釜山文化放送    (Busan Munhua Broadcasting Co., Korea)
부산 문화방송


   日本から一番近い海外の町が釜山(부산)である。成田空港から2時間あまり、福岡からならば日帰り圏内である。当然放送も良く聞こえる。釜山の放送局の中 で最も古いのは戦前から続くKBSだが、次ぎに古いのは民放の釜山文化放送(부산 문화방송)である。文化放送(MBC)は民放と言っても政府系の団体が株主であり、半官半民であるが、当然放送の雰囲気は異なる。日本では中波 (1161kHz 20kW HLKU)の他、Eスポ出現時にはFM放送(標準FM 95.9MHz 3kW HLKU、FM4U 88.9MHz 5kW HLKU-FM)も受信可能である。九州北部ではFMやTVの直接波も受信可能である。

 文化放送(MBC)は現在全国にネットワークを持ち、「〜文化放送」という名称で放送しているが、それぞれが別々の小会社である。釜山文化放送の設立は はソウルの本局よりも古く韓国で最初の民間放送であった。産声を上げたのは1959年4月15日、1kWの中波放送であった(10年後の1969年に 20kWに増力)。釜山文化放送の株主が資金を出してソウルの本局を設立し放送を開始したのは2年半後の1961年12月2日であった。丁度日本最初の民 間放送が東京ではなく名古屋の中部日本放送(1951年9月)であったのと似ている。開局の年の11月には韓国初のCMソングを放送、内容は今でも釜山の 飲食店では大人気の「眞露焼酎」(日本でも売っている)のCMであった。1970年1月にはTV放送も開局、この時も韓国で初めてビデオテープレコーダー を導入した。同年4月にFM放送(88.9MHz)も正式開局している。現在の社屋が完成したのは1997年であり、それ以前は中央洞(중앙동)にあっ た。中央洞の旧社屋は昨年まで使われていたが現在は売却されている。現在の社屋は水榮區の民樂 洞(민낙동)にある。従来釜山の町は南北に長く立地していたが、昨今は東西の海岸沿いが広く開発され、東の海岸沿いにある海雲臺(해운대)には高級マン ションが立ち並んでいる。釜山文化放送も含めて放送局は概して東西に走る地下鉄2号線沿いに立地している。

 ソウルからはKTXでわずか2時間だが、町の雰囲気は全く異なる。古代は伽耶国(가야국)の領域に属しており、距離が近い(福岡空港に着陸する国際線の 飛行機が高度を下げ始めるのが釜山上空である)だけに日本とも関係が深い。市内では4月には 桜が咲き誇 る、南部の影島(영도)突端にある太宗臺(태종대)からは晴れた日には対馬を望むことができる。

 先頃死去された「BCLの神様」山田耕嗣氏も釜山大好き人間で、生涯に訪れた回数は何と三桁を越えた!影島大橋(영도대교)がある南浦洞(남포동)付近 がお気に入りの地区であったらしい。韓国では日本の紀元に当たる年号として檀紀(단기)というものがある。これは日本の紀元よりも2000年近くも 多く、 西暦2008年は檀紀4341年に当たるという凄いものだ。山田氏も大いに面白がっていたようで氏からの手紙には檀紀の年号も書いてあった!

 釜山は市内にも小高い山が沢山存在する。釜山文化放送のAM/FMラジオ及びデジタルTV放送の送信所は市内釜山鎭區の東側 にそびえる荒領山(황령산 標高 427m、なお アナログTV放送の送信所は影島の蓬莱山)にあり、現在は管理をKT(韓国通信、日本のNTTに当たる)に移管している。荒領山は釜山中心部から良く見 え、桜の名所としても有名である。 この他、電波の届きにくい市内西 部をカバーするためのFM放送の無人中継所が4カ所ある。

 老舗の放送局だけあって返信は良い方である。昔は外国からの受信報告が多かったためかQSLカードは英語で、しかも当時の日本の民放に習ったのか証明事 項一切 なしの「お礼の絵葉書」であった。しかし最近は韓国のBCLも増えてきたためか完全に韓国語によるQSLカードとなっている。釜山の英語表記は昔は Pusanであったが、現在はBusanとなっている。

   受信報告の宛先:      大韓民國 613-728 釜山廣域市水榮區民樂 洞316−2 
                          (316-2 Minlak-dong, SuYoung-gu, Busan, Korea 613-728)
 FAX:  +82 51 761 2177
 URL:  http://www.psmbc.co.kr


2008年3月に現地でFM放送88.9MHzを受信し韓国語でレポートした際のQSLカード  大きさ 149×106mm
表面は桜の咲く頃の局舎 TV/FM/AM兼用のカードである 裏面は韓国語によるほぼ完全な証明(送信地や受信地も記入) 日本語も書いてある

   


1969年1月に中波放送(当時は1160kHz)を受信して日本語でレポートして得たQSLカード 大きさ 100×145mm
表面は英語だが変な表現だ! 正式開始前だがFM放送の周波数やTVのチャンネルが記述されている
裏は代表理事 社長の安氏のゴム印のみで不完全ベリ 当時の住所は中央洞であった
   



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