  +675 984 2077

     FAX;  +675 984 2191




(左) 独自QSLカード 右下に「OFFICIAL SEAL」 左下に「PNG PRINTING KOKOPO」とある 大きさ156×100mm KokopoにあるPNG printing社で印刷したことが分かる KokopoはEast New Britain州のRabaul近郊に日豪の協力で新たに建設された都市
(右) 封筒に貼られていた切手 オオルリアゲハの雌
    


(左) Kaviengの海岸 (右) ジャングルの中に残る旧日本軍の
掩 蔽壕 (http://www.newirelandtourisum.org.pgより)
    



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